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65.夏が終わってから 【ヴェリュアン】

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元々、女のようなこの顔はあまり好きではなかった。
女と間違えられて声をかけられることもしばしばあり、男だと言うと舌打ちされ「紛らわしい見た目をするな」と文句を付けられることもあった。
そっちが勝手に勘違いしてきたんだろう、とその度に思ったが、そう言えば無駄な口論になることは目に見えている。

だから、ヴェリュアン・ヴィネハスという少年は、自身が女と見間違えられることには慣れていたが、同じくらいそれを腹立たしいとも思っていた。

『ヴェリュアンは、母さん似だなぁ。美人になるぞ』

父にそう言われるのは、嫌いではなかった。

『ヴェリュアンは、どんな女の子と恋をするんだろうね』

母がそうやって未来に思いを馳せるのも、嫌ではなかった。
その度に少しくすぐったい気持ちになりながららヴェリュアンは十歳までリラントの村で育った。

十を過ぎて、彼は騎士を目指すために、王都に向かうことを決めた。
騎士になりたい、と宣言した彼に当初両親は驚いたようだった。
だが、ヴェリュアンの、一度決めたことはテコでも動かない意志を彼らは知っていたので、反対はしなかった。

幼少期から、ヴェリュアンは小柄ながらも頭が回る──言い方を変えると、小細工が得意な性格だった。
幼少期、彼は女の子のように可愛い顔立ちをし、なおかつ体格も非常に小柄だった。
そのため、彼をばかにする村の子供があとを絶えず、ちょっかいをかけられることもしばしばあったのだが、全てヴェリュアンに返り討ちにされた。

ヴェリュアンは、シドローネが思った通りに気が強く、そして、これは、彼女は気付かなかったようだが──彼は、性格あまりよくなかった。

勝つためなら、手段を選ばないのである。
正面から向かって勝てないのであれば、木の棒を紐で縛り、簡易武器を作るとそれでつつき回して悪ガキを川に落とす。
あるいは、毒蛇と見せかけた、無害な蛇を相手に投げて攻撃した、と大変陰湿だった。
そして、ことごとくそれを成功させて、自分をいじめる子供たちに痛い目を見せたのだった。

ヴェリュアンの、非常に気の強い性格は、両親も知るところだったので、『その気の強さがあれば……』という思いで、彼の申し出を認めたのだ。

村出身の平民など、王都でばかにされるのが目に見えている。
それに、村から離れ、知り合いが誰もいない環境で、子供が生活するのは寂しさもあり、村の子供は誰も騎士になろうとは思いもしなかった。
しかし、ヴェリュアンは一度自分が言い出したら決して譲らない性格の持ち主だ。

彼なら、と村の人間も思った。
周囲の期待もあり、ヴェリュアンはそうそうに村を旅立った。

十歳の頃の話だ。
村人が予想したように、騎士団での陰湿な嫌がらせは多々あった。特に顔の綺麗なヴェリュアンをやっかむ輩は数多く、あの手この手で彼を潰そうと画策してくる。
しかし、ヴェリュアンは同い年の少年たちを遥かに上回るほどに気が強く、さらには陰湿的で、負けん気が強かった。
つまり、しつこくやり返したのである。
やられる度にしつこくやり返し、しまいには暴力沙汰にまでなった。

相手も、何度やり込めようとしてもその度に虫を仕掛けられたり、悪口を書いた紙を背中に貼られたり、嘘の情報を流されたり、しまいには落とし穴に落ちて全身糞まみれになったりとさんざんだった。

もちろんそれを仕掛けたのはヴェリュアンである。
ヴェリュアンは、一度狙いを定めたら、相手が倒れるまで、攻撃の手を緩めることはまずない。
しかも、相手が罠にはまる度に楽しそうにしているので、性格はお察しの通りだ。
シドローネは、彼のことを困った子供だ、と思っていたが、困ったどころか、教師すらも手の焼く悪ガキだった。
しかし、ヴェリュアンは叱られる時はしゅんとした様子を見せるし、その容姿も相まって、あまり強く注意することはできなかった。
度の過ぎたいたずらは罰されるだろうが、ヴェリュアンの仕掛けるものはどれもギリギリであり、しかも双方問題があることから、彼が処分されることはなかったのだ。

