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恐れの中に一粒のかけら 2

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ドン、ドン、ドドン、ドン……

窓越しにも聞こえるその音は、大砲のようで、腹部にずっしりと重たく響いてくる。ミレイユは涙に濡れながら固まっていたが、すぐに金縛りが解けたかのごとく窓に走りよって、音の鳴るほうへ視線を向ける。しかし、そちらに目をやっても何も見えない。ずいぶん大きな音だと言うのに、大砲以外の破壊音や、爆破音といった……生活を壊す音はしないのである。そこで、彼女はもしかして、と思いあたった。

(これは……空砲?)

リア国では王子あるいは王女誕生の際に祝砲を上げる伝統がある。その音をもって、国民や貴族は王子または王女の誕生を知るのである。音はすぐに止んだ。
数えてはいなかったが、恐らく男児誕生を知らせる101発もなかっただろう。

(王女殿下が生まれた……?)

ミレイユはハッとしたように窓から飛び退いた。
そして有り得ない可能性にいきついて、口を覆う。そうでもしなければ、悲鳴が零れそうだったからだ。
彼女はひゅ、と細い息を飲み込んで、目を見開いて何も見えない、音のした向こうへと視線を向ける。
病的なまでに手を震えさせた彼女は、ある仮説を考えた。

それは、自身が時戻りをしたのではないか、という天にも触れるおこがましい、恐ろしい可能性だった。

時戻りなど、オリュンポスの神々や、ティタン神族の神力と並ぶほどの力である。

信じられない。だけど実際にミレイユは生きている。
ミレイユは王女の誕生を知っている。
ギロチンの刃が落とされ、次に気がつけばシューザルトの城だと言うのも理解し難い。これが最期に見せる走馬灯でないというのなら、なんというのだろう?
まさかギロチンにかけられたのはただの昼時にみせた白昼夢で、夢だったとでも言うのか。
ミレイユはガクガクと震えながら必死に手を組んだ。神に祈りを捧げるべくして目を閉じた。

そうして、どれくらいの時間が経過しただろうか。
既に空は茜色に染まっている。

ミレイユはその空を見ながら、呼吸が随分浅くなっていることに気がついた。彼女はそのままふらふらとさながら魅せられた蝶が蜘蛛の巣に誘われるかのごとく窓枠に手をつくと、意図して息を吐き出した。

「今日は何日?………聖過元二百三年目。五月六日」

自問自答するようにミレイユは呟いた。
忘れもしない、ミレイユの処刑の日。
嫌になるくらいの青い空だった。

ミレイユはさっと顔を上げると、ようやく落ち着いた──ように見える胸中で、蔵書室へと向かった。
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