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幸運か不運か
しおりを挟むーーー何するのよ!!このケダモノ!!
そう叫べたら良かったが、しかし私の口はしっかりと彼によって覆われていた。彼の、手によって。がっしりと覆われた私がそれでももごもご口を動かしていると彼が小さく、そして低い声で告げた。
「静かに!巻き込まれて死にたくはないでしょう!」
「ーーー!?」
驚いて思わず瞬きを繰り返す。
途端に静かになるが、しかしすぐに足音が響いてきた。それも複数人。私か驚いて目を白黒させているとルアヴィスはしっかりと私の口を覆ったまま静かに話した。
「大声を出すと見つかります。あなたも一緒に始末されたくないのなら静かに」
「…………」
なんてことなの………。
やはり神様などいないのかもしれない。先程幸運だと感謝した出会いは一歩間違えば死への近道だったらしい。私は思わず遠い目になった。足音と共に何か話し合うような声が聞こえてきた。しかしその声は低く、聞き取ることが出来ない。私は、いつまでこの体勢でいればいいのだろう、とか一応私人妻なのだからこんなところを見られたらそれこそ不貞じゃない?ということに気づきじっとルアヴィスを見た。それで以心伝心して離れてくれればいいものを、ルアヴィスを息を殺して微動だにしない。仮面をつけてるから表情が読めなくて怖い。まるで襲われているみたいだ。
少しすると、足音が消えていく気配がした。それにほっとしたと同時にルアヴィスが動いた。どうやらどいてくれるらしい。助かった。この状況を誰かに見られたらそれこそ一巻の終わりだ。セレベークはこれ幸いとばかりに離縁を申し込んでくるでしょうね。
私は、さっさとルアヴィスの下から抜け出そうとしたが、その時彼の仮面に手が当たった。
さっき散々私が暴れたからだろうか。その仮面を縛る紐が緩んでいたのか、それは音を立てて落ちた。
「ーーー」
彼が目を見開く。
至近距離から向き合う形になった私もまた、思わず息を詰めた。
ルアヴィスは恐らくそうかとは思っていたがかなり端正な顔立ちをしていた。
女性顔負けな美人なルアヴィスを、私は思わずじっと見てしまう。長いまつ毛に左目には涙ボクロがあり、肌はぬけるように白い。それでも女性的に見えないのは彼が黒髪だからだろうか。仮面を落としたままピクリとも動かない彼に私は声をかけた。
「あら、綺麗なお顔ね。噂とはあてにならないものだわ」
私が言うと、それにはっとしたようにルアヴィスは仮面を拾おうとした。そして、私はその時気づいた。おそらく今までは夕方なのもあり光の当たり加減で気づかなかったのだろう。
彼の、空色の瞳に映る、四角の模様に。
不意にフォンテーヌの言葉を思い出した。
ーーーこの国では代々王家に連なる方にのみ現れる印があるのです。瞳の中に四角が現れますの
その話を聞いたのはつい先程の話だ。
私は思わず言葉を失った。ルアヴィス・レメントリー。王家とは無縁のはずの彼がなぜ、王家の刻印をーーー。
その時私は閃きにも似た何かが頭によぎるのを感じた。
そうだ、ルアヴィスはレメントリー家の養子。そして、庶子。
ーーーむしろ、殿下からもやっかまれていると言う話よ
フォンテーヌの言葉が頭に駆け巡る。もしかして。まさか、ルアヴィスは、
「ーーーまさかあなた、落、」
言いかけた時、ぐっと口を抑えられた。
そして、どこか煌々としている空色の瞳と視線が交わる。その瞳には余裕など欠けらも無い。切羽詰まった様子の彼に、私は答えを知った。
ーーーやっぱり幸運だったんだわ。
まさか、こんな掘り出し物に出会えるなんて。私は思わぬ好機に思わず浮かべた。
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