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眠れない夜
しおりを挟むティナが目を覚ますと、そこは白を基調としたとした室内のようだった。
彼女はその部屋を知っている。一度だけ来たことのある場所だ。
(ここは……ロベートのお家?)
彼とあった翌日、彼女はここで目を覚ましたのだった。ハッとして慌てて自身の服装を確認すると、いつの間にか彼女は白いネグリジェを身にまとっていた。
しかし、ネグリジェと言ってもいつも彼女が着用するようなものではなく、白の木綿の、首元からくるぶしまで丈のある長さのワンピースのように見えた。もこもことした手触りで、温かい。
(わたし……どうしてここにいるんだっけ……)
記憶を辿れば、すぐにβの集まりがあったことを思い出した。そして、そこでアドリオンに裏切られ、海外に売り飛ばされそうになったことも。
味見と称して、彼らは売り飛ばす前にティナの体を暴こうとしたようだった。その時、駆けつけてくれたのがロベートだ。
(そうだ……。確か、彼が来てくれて)
ティナは今まで、彼があんなに強いと知らなかった。いつも話す彼は穏やかで、優しげだからものの数分で男たちを伸してしまったのが未だに信じられない。
それに、彼は躊躇いもなくひとを切っていたように思う。ティナはぶるりと震えた。
彼は、一体何者なのだろう。
彼の腕が一般的でないことはティナにも分かる。彼は身分があるひとのようだったし、もしかしたら騎士なのかもしれない。
そんなことをティナが考えていた時だった。控えめに扉がノックされ、彼女は跳ね上がるほど驚いた。
息を飲んでいるうちに白い扉が開き、ちょうど今しがた、考えていた青年が顔を出す。
ロベートは、ティナが目を覚ましていることに気がつくとあからさまにホッとしたような顔をした。
「良かった。ティナ、一日ぐっすり眠っていたんだよ」
「え……?私、一日中眠っていたの?」
目を丸くしたティナは慌てて窓の外を見る。
外は真っ暗だ。てっきり、眠っていたのは数時間だと思っていたが、まさか一日中眠っていたとは。慌てて彼女がベッドから降りようとするのを、彼が手で制する。
「きみの勤め先には知らせておいたよ。手首見せて。少し皮が向けちゃったみたいなんだ」
「あ、ありがとう……」
彼女がおずおずと両手を差し出すと、ロベートは微笑み、サイドチェストの棚を開けて手のひらサイズのブリキ缶を取り出した。
彼は蓋を開けると、中の白い軟膏をたっぷりと指につけた。
そして、そっと、羽が触れるようにティナの両手首に塗った。小さな擦り傷だ。放っておいても治るほどの小さな傷を、こうも甲斐甲斐しく丁寧に治療されてティナはいたたまれなくなった。
「あの……。あなたは何者?」
気まずさに耐えかねて、彼女が尋ねた。
その質問に、ロベートは驚いたようだ。
一瞬、目を見開いて彼女を見る。
「俺?」
「ええ……。さっき……もう昨日のこと?あっという間に彼らを倒してしまったわ。きっと……なにか、体を使うお仕事をしてるんじゃないかなって思ったの」
「体を使う仕事、か……。合ってると言えば合ってるかな」
では、やはり騎士なのだろうか?
ティナがそう考えた時、薬を塗り終えた彼が手巾で手を拭い、さらにサイドチェストの引き出しから白い包帯を取り出した。至れり尽くせりである。そこまでする必要ないのに、とティナは思った。
「俺のことが気になる?」
「それは……気になるわ。だって私、あなたのこと名前しか知らない。あなたは私の名前、職業、自宅の場所まで知ってるのに」
「そうだね。不公平か。……でも、ティナ。俺はきみにまだ、俺の話をすることが出来ない」
彼は包帯をゆっくりと丁寧に巻いた。包帯を巻く手つきは慣れていて、とても上手だ。ますます彼女は、ロベートという人がわからず混乱した。
彼はまだ、ティナに自分の話をすることが出来ないと言う。
彼女は顔を上げて、その真っ青な瞳を向けて尋ねた。
「それはなぜ?」
「言ったら、きっときみは逃げちゃうから」
「悪いひとなの?」
「どうだろう。俺が悪人だったら、きみは逃げる?」
ロベートは目を細めて彼女を見た。
途端、彼女を潰しかねない重たい威圧感を感じ、ティナは息を飲んだ。彼の瞳は攻撃的で、冬の湖面のような冷たさがあった。
包帯は既に巻き終わっている。
だけど彼は、ティナの言葉を待ち、その場を動かない。ややあって、ティナは強ばるくちびるを動かした。
「……逃げ、ないわ。例えあなたが悪人だったとしても……私は、あなたを悪人だとは思えないから……」
「どうして?」
今度は、ロベートが質問する番だった。
変わらず真っ直ぐに、射抜くように見つめられ、ティナは落ち着かない。それでもその強すぎる瞳から逸らすことなく、彼女は答えた。
「……ほんとうに悪いひとだったら、こんなに優しく包帯を巻いてくれないわ」
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