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αとβの導く先
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目を見開くばかりの彼女の前に、彼は膝をついた。
そして、座り込む女性の顔を見て彼女の怪我を確認する。
「怪我は、頬だけですか?」
ロベートの言葉に、丸い耳の娘はおずおずと頷いた。
そして、震える手でそっと彼の服の裾を掴む。しかしその手の力は強い。彼女は涙に濡れた目で、彼を見つめた。
「あなたは……α?αですよね」
「私はたしかにαですが──」
「お願い。私を噛んでくれませんか?もうこんなのたくさん。私はひとよりヒートが重たいみたいで……いつも不定期で訪れるんです。好き好んでフェロモンを出してるわけでもないのに……今みたいに、襲われることも多くて」
女性の声は次第に涙声になっていった。
彼女はしっかりと彼の服を掴むと、そのまま顔を押し付けた。
それを見て、ティナの胸が締め付けられたように痛くなった。
彼に甘えて縋る女性を見て、苦しくなったのだ。
「……それはできません。首筋を噛む行為は、番だけが行うもの。私はあなたの首を噛めない」
「どうして!私は、あなたに助けられました。あなたになら……いえ、あなたに噛んでほしい」
女性は泣きつくようにロベートの背に手を回した。
助けたのはティナなのだが、女性にとってはロベートが救ってくれたよに見えたのかもしれない。
じわじわと、ティナの気持ちは黒く汚されていった。嫌な気分だ。
(Ωにとって、ヒートはとても辛いものだと聞いたことがある。それなのに私は)
嫌だ、と思ってしまった。
彼はたしかにαで、Ωと番うべきなのかもしれない。βのティナと結ばれることは、良しとされないのかもしれない。
それでも彼女は、彼に触らないでと言ってしまいそうになっていた。
それをぐっと堪えて、下唇を噛んで彼女は場を見守った。
βの彼女が、Ωを差し置いてαの彼を求めるのは烏滸がましいと思ったからだ。
この国ではそうした考えが当たり前で、常識だった。
彼はため息をついて、女性の肩を掴み、引き剥がした。涙でぐちゃぐちゃな彼女を見ると、少し困ったような、苦笑したような顔をする。
「申し訳ありませんが……私には恋人がいます」
「番がいるの?嘘よ、だってあなたからフェロモンを感じるわ。番のいるαからは誘惑フェロモンを感じなくなるのよ……」
「彼女はβですよ」
その言葉に、女性は目を見開いた。
そして、異常者を見る目で彼を見た。
彼女は彼の服の裾を再び掴む。
しかし、その手はひどく強ばっていた。
「β……?どうして」
「そんなの、ひとつしかない。愛しているから」
「な──」
彼女は混乱したように視線をさまよわせ、ティナにぴたりと焦点を合わせた。
彼女は、ティナがβだと知っている。
彼の恋人が彼女だと分かったのだろう。
ティナを見ると、女性は憎々しげに言い募った。
「どうして!!ずるい。ずるいわ!βはひとりでも生きていけるじゃない。でも……でも、私たちは違うの。αがいないと、番を見つけないと平穏なんて訪れないのよ!!」
悲鳴のような声だ。
彼女の切実な声を聞いて、ティナは動けなかった。ただ、息を飲んで彼女の言葉を聞く。
「いいじゃない!!βは、ひとりでも生きてけるんだから!どうしようもないヒートもなくて、首を噛まれても囚われることもない!自由な性のくせして、どうしてαを独り占めするの!返して!返してよ!私に彼をちょうだい!」
「それ、は」
ティナが口ごもる。
女性の言葉は支離滅裂だ。
返すも何も、ロベートは女性のものではない。
そもそもロベートはものでもないし、渡すことはできない。
冷静な頭で彼女はそう考えていたが、くちびるは強ばって言葉にならない。
彼女自身、女性の言葉に納得していたからだ。
たしかに、βはひとりでも生きていける。
不特定多数のαを惑わす強い誘惑フェロモンを流すヒートもなければ、首筋を噛まれて一生を囚われるリスクもない。
第二性別などあってないようなものだ。
それなのに、Ωにとって必要なαを彼女が奪ってしまうのは、良くないことなのではないか、と。
女性の言葉は正論だ。
