3 / 61
運命の番 3
しおりを挟むぽかんとしたティナに、対面に座っていたロレリーナがにやにやと笑った。
「ねえ、ティナ。失恋は新しい恋で癒せ、とはよく言うじゃない?」
「え?あ……そうね?」
確かに聞いたことはある。
だけど今、なぜそんな話になるのだろうか。
脈絡の無い言葉にティナが目をぱちぱちとさせるとロレリーナがにっこりと笑った。
「こんな綺麗なお兄さん、わたしも初めて見たわ。ティナ、良かったら少し親睦を深めなさいよ」
「え!?」
それは、ちょっと。
何せティナはつい数時間前に恋人に振られたばかりだし、昨日までは恋人がいた身だ。そんな簡単に切り替えられない。
正直言えば困るが、本人目の前にして否定するのもはばかられる。
戸惑うティナに、ロレリーナは手首に巻いた腕時計を見た。
「それと、ごめんね。あと少しでダーリンが帰ってくるのよ。十日ぶりに王都に戻ってくるから、街門まで迎えに行ってあげたいの」
ロレリーナの恋人、セルバロスは宝石商の用心棒の仕事をしている。主人について、王都を出ることも多い。今回も仕事で王都を離れていた彼を、ロレリーナは早く迎えに行きたいのだろう。
ロレリーナとセルバロスがどれほど愛し合っているのか知っているティナは慌てて頷いた。
「こっちこそごめんなさい。ロレリーナ。話を聞いてくれてありがとう。少し、気持ちが楽になったわ」
「それなら良かった……。私に出来るのは話を聞くことくらいだけど、何かあったら言ってね?私はいつでもあなたの味方だから」
「ありがとう……」
ロレリーナはカバンを手に持つと、そのまま酒場を出ていった。ティナは彼女の後ろ姿を見送りながら、ロレリーナに感謝した。
ティナが王都の大通りで盛大に振られたあと、すぐに彼女の元に来てくれたのはロレリーナだ。
呆然と家までの帰り道を歩くティナを捕まえて、この酒場まで連れてきたのだった。
「仲がいいんだね」
突然、隣の男に声をかけられてハッとしてそちらを見る。
青年は、テーブルに肘をついてティナを見ていた。その透き通るような虹彩の瞳にじっと見られると、なんだかいたたまれなくなる。
ロレリーナがいなくなりふたりきりになると、ティナはきまずくなった。
「ロレリーナは、私のお店の常連さんなの」
「お店?」
ティナは頷いた。
彼女は、村で内職することを強制されていた。要らない子なのだから少しは役に立てと、そういうことだった。
そのため彼女は幼い頃から針で糸を縫うことを得意としていて、今は小さな雑貨店で働いているのだった。
ティナの生み出す様々な編み図のレースコースターは、リピーターが着くほど人気だ。
それを話すと、目の前の青年は少し目を見開いたようだ。驚いたようだった。
「すごいね、今度見せて欲しいな」
果たして、次会うのはいつになるのか。
ティナは彼を見たことがない。
こんなに綺麗な獣人がいるならとっくに噂になっているはずだ。それなのに、彼女はそんな話を聞いたことがない。
王都の人間では無いのだろう。
ということは、流れの旅人か、一時的に王都に滞在している旅行中か。
どちらにせよ、長くはいないだろう。
ティナが考えていると、青年の瞳が細められた。口元はどこか楽しげに弧を描き、悪戯めいた顔をしている。
冷たく、硬質的で、他者を近寄らせない。そんな雰囲気のある彼だが、意外にも表情は豊かだな、と彼女は思った。
「ティナは、βなんだっけ」
「……うん。あなたは?」
「俺はαだよ」
(……!)
αといえば、思い出してしまうのは今朝の彼だった。思わず下唇を噛んで俯くティナに、彼が嘆息する。
「さっきの猫の女の子も言ってたけど、運命の番なんて当てにならないよ。運命の番が見つかったから別れろ、なんてただの浮気と一緒だ。不貞の言い訳に過ぎないね」
その辛辣な口ぶりは、ロレリーナと同じように、いやそれ以上か。運命の番制度そのものを嫌っているように見えた。
「……あなた、番はいるの?」
ティナが気になって尋ねると、ちらりと青年の視線がこちらに向いた。
そして、短く答えた。
「番は、いらない」
いない、ではなく、いらない。
その回答に彼女は僅かに首を傾げたが、その違いを尋ねるほど彼とティナは親しくない。会ったばっかりだ。
「そうなのね。変わってるって言われない?」
一般論として唱えられる運命の番制度を否定し、自分も運命の番を拒否する態度はふつう、異常者のように見られる。
なぜそれを受け入れないのか、と。
だからこそ、βのティナと、αの元恋人が付き合っていたのは周囲に奇異な目で見られていたし、ティナにいたっては、Ωのためのαを誘惑し、縛り付ける悪魔のように言われていたのでいる。
きっと、言っていたのはΩの誰かだとは思うが。
「……変わっててもいいよ。俺の人生だ。好きにさせてもらう」
堂々と青年は何の迷いも見せず言い切った。
少しでも意志がぶれないように感じる、強い声にティナは憧れを抱いた。
ティナもそれくらい啖呵切って言えたら良かったのだが、あいにく彼女にはそこまでの自信はなかった。
(すごいな……)
彼がなぜ、ここまで運命の番を嫌うのかは分からないが、運命の番が一般的であり常識とされた国でこうまで自分の意思をはっきり口にすることはとてもすごいことだ。
41
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる