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囲い込み
しおりを挟む男たちは驚きにたじろいだようだったが、すぐに相手はひとりということ、そして丈の長い黒のフロックコートに身を包んでなお隠しえない、繊細な雰囲気といかにも喧嘩慣れしてなさそうな、いいところの坊ちゃんの気配を感じとると途端、勢いを取り戻した。
「なんだぁ、兄ちゃん。あんたはご招待してないはずなんだがなぁ」
男たちの声に、ティナも彼らの予想外のひとがやってきたのだと知り身をよじる。
そして、息を飲んだ。
そこにいたのはロベートだったからだ。
(どうして……?)
ティナは彼にβの集まりがあるということを話はしたものの、彼がここに予定があったという話は聞いていない。なのになぜ、彼は今ここにいるのだろうか。混乱に目を瞬かせるばかりのティナの前で、男たちが荒っぽくロベートの手首を掴み寄せようとして──
逆にその手を掴まれ、顎にその拳を打ち込まれた。その衝撃に男の頭が揺れると、今度はその男に腹に蹴りを食らわせる。途端、男はよろめきとともに後ろにいた男を巻き込んでドタドタと倒れ込んだ。一瞬の事だった。
男たちは、今目にしたものが信じられなかった。
上流階級の人間が得てして身につける優雅な身のこなしをしながらも、彼は一切余計な動きなく男ふたりをまとめて地にふせさせたのだ。
喧嘩慣れしてないどころではない、完全に場馴れした人間の動きだった。
他の男たちが恐れをなしたように僅かに後退するが、ロベートはそんな男たちには構わず、寝台で未だに伏しているティナを見た。
「ティナ、遅くなってごめん」
「──」
「もう大丈夫だから、安心して」
ティナの目が最大限見開かれた。
なぜ、彼がここにいるのか。
どうして、彼がティナを助けるのか。
全く分からなかったが、先に反応したのはティナではなく男の一人だった。
「おい兄ちゃん、そんな舐めた態度取っていいのか?こっちはまだ四人、対してあんたはひとりだ!」
男がせせら笑うように言うと、ロベートの薄緑の瞳が剣呑に光った。瞳を細めると、抜き身の刃のごとく絶対零度の冷たさを醸し出す。
ロベートは答えることなく、転び、気を失っている男のひとりからナイフを奪うとおもむろにそれを投擲した。
そのナイフは真っ直ぐに線を描き対面していた男の太ももに突き刺さる。男が悲鳴をあげてすぐ、彼は男に肉薄すると足払いをしかけ、バランスを崩した男の胸ぐらをつかみ首を腕で締め上げる。その間、わずか数秒にも満たない。
あっという間に男の意識が落ちると今度は後ろから切りかかってきた男の腹を蹴り上げ、逆に剣の柄をつかみ、奪い取る。
そして、薙ぎ払うように男の胸から腰にかけて袈裟斬りすると、その返り手で残る男の首を切り落とした。
残酷なまでに容赦のない動きに、残る一人、アドリオンはすかさず逃げようとした。しかし足払いをかけられ、転んでしまう。
しかしすぐに起き上がり逃れようとした男の背中をロベートが踏みつけた。途端、アドリオンは手足をばたつかせ、必死に抵抗をする。
「お願いだ!離してくれ、僕は脅されただけなんだ!」
「………」
「信じてくれ、ほんとうだ!!」
悲痛な声を出し、逃れようとするアドリオンを冷たい目で見下ろしていたロベートだったが、返答をするつもりはないようで、彼はアドリオンの首裏を靴のかかとで蹴りあげると、あっさりと彼の意識を刈り取った。
「………」
あっという間、ものの数分もしないうちに室内の男全員を伸してしまったロベートに、ティナはぽかんとしていた。
現実味がなさすぎる。ロベートはアドリオンが気を失うと、フロックコートの裾を払って、やがてこちらに視線を向けた。
咄嗟に、ティナの体がびくりと震えた。彼はティナを害さない。彼は彼女を助けに来てくれたのだから。頭ではわかっていても、目の前で繰り広げられた、一切の容赦のない暴力は否応なく彼女を怯えさせた。
「……ごめん、嫌なものを見せたね。長引かないようにしたのが仇になっちゃったかな」
しかし、ロベートの寂しそうな苦笑を聞いてすぐにティナは首を振った。
「ううん、あの……ありがとう、ロベート。どうしてここに……?」
おずおずとティナが彼に言うと、ロベートはゆっくり寝台に膝を乗せて、彼女の前に座った。
そして、彼女の後ろに手を回して、縛られた手を解こうとしてくれている。
「ぐうぜんこの近くに用があってね、もうそろそろティナの集まりも終わるかなと思ってきてみたら、βの男がきみを探していた」
「βの男の人……?」
思い当たる節がなくティナが首を傾げると、ぱら、と軽やかな音がして彼女の手の拘束が解けた。どうやら細い紐で彼女の手首は縛られていたようだった。
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