だからこそ、ティナは何も言えなかった。
痛いくらいの沈黙に、ロベートはため息を吐いた。
そして、座り込む女性の顔を見て彼女の怪我を確認する。
「怪我は、頬だけですか?」
ロベートの言葉に、丸い耳の娘はおずおずと頷いた。
そして、震える手でそっと彼の服の裾を掴む。しかしその手の力は強い。彼女は涙に濡れた目で、彼を見つめた。
「あなたは……α?αですよね」
「私はたしかにαですが──」
「お願い。私を噛んでくれませんか?もうこんなのたくさん。私はひとよりヒートが重たいみたいで……いつも不定期で訪れるんです。好き好んでフェロモンを出してるわけでもないのに……今みたいに、襲われることも多くて」
女性の声は次第に涙声になっていった。
彼女はしっかりと彼の服を掴むと、そのまま顔を押し付けた。
それを見て、ティナの胸が締め付けられたように痛くなった。
彼に甘えて縋る女性を見て、苦しくなったのだ。
「……それはできません。首筋を噛む行為は、番だけが行うもの。私はあなたの首を噛めない」
「どうして!私は、あなたに助けられました。あなたになら……いえ、あなたに噛んでほしい」
女性は泣きつくようにロベートの背に手を回した。
助けたのはティナなのだが、女性にとってはロベートが救ってくれたよに見えたのかもしれない。
じわじわと、ティナの気持ちは黒く汚されていった。嫌な気分だ。
(Ωにとって、ヒートはとても辛いものだと聞いたことがある。それなのに私は)
嫌だ、と思ってしまった。
彼はたしかにαで、Ωと番うべきなのかもしれない。βのティナと結ばれることは、良しとされないのかもしれない。
それでも彼女は、彼に触らないでと言ってしまいそうになっていた。
それをぐっと堪えて、下唇を噛んで彼女は場を見守った。
βの彼女が、Ωを差し置いてαの彼を求めるのは烏滸がましいと思ったからだ。
この国ではそうした考えが当たり前で、常識だった。
彼はため息をついて、女性の肩を掴み、引き剥がした。涙でぐちゃぐちゃな彼女を見ると、少し困ったような、苦笑したような顔をする。
「申し訳ありませんが……私には恋人がいます」
「番がいるの?嘘よ、だってあなたからフェロモンを感じるわ。番のいるαからは誘惑フェロモンを感じなくなるのよ……」
「彼女はβですよ」
その言葉に、女性は目を見開いた。
そして、異常者を見る目で彼を見た。
彼女は彼の服の裾を再び掴む。
しかし、その手はひどく強ばっていた。
「β……?どうして」
「そんなの、ひとつしかない。愛しているから」
「な──」
彼女は混乱したように視線をさまよわせ、ティナにぴたりと焦点を合わせた。
彼女は、ティナがβだと知っている。
彼の恋人が彼女だと分かったのだろう。
ティナを見ると、女性は憎々しげに言い募った。
「どうして!!ずるい。ずるいわ!βはひとりでも生きていけるじゃない。でも……でも、私たちは違うの。αがいないと、番を見つけないと平穏なんて訪れないのよ!!」
悲鳴のような声だ。
彼女の切実な声を聞いて、ティナは動けなかった。ただ、息を飲んで彼女の言葉を聞く。
「いいじゃない!!βは、ひとりでも生きてけるんだから!どうしようもないヒートもなくて、首を噛まれても囚われることもない!自由な性のくせして、どうしてαを独り占めするの!返して!返してよ!私に彼をちょうだい!」
「それ、は」
ティナが口ごもる。
女性の言葉は支離滅裂だ。
返すも何も、ロベートは女性のものではない。
そもそもロベートはものでもないし、渡すことはできない。
冷静な頭で彼女はそう考えていたが、くちびるは強ばって言葉にならない。
彼女自身、女性の言葉に納得していたからだ。
たしかに、βはひとりでも生きていける。
不特定多数のαを惑わす強い誘惑フェロモンを流すヒートもなければ、首筋を噛まれて一生を囚われるリスクもない。
第二性別などあってないようなものだ。
それなのに、Ωにとって必要なαを彼女が奪ってしまうのは、良くないことなのではないか、と。
女性の言葉は正論だ。
だからこそ、ティナは何も言えなかった。
痛いくらいの沈黙に、ロベートはため息を吐いた。
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