〈完結〉βの兎獣人はαの王子に食べられる

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
14 / 61

囲い込み 2

しおりを挟む

「集まりの幹事、と言っていたかな。アドリオンが話しかけていたから気にしていた、とも言っていた」
 
「……アドリオンは前からこういうことを?」
 
 そういえば、アドリオンは最初ティナに話しかけた時『初めて見る顔だ』と言っていた。今まで何度もこういうことを行っていたのかと思うと、彼女の眉は自然と寄っていた。
 
「そのようだね。毎回、アドリオンは特定の人物に声をかけて、部屋を抜け出していたらしい。その行動自体に不自然な点はないけど、毎回、というのがどうも彼は気になっていたようだ。彼が席を外したタイミングでティナが連れ出されてしまったようで、ずいぶん焦っていた」
 
「……そうだったの」
 
 特定の人物、というのが気になったがそれ以上に彼女は、自身が助かったことを受け止めるのに必死だった。今更ながら全身は震え、いつもは元気に跳ねる兎の耳は痛々しいほどに頭の形に沿うようにしおれている。
 気がつけば、ティナは彼のフロックコートの裾を必死に握りしめていた。
 
「ロベート……あの、あり、ありがとう……」
 
 ようやく助かった、という実感が追いついてきたのか。じわりと視界が滲む。
 ほかは言葉にならないのだろう。彼女は必死に声を抑えて涙を零した。
 
「──」
 
 ロベートはなにか言おうとしたが、それは言葉にならず、代わりに彼は手を伸ばした。その手は彼女の頬に触れようとしたが、その寸前でピタリと手は止まり、彼は迷うように手を宙に浮かせると、やがてゆっくりと彼女の頭を撫でた。
 落ち着かせるような、優しい手つきだった。嗚咽を零しながら、彼女はその手をとると、そのままその手のひらに頬を押し付けるようにして顔を伏せる。
 
「……ティナ」
 
「ごめん、なさい。もう少しだけ……」
 
 もう少しだけ、このままで。
 ティナの気持ちを読み取ったロベートは、彼女の頬に手を押し付けられながらももう片方の手で彼女の腰を抱き寄せる。抵抗はなかった。
 そのまま、どれくらいしただろうか。
 気がつくと、彼女の嗚咽は小さくなり、その体は力が抜けてきていた。泣き疲れて、眠くなってきたのだろう。だんだん彼の方に傾いてきた華奢な体を、彼は抱き寄せた。
 
 その時、扉をノックする音が聞こえた。
 控えめなのは、ティナに気を使ってだろう。
 ロベートがちらりと視線を向けると、彼と同じく黒いフロックコートを身につけ、フードまでしっかり被っている男がいる。
 
「この男たちはどうしますか」
 
「牢に入れておけ、後で足を運ぶ」
 
「かしこまりました」
 
 短いやり取りの後、その男の他にも一名室内に足を踏み入れると、あっという間に伸びている男たちを回収していってしまった。
 
「店の様子は」
 
「多少騒がしくなっていますが、店主に話をつけ裏手から出ることは可能です。いかがしますか」
 
「……いや、いい。彼女は私が運ぶ。お前たちは先に戻っていてくれ」
 
「かしこまりました、殿下」
 
 男は頭を下げると、素早く部屋を出ていった。足音も気配も一切しない男だ。その動きは明らかに普通ではない。
 殿下、と呼ばれたロベートはティナを大切そうに抱き上げると、彼女のエプロンワンピースが布の切れ端となっているのを見て眉を寄せた。
 無惨に破かれてしまったせいで、隙間から肌着が見えてしまっている。彼は粗末なベッドからシーツをひったくるとそれを彼女の体に巻いて、その体を抱き上げた。
 
 ティナを抱えて一階に降りると、未だ彼女を探していた幹事の男が飛びかからんばかりの勢いでロベートに詰め寄った。
 
「ティナディアさん!大丈夫でしたか!」
 
「ティナは眠っています。彼女は僕が責任もって家まで送ります」
 
 今更ながらようやく、彼はロベートの顔を見たのだろう。あまりに整った美貌の男に彼は言葉をなくしたようだったが、すぐにハッとしてぎこちなく頷いた。
 
「あ、ああ。そうか?あ、あんた、ティナディアさんの知り合いか」
 
「友人です。……ああ、それと、アドリオンという男ですが、彼は憲兵に引き渡しました」
 
「そうか……。あいつが何をしていたのか俺には分からないが……ティナディアさんの様子を見るに、きっと後暗いことをしていたんだろう。俺が取り仕切る会合でこんな騒ぎを起こしてしまい、申し訳ない」
 
「……彼女も、この集まりを楽しみにしていたようでした。今日は残念なことになりましたが、また機会があれば」
 
 もっとも、彼は二度とティナに参加させるつもりは無いが。彼がにっこり笑って言うと、幹事の男は少しだけ頬を赤くして、すぐに二階へと戻って行った。まだ集まりは続いているようだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...