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互いに限界 *
しおりを挟むロベートの手つきはとても優しく、そして丁寧だった。刺激にもの慣れない彼女の体を宥めるように優しく撫で、時々彼女の頭を撫でた。
ティナはどうすればいいか迷い、シーツをぎゅっと握りしめる。
「逃がさないって……」
「言葉の通りだよ。きっとティナは、俺の素性を知ったら逃げちゃうから。だから、逃げられないような保険が欲しい」
「それが、この……体を重ねる、ことなの?」
ティナにはいまいち分からなかった。
彼女の記憶が確かなら、ふたりは既に体を重ねているはずだった。もっとも、その時の記憶は彼女にはないが。
彼女のその言葉に、彼女の首筋に顔を埋めていた彼は顔を上げて、にっこりと笑った。
「初心なきみには分からないけど、肌を合わせることは何よりも重大な契約になるんだよ」
「……わからないわ」
「ティナ、きみは俺に肌を許してくれる?」
「……もうすでに、許しているのではないの?」
ティナが困ったように彼を見つめる。
彼は、そんな彼女の手をとるとてのひらに口付けを落とす。彼女のてのひらを頬に押し当てて、彼は笑みを浮かべた。
「抵抗しないと、食べられちゃうよ。きみは悪い狐に捧げられた、生贄の兎だ。このままだとまるごと、骨も残さず食べられてしまう。それでもいいの?」
「ほ、骨も?」
その例えに怖がった彼女に、ロベートは「間違えた、魂かも」と訂正した。
「わたし……。私は、あなたが好き。あなたに、任せたいって思う……。でも、怖いの」
ティナは初めて、自分の気持ちを正直に吐露した。素直に気持ちを口にするのはとても怖くて、恐ろしかったが言わずにはいられなかった。
手で顔を覆い隠した彼女の手の甲にちゅ、ちゅ、と口付けを落とした彼は、そのままくちびるで彼女の輪郭をなぞりながら首筋に口付けた。
びくり、と彼女の体が小さく跳ねるので、彼は落ち着かせるように片方の手で彼女の手に触れ、指を絡めた。
そうすることで、少しだけ彼女の強ばった体から力が抜ける。
「それは本心?」
「うん……。あなたは王子様、なのよね……?」
確信を持ったような問いかけに、ロベートは目で笑う。何も言わなかったが、それが答えなのだと思った。
「ロベート、私は」
「きみの言葉通り、俺はこの国の第二王子だ。でも、それがなんだっていうの?想い合う男女の前では身分なんて大した問題にはならない。なり得ないんだよ」
「そんなの嘘よ。王子様は、お姫様と結婚するのでしょう?私みたいな平民ではないわ」
「きみも強情だね。俺の下で、俺に身を委ねているのにぜんぜんつれない」
「ロベート!」
キッと彼女が彼を睨みつけると、それでも蕩けるような笑みを浮かべていた彼は、彼女の体の線をなぞるように指先を伝わせた。
そして、彼女のあごをくすぐるように撫でる。
「確かに由緒正しい王族ならとやかく言われるかもしれないけど、俺は王族の恥とも言われる狐獣人だから、何も言われないよ。第二王子がすることに世間はそこまで興味が無い」
「そんなはず──……は、じ?」
彼女が目をぱちくりとさせる。
怪訝な顔をする彼女が愛おしくて、可愛くて彼は彼女の目尻に口付ける。彼は先程から至る所に口付けを落としていた。
「王族はヒエラルキートップの種族の獣人として生を受けるのが通常なのに、俺は狐の獣人として生まれた」
ティナは黙って彼の話に耳を傾けていた。
彼も、今だけは手を止めている。
「王室に狐の獣人なんて、とんでもない恥なんだよ、ティナ。だから俺のことは何も言われない。むしろ、きみの方が哀れみを受けるかもね。欠陥品の第二王子に捕まった、哀れな子兎だ、って」
「……王室の、事情はよく分からないけど。でも、私、すごく不快だわ」
彼女はじっと彼を見つめた。
抜けるように青い、青空のような瞳に見つめられて、ロベートがほんの少し、虚をつかれたような顔をした。
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