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不在の間 * 3

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 彼のいない生活は、思った以上に彼女に寂寥感を与えた。
 仕事終わりは、特に。
 雑貨屋の帰り道はひとりであることを否応なく彼女に思い知らせ、心細いような、切ないような、そんな気持ちになる。
 ひとりで歩く夜道はこんなにも寂しくなってしまうのかと、彼女は彼と出会う前は思いもしなかったことを考えていた。
 ロベートの話では、彼の部下が護衛をしてくれるという話だが、ティナはそれらしい人物を目にしたことがない。彼なりの、ティナを安心させる冗談だったのかもしれない。
 彼が王都から離れて、十日が経過した。
 彼の言葉通り、未だにロベートは王都に戻らない。
 二週間は戻れないかもしれないと彼は話していたからあと四日だ。
 
 彼と出会ってから、こんなに彼と顔を合わせなかった日はない。
 多少とはいえ危険のある仕事と聞いているし、日に日に彼女は彼が怪我をしていないか心配になっていた。
 それと同時に、彼女はロレリーナの言葉を思い出しもしていた。
 
 『もしかして、あなたたち。あれが初対面ではないんじゃない?』
 
 そうなのだろうか。ティナは過去の記憶を引っ張り出すが、思い当たる節は無い。
 ティナが王都ユールンにやってきたのは今から五年前だが、彼のように美しい青年は一度目にしたら忘れられないはずだ。
 まさか、村で会ったのだろうか。
 いや、そんなはずはない。
 ロベートはこの国の王子だ。
 王子が、あんな辺境の田舎村に訪れるはずがない。
 で、あれば。
 
 (やっぱり、酒場で会ったのが初対面だったのかしら……)
 
 ティナの長考は止まらなかった。
 
 その日、ティナの帰宅は平常時よりも遅くなってしまった。閉店ギリギリに訪れた客が、ティナと同い年の娘がいるということで彼女の雑談がなかなか終わらなかったのだ。
 オーナーは不在だったので、彼女が対応せざるを得なかった。
 すっかり、夜空には月が浮かんでいる。
 裏口から店を出た彼女は、いつも以上に静かな夜に少しだけ恐れを抱いた。
 足早に帰路につく。
 ティナの家は、王都の中でも離れの方にあり、彼女は家賃が安かったためにその家を選んだのだが、夕方を過ぎると|人気(ひとけ)がまったくなくなってしまうので、そこが難点だった。
 
 (ロベートと出会う前は、慣れた道だしそんなに怖いと思ったこともなかったんだけどな……)
 
 彼女がそう思った矢先の出来事である。
 薄暗い道の先で、高い悲鳴が上がった。
 
「……!」
 
 驚いて足を止めたティナは、しかしその声が若い女性のものだと知ると、急いで声が聞こえた方に向かった。
 街頭の少ない道では、声の主を探すのも苦慮したが、もう一度高い悲鳴が上がったので、彼女はすぐ駆けつけることが出来た。
 
 視界の先では、黒い影が見える。
 月光の元、薄明かりの中で抵抗しているように見えるのは、女性だろうか。
 状況が掴めないながらもティナは声を出した。
 
「大丈夫ですか!?」
 
「助けて!助けてください!!」
 
 女性の声が鮮明にティナの声に答えた。
 彼女に覆いかぶさっていたように見える人影は、ティナが現れたことに驚いたのだろうか。迷うような素振りを見せたが、すぐに身を翻し、路地の奥に走っていった。
 その影を、ティナの後ろに控えていた男が彼女たちに気付かれないよう後を追った。
 ティナは、ロベートの言葉を冗談だと受け取っていたが、彼女に気づかれないよう配慮していただけで、彼の部下は忠実に主の命を守り、彼女を護衛していたのだった。
 
 ティナが彼女の前に膝をつくと、彼女の顔があらわになる。
 殴られたのだろう。彼女の顔は腫れていた。
 
「立てますか?一緒に憲兵駐屯所まで行きましょう」
 
「あ………あなたは、β?」
 
 彼女の声が震える。
 丸い耳の女性は、涙に濡れた目でティナを見る。くるくるとした茶髪が印象的なひとだった。
 彼女の問いかけに、ティナは頷いて答える。
 
「とにかく、憲兵駐屯所に──」
 
「ティナ、無事?」
 
 その時、彼女の背後から耳に親しい声が聞こえてきた。
 ティナは目を見張った。
 有り得ない。だって彼はまだ、帰らないはず。
 彼は二週間不在にすると話していた。まだ十日だ。
 驚きに息を飲んで振り返る。
 
 (うそ……)
 
 そこにいたのは、彼女の恋人だった。
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