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友達 兼 婚約者

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 もう少し行けば、村がある。
 
 それを覚えていたロベートはなんとかその村を目指して歩いていたが、服は雨で水を吸い、さらに切りつけられた場所が熱を持ち、体はふらふらだった。いつ追っ手に捕まるかと思えば休むという選択肢もなく、足を引きずるようにして先を進むが、明かりのない森の中、木の根に躓いて大きく転んでしまう。一度転倒すると、再び起き上がることは難しく、彼は荒い息を繰り返しながら目を閉じた。
 
 もうだめかもしれない、と思ったのだ。
 
 打ち付ける雨はさらに強く、どんどん体の熱を奪っていく。
 寒い森の中、体を丸めて目を瞑る。
 それが、彼の最後の記憶だった。
 
 
 
 
 
 ぱちぱち、というなにかが弾ける音を聞いた。
 ゆっくりと目を開けた彼は、真っ赤な炎に何度も瞬きを繰り返す。
 
 (ここは……どこだ?)
 
 彼は自身の記憶を辿り、森の中で気を失ったことを思いだした。ハッとして体を起こそうとするが、全身に痛みが走り、さらに体がとんでもなく熱っぽくて起き上がることは出来ない。
 呻いていると、高い女の声が聞こえてきた。
 
「起きたの?」
 
 見ると、そこにはロベートより少し歳の低い女の子が、彼を覗き込んでいる。
 
「お熱、下がった?」
 
「お前は……」
 
 誰だ、と聞こうとしてロベートはひどく噎せた。
 その体を女の子がさすろうとして、それを咄嗟に払い除ける。
 
「あ………」
 
 考えるよりも先に手を払っていた。
 女の子の気遣いを無下にしてしまったことに、ロベートは気まずい声を出した。
 対して、強い力で跳ね除けられた女の子はびっくりしていたがすぐに手を引っ込めて彼ににっこり笑ってみせる。
 
「動けるくらい、良くなったのね。今日は薬湯を持ってきたの。ここの山にあるものはね、勝手に使っても怒られないから。私が自分でお水を沸かして、作ったのよ?飲んで?」
 
 女の子がそういうと、木で出来た椀を彼に押し付けてきた。椀はあちこち欠けていて、貧乏加減が透けて見えたが、ロベートは思わず受けとっていた。まじまじとそれを見ると、その液体は怪しげな透き通った緑色をしていてなんだかひどく臭い匂いがした。
 ロベートはうっと呻いた。
 
「なんだこれは……毒か?」
 
「ちがうわ。薬湯よ」
 
「こんな不味そうなものが薬だと……」
 
「熱がまだあるんだから、飲まなきゃだめよ」
 
 女の子は自信満々に、得意げに言うのでロベートは仕方なく、渋々、本当に渋々、口をつける。
 ええいままよ、と口にしたそれは、想像通りにとても不味くて、苦味と臭みが混ざっていた。吹き出しそうになったのをすんでで堪えたのは、女の子が期待してこちらを見ていたからだろう。
 年下の女の子の前で、情けない真似はしたくなくて、なんとか根気で飲み下す。しかし口の中に残る苦味と臭みは収まらず、何度も嘔吐いた。
 
「すごい!一気飲みしたのね。今まで誰も飲んでくれなかったの」
 
「待て、お前、これをひとに飲ませるのは初めてなのか」
 
 何を飲まされたのだ、とロベートが顔を青ざめさせると、対して女の子はくすくすと笑った。とても楽しそうな笑みだった。加えて、彼女の頭の上で踊る兎の耳も笑う度に揺れている。
 
「元気になるわ。煎じたものを飲ませるのは初めてだけど、お薬のもとになるヤマシャクヤクの根と、スギナの茎、ツユクサ、チドメグサを煎じているのよ。お熱と痛みを抑えるのに効くの」
 
「……へえ」
 
 植物の薬効になど詳しくないロベートは未だ苦い顔をしていたが、不意に目の前の小さな塊が動き出すと、ギョッとした。
 女の子は、突然ロベートの羽織っていたローブを脱がしたからだ。ローブの下は裸だった。
 
「な、何して」
 
「お薬塗らなきゃだめでしょ?ひどいけがだわ、あなた」
 
 女の子は彼に言い聞かすように言うと、ローブをあっという間にひっぺがすと、その胸にちいさな手のひらを当ててきた。びく、とロベートの体が揺れる。他人に肌を触れられるという経験は初めてだった。
 
「お薬、塗るわよ?」
 
 女の子が茎で編んだ籠から葉を何枚か取り出した。彼女はそれを手のひらですり潰し、葉汁を葉ごと、傷口に押し当てた。
 
「ゔっ……」
 
 痛みに呻くと、女の子は困ったような顔をしながらも、しかし押し当てる手は止めない。
 
「ねえ、あなたお名前は?」
 
「ロベー……トっ……」
 
 痛みのあまり喘ぐように答えた彼に、女の子はにっこり笑って答えた。傷口に訳の分からない葉を押し当てられた彼からしてみたら、それは悪魔の笑みに見えたが。
 
「そうなの!わたし、ティナディア。あなた、外の人?」
 
 ようやく薬を塗り終えると、彼女は籠の中からパンを取りだした。ロベートが今まで見たどのパンよりも硬いパンだ。
 本当にこれは食べられのか?と彼は不安に思ったが、もうひとつを手に取ったティナがあっさり口に運んだのを見て、彼も諦めてそれを齧った。
 さすがに歯が欠けそうなくらい固くはなかったので、なんとか咀嚼を繰り返せば食べることが出来た。
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