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「集まりの幹事、と言っていたかな。アドリオンが話しかけていたから気にしていた、とも言っていた」
 
「……アドリオンは前からこういうことを?」
 
 そういえば、アドリオンは最初ティナに話しかけた時『初めて見る顔だ』と言っていた。今まで何度もこういうことを行っていたのかと思うと、彼女の眉は自然と寄っていた。
 
「そのようだね。毎回、アドリオンは特定の人物に声をかけて、部屋を抜け出していたらしい。その行動自体に不自然な点はないけど、毎回、というのがどうも彼は気になっていたようだ。彼が席を外したタイミングでティナが連れ出されてしまったようで、ずいぶん焦っていた」
 
「……そうだったの」
 
 特定の人物、というのが気になったがそれ以上に彼女は、自身が助かったことを受け止めるのに必死だった。今更ながら全身は震え、いつもは元気に跳ねる兎の耳は痛々しいほどに頭の形に沿うようにしおれている。
 気がつけば、ティナは彼のフロックコートの裾を必死に握りしめていた。
 
「ロベート……あの、あり、ありがとう……」
 
 ようやく助かった、という実感が追いついてきたのか。じわりと視界が滲む。
 ほかは言葉にならないのだろう。彼女は必死に声を抑えて涙を零した。
 
「──」
 
 ロベートはなにか言おうとしたが、それは言葉にならず、代わりに彼は手を伸ばした。その手は彼女の頬に触れようとしたが、その寸前でピタリと手は止まり、彼は迷うように手を宙に浮かせると、やがてゆっくりと彼女の頭を撫でた。
 落ち着かせるような、優しい手つきだった。嗚咽を零しながら、彼女はその手をとると、そのままその手のひらに頬を押し付けるようにして顔を伏せる。
 
「……ティナ」
 
「ごめん、なさい。もう少しだけ……」
 
 もう少しだけ、このままで。
 ティナの気持ちを読み取ったロベートは、彼女の頬に手を押し付けられながらももう片方の手で彼女の腰を抱き寄せる。抵抗はなかった。
 そのまま、どれくらいしただろうか。
 気がつくと、彼女の嗚咽は小さくなり、その体は力が抜けてきていた。泣き疲れて、眠くなってきたのだろう。だんだん彼の方に傾いてきた華奢な体を、彼は抱き寄せた。
 
 その時、扉をノックする音が聞こえた。
 控えめなのは、ティナに気を使ってだろう。
 ロベートがちらりと視線を向けると、彼と同じく黒いフロックコートを身につけ、フードまでしっかり被っている男がいる。
 
「この男たちはどうしますか」
 
「牢に入れておけ、後で足を運ぶ」
 
「かしこまりました」
 
 短いやり取りの後、その男の他にも一名室内に足を踏み入れると、あっという間に伸びている男たちを回収していってしまった。
 
「店の様子は」
 
「多少騒がしくなっていますが、店主に話をつけ裏手から出ることは可能です。いかがしますか」
 
「……いや、いい。彼女は私が運ぶ。お前たちは先に戻っていてくれ」
 
「かしこまりました、殿下」
 
 男は頭を下げると、素早く部屋を出ていった。足音も気配も一切しない男だ。その動きは明らかに普通ではない。
 殿下、と呼ばれたロベートはティナを大切そうに抱き上げると、彼女のエプロンワンピースが布の切れ端となっているのを見て眉を寄せた。
 無惨に破かれてしまったせいで、隙間から肌着が見えてしまっている。彼は粗末なベッドからシーツをひったくるとそれを彼女の体に巻いて、その体を抱き上げた。
 
 ティナを抱えて一階に降りると、未だ彼女を探していた幹事の男が飛びかからんばかりの勢いでロベートに詰め寄った。
 
「ティナディアさん!大丈夫でしたか!」
 
「ティナは眠っています。彼女は僕が責任もって家まで送ります」
 
 今更ながらようやく、彼はロベートの顔を見たのだろう。あまりに整った美貌の男に彼は言葉をなくしたようだったが、すぐにハッとしてぎこちなく頷いた。
 
「あ、ああ。そうか?あ、あんた、ティナディアさんの知り合いか」
 
「友人です。……ああ、それと、アドリオンという男ですが、彼は憲兵に引き渡しました」
 
「そうか……。あいつが何をしていたのか俺には分からないが……ティナディアさんの様子を見るに、きっと後暗いことをしていたんだろう。俺が取り仕切る会合でこんな騒ぎを起こしてしまい、申し訳ない」
 
「……彼女も、この集まりを楽しみにしていたようでした。今日は残念なことになりましたが、また機会があれば」
 
 もっとも、彼は二度とティナに参加させるつもりは無いが。彼がにっこり笑って言うと、幹事の男は少しだけ頬を赤くして、すぐに二階へと戻って行った。まだ集まりは続いているようだ。
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