53 / 66
53.水遊び
しおりを挟むそして、完全に夜も深け、私と彼は眠りについた。
もっとも、私は【眠る】というより【気絶】と言った方が正しかったような気がする。
結婚式にパーティ、さらには初夜という人生でもっとも緊張する夜を過ごしたのだ。
もう私の気力体力は限界を超えて、体を清め、ふたたびベッドに横になると──途端、私の意識は落ちた。
目が覚めたら朝だったので、あれは気絶と言っていいと思う
☆
また、リラントに来た。
ヴェリュアンは、長期の新婚休暇を取得していたようで、話を聞いた時は驚いた。
なんでも、聖竜騎士は仕事柄、あまり休みを取れないので新婚休暇くらいは長く取るものだという。
先輩騎士に勧められて、彼もまた長く休暇を取ったとのことだ。
『あの時はリラントにまた行くなんて考えてもなかったけど、長く取って良かった』
と、ヴェリュアンは笑って言った。
☆
ふたたび訪れた私たちにお母様は驚いていたが、歓迎してくれた。
そして、おすすめの観光地をいくつもリストアップしてくれる。
長期休暇は長いのだ。
ヴェリュアンと行ってみようと思いながら、私はお母様からいただいた地図をアンナに預けた。
そして、今度は同じ部屋だ。
結婚したのだから、別室ではない。
結婚以来──彼とは同じ部屋で眠っているが、未だ慣れない。
彼が近くで寝ているのを見ると変わらず心臓は落ち着かないし、その距離に、香りに、頭がくらくらする。
結果、私は就寝前にリラックス効果のあるハーブティーを飲むようになった。それも、気休めに過ぎないが。
リラント滞在二日目。
私たちはまず、思い出の地を巡ることにした。
それで私の記憶が戻るかは分からないが──例え、戻らなかったとしても、私もまた知りたいと思ったのだ。
彼がまず連れて行ったのは、ダクス山の麓の湖だった。以前、ネトルを採ったところの、ちょうど裏手だ。
こんなところがあるなんて……と感動していると、彼が薄く笑った。
「昔も、シドローネはそういう顔したよ。俺が初めて案内した時」
「そうなの?やっぱり昔のことは思い出せないけど……でも、とても素敵だわ。夏なのに、ここは涼しいのね。湖も綺麗な色だわ。触れてもいいかしら?」
尋ねるとアンナは苦笑し、ヴェリュアンもまた、微笑んだ。
「今のきみはドレスでしょう?ドレスが濡れたら大変だ。触れるのは手だけにしてね」
まるで、ドレスをたくしあげて私が湖にでも入るのではないか──いや、入るかもしれないと思っているような声だった。
それを私は少し不満に思って彼に反論する。
「さすがにこの格好で足先を濡らそうなんて、しないわ。……でも、足を濡らすのはやってみたいかも。次来る時は薄手のワンピースにしましょう。ね、アンナ。それなら構わない?」
「…………構います」
溜息をつきながらアンナがやれやれと言った様子でいう。
やはりだめかしら……と思っていると、ヴェリュアンがアンナに言った。
「替えのワンピースを持ってきたらどうかな。このあたりは滅多にひとがこないし……シドローネが着替えている間は、俺や騎士たちが見張りをしていればいいんじゃない?どうかな、アンナ」
さらにヴェリュアンにまでそう提案され、さすがにアンナが眉を寄せる。
そしてやや葛藤しながら、彼女は言った。
「かしこまりました。他のものとも相談してみますね」
「本当?ありがとう。前向きにお願いね」
私が言うと、アンナがさらに困った顔をする。
公爵家の人間として、そして、既婚者として。
妻として。
湖に足をつける行為は許されないのだろうと思う。
それなのに、考えてみる、と言ってくれただけアンナは優しい。
そしてこれは──私の推測に過ぎないが、きっとアンナは許可を出してくれるような気がした。
こういう時、アンナは頭ごなしに否定しない。
私の求めを出来るかぎり叶えようとしてくれることを、私は既に知っている。
