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運命の番 3

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 ぽかんとしたティナに、対面に座っていたロレリーナがにやにやと笑った。
 
「ねえ、ティナ。失恋は新しい恋で癒せ、とはよく言うじゃない?」
 
「え?あ……そうね?」
 
 確かに聞いたことはある。
 だけど今、なぜそんな話になるのだろうか。
 脈絡の無い言葉にティナが目をぱちぱちとさせるとロレリーナがにっこりと笑った。
 
「こんな綺麗なお兄さん、わたしも初めて見たわ。ティナ、良かったら少し親睦を深めなさいよ」
 
「え!?」
 
 それは、ちょっと。
 何せティナはつい数時間前に恋人に振られたばかりだし、昨日までは恋人がいた身だ。そんな簡単に切り替えられない。
 正直言えば困るが、本人目の前にして否定するのもはばかられる。
 戸惑うティナに、ロレリーナは手首に巻いた腕時計を見た。
 
「それと、ごめんね。あと少しでダーリンが帰ってくるのよ。十日ぶりに王都に戻ってくるから、街門まで迎えに行ってあげたいの」
 
 ロレリーナの恋人、セルバロスは宝石商の用心棒の仕事をしている。主人について、王都を出ることも多い。今回も仕事で王都を離れていた彼を、ロレリーナは早く迎えに行きたいのだろう。
 ロレリーナとセルバロスがどれほど愛し合っているのか知っているティナは慌てて頷いた。
 
「こっちこそごめんなさい。ロレリーナ。話を聞いてくれてありがとう。少し、気持ちが楽になったわ」
 
「それなら良かった……。私に出来るのは話を聞くことくらいだけど、何かあったら言ってね?私はいつでもあなたの味方だから」
 
「ありがとう……」
 
 ロレリーナはカバンを手に持つと、そのまま酒場を出ていった。ティナは彼女の後ろ姿を見送りながら、ロレリーナに感謝した。
 ティナが王都の大通りで盛大に振られたあと、すぐに彼女の元に来てくれたのはロレリーナだ。
 呆然と家までの帰り道を歩くティナを捕まえて、この酒場まで連れてきたのだった。
 
「仲がいいんだね」
 
 突然、隣の男に声をかけられてハッとしてそちらを見る。
 青年は、テーブルに肘をついてティナを見ていた。その透き通るような虹彩の瞳にじっと見られると、なんだかいたたまれなくなる。
 ロレリーナがいなくなりふたりきりになると、ティナはきまずくなった。
 
「ロレリーナは、私のお店の常連さんなの」
 
「お店?」
 
 ティナは頷いた。
 彼女は、村で内職することを強制されていた。要らない子なのだから少しは役に立てと、そういうことだった。
 そのため彼女は幼い頃から針で糸を縫うことを得意としていて、今は小さな雑貨店で働いているのだった。
 ティナの生み出す様々な編み図のレースコースターは、リピーターが着くほど人気だ。
 それを話すと、目の前の青年は少し目を見開いたようだ。驚いたようだった。
 
「すごいね、今度見せて欲しいな」
 
 果たして、次会うのはいつになるのか。
 ティナは彼を見たことがない。
 こんなに綺麗な獣人がいるならとっくに噂になっているはずだ。それなのに、彼女はそんな話を聞いたことがない。
 王都の人間では無いのだろう。
 ということは、流れの旅人か、一時的に王都に滞在している旅行中か。
 どちらにせよ、長くはいないだろう。

 ティナが考えていると、青年の瞳が細められた。口元はどこか楽しげに弧を描き、悪戯めいた顔をしている。
 冷たく、硬質的で、他者を近寄らせない。そんな雰囲気のある彼だが、意外にも表情は豊かだな、と彼女は思った。
 
「ティナは、βなんだっけ」
 
「……うん。あなたは?」
 
「俺はαだよ」
 
 (……!)
 
 αといえば、思い出してしまうのは今朝の彼だった。思わず下唇を噛んで俯くティナに、彼が嘆息する。
 
「さっきの猫の女の子も言ってたけど、運命の番なんて当てにならないよ。運命の番が見つかったから別れろ、なんてただの浮気と一緒だ。不貞の言い訳に過ぎないね」
 
 その辛辣な口ぶりは、ロレリーナと同じように、いやそれ以上か。運命の番制度そのものを嫌っているように見えた。
 
「……あなた、番はいるの?」
 
 ティナが気になって尋ねると、ちらりと青年の視線がこちらに向いた。
 そして、短く答えた。
 
「番は、いらない」
 
 いない、ではなく、いらない。
 その回答に彼女は僅かに首を傾げたが、その違いを尋ねるほど彼とティナは親しくない。会ったばっかりだ。
 
「そうなのね。変わってるって言われない?」
 
 一般論として唱えられる運命の番制度を否定し、自分も運命の番を拒否する態度はふつう、異常者のように見られる。
 なぜそれを受け入れないのか、と。
 
 だからこそ、βのティナと、αの元恋人が付き合っていたのは周囲に奇異な目で見られていたし、ティナにいたっては、Ωのためのαを誘惑し、縛り付ける悪魔のように言われていたのでいる。
 きっと、言っていたのはΩの誰かだとは思うが。
 
「……変わっててもいいよ。俺の人生だ。好きにさせてもらう」
 
 堂々と青年は何の迷いも見せず言い切った。
 少しでも意志がぶれないように感じる、強い声にティナは憧れを抱いた。
 ティナもそれくらい啖呵切って言えたら良かったのだが、あいにく彼女にはそこまでの自信はなかった。
 
 (すごいな……)
 
 彼がなぜ、ここまで運命の番を嫌うのかは分からないが、運命の番が一般的であり常識とされた国でこうまで自分の意思をはっきり口にすることはとてもすごいことだ。
 
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