そのギリギリを攻めているあたりが、彼の小賢しいところであり、性格の悪さを示しているようでもあった。

しかし、性格の悪さはともかく、体格の方はどうにもならない。
十五歳を過ぎ、成長期が訪れても、彼に劇的な変化は起きなかった。
平均程度に身長は伸びたが、筋肉は付きにくい体質のようだ。
それから、騎士を目指すのは諦めた方がいいと同期や、先輩、教師にも言われたが、それでもヴェリュアンは諦めなかった。

両親が思ったとおり、彼は一度決めたことはそう簡単に覆さない。
そして、それ以上に──彼は、彼女との約束を果たしたいと思った。
村から出て、五年が経過してなお、彼が大切に持ち続けている、彼女の所持品。

あの、夏の日。
ヴェリュアンは生きてきて初めて、後悔というものをした。
悪巧みが得意だった少年は、それまで後悔らしい後悔といったものをしたことがなかったのだ。
だけどあの日。
あの、夏の夜。
彼は初めて──悔しい、と思ったし、自分の無力さを痛感した。

自分のちいさな手では、彼女を守れない。
大人の手ひとつ、振りほどくことが出来なかった。
大人にいいように殴られ、蹴られ、それでも持ち前の意志の強さで意識だけは保っていたものの、それもようやくのことだった。
ヴェリュアンの怪我が全快したのは、ひと月後の話だ。
近くの大きな街から医者が呼ばれて、ヴェリュアンはしばらくベッドの上から動くことが出来なかった。
それでも彼女の話を聞こうと何度も医者や両親に尋ねたが、彼らは首を振って知らない、と答えた。
今思えば、あれはシャロン公爵の指示だったのだろう。
片田舎の、辺境の村にリラントでもっとも大きな街の医者がすぐに呼ばれたのだ。
おまけに、ヴェリュアンのために怪我が治るまで付きっきりで診てくれた。
当時は気が付かなかったが、おそらくシャロン公爵が手配したのだと思う。
でなければ、わざわざ村の子供のためだけに大きな街に住む医者が、ひと月もかかりきりでそばにいるはずがない。

ヴェリュアンの怪我が完全に治り、彼女とよく会っていた草原に向かう。
しかし、どれほど待っても、季節がいくつ巡ろうとも、彼女は現れなかった。
アリアドネは、消えてしまったのだ。

あの約束を交わした、直後に。

ずっと、探していた。
彼女を。アリアドネを。

言いたかった。
守れなくてごめん、と。

そして今度はそばにいさせてほしい、と。

きみのために、俺は聖竜騎士になったから。

ブランとの再会は、彼が騎士試験に合格した直後だった。
騎士試験に合格したことを伝えに、村に向かった時、不意に白竜が降りてきたのだ。
ブランは、ヴェリュアンがふたたびこの村を訪れることを知っていたようだった。

彼女の第一声は、

『遅い。死んだかと思ったわ』

だった。
ブランは、十にも満たない人間の子供が大人に立ち向かった姿を見て、彼に関心を抱いたようだった。
そして、彼が聖竜騎士を目指すことを知ると、いずれ村を訪れることを予期し、彼を待つことにしたようだった。ブランはゆったりとした動作でヴェリュアンを睥睨すると、さらに文句を言った。

『あと少し来るのが遅ければ、我は眠りにつくところだった』

つまり、ヴェリュアンは間に合ったのだ。
それから、ヴェリュアンはブランと契約し、正式に聖竜騎士となった。
ブランは、聖竜の中でももっとも気難しいと言われる白竜だが、ヴェリュアンとの相性はいいようだった。
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