その後、私はヴェリュアンに誘われ湖のほとりを歩いた。澄んだ湖の空気は静かで、落ち着いている。
まるでここだけ別世界のようだ。
「ここで、俺たちはよく水遊びをしたんだ」
「水遊び……?水遊びって、どういうもの?」
言葉の意味を考えるも、上手く想像がつかない。
不思議に思って尋ねると、彼が笑った。
少し悪戯っぽい、悪い顔だった。
「それは今度、きみが湖に足を入れた時教えるよ」
「……今、教えてくれないの?」
「今は秘密。でもきっと、きみは気にいると思うよ」
彼がまた、柔らかく笑った。
その後、私は湖に手を差し入れて、その冷たさに驚いた。
目を丸くする私に、彼も私と同じように屈んで湖を見る。夏の湖は、色が濃い。
「どう?気に入った?」
「ええ!とても……!すごく、冷たいのね。ふふ、なんだか楽しい」
手を軽く動かすとぱしゃぱしゃと音がする。
そのまま、湖から手を抜いて自身の頬に押し当てると、その冷たさが気持ちよかった。
「ヴェリュアンのお家はこのあたりだったの?」
頬に押し当てながら彼に尋ねると、彼が瞳を細めて笑った。
それがあまりにも優しい顔だったから、思わずどきりとする。
彼はそっと私の手を取ると、その手の甲に口付けを落とした。
まるで、騎士の誓いのような。
初夜を過ごしてから、彼はよく私に触れるようになった。
それはごく僅かなスキンシップであったが、未だ私はそれに慣れることができない。
彼に触れられる度に、驚いて体が固まってしまう。
頬もじわじわと、熱が持つ。
そのまま顔を上げると、彼と視線がぱちり、ぶつかった。
そのまま、そっとまつ毛を伏せれば、やはり、くちびるが触れた。
触れるだけの、優しい口付けだ。
ここは外だし、ひとの目もある。
護衛騎士やアンナは少し離れた場所にいるとはいえ、さすがにこれは見られてしまっているだろう。
口付けが解かれて、思わず俯く。
彼が笑った気配がした。
「……きみは、昔もそうやって笑ってた。俺はきっと……その時から、こうしたかったんだと思う」
「……あなた、私と会った時……六歳だったのではないの?」
気恥しさにまつ毛を伏せながら、彼に答える。
今、彼を見ることは出来なかった。
私の言葉に、彼が静かに言った。
「あの時はよく分からなかった。……でも、今なら分かる。きっと俺は、こうしたかったんだよ」
ゆっくりと、彼が私の髪に触れる。
そのまま軽く撫でられて、彼の指先が頭をくすぐる。
それだけなのに、あの夜を知ってしまった私の体は、あっさりと期待してしまう。
自分が変わってしまったようで、いやらしくなってしまったようで、ますます恥ずかしい。
「……そろそろ行こうか?このままここにいると、これ以上のことがしたくなってしまうから」
ヴェリュアンが、手を引っ込めた。
そのまま立ち上がり、私に手を差し伸べる。
私はそれを見ながら、細く息を吐き出した。
燻った熱を逃がすように。
「……次はどこに行くの?」
彼の手を掴んで、私も立ち上がる。
湖に手を差し入れたばかりだと言うのに、私の手は既に熱を持っていた。
私が尋ねると、彼が微笑みを浮かべた。
「俺たちの出会いの場所」
363
お気に入りに追加
2,349
あなたにおすすめの小説
冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。
八坂
恋愛
ある国の王子であり、王国騎士団長であり、婚約者でもあるガロン・モンタギューといつものように業務的な会食をしていた。
普段は絶対口を開かないがある日意を決して話してみると
「話しかけてくるな、お前がどこで何をしてようが俺には関係無いし興味も湧かない。」
と告げられた。
もういい!婚約破棄でも何でも好きにして!と思っていると急に記憶喪失した婚約者が溺愛してきて…?
「俺が君を一生をかけて愛し、守り抜く。」
「いやいや、大丈夫ですので。」
「エリーゼの話はとても面白いな。」
「興味無いって仰ってたじゃないですか。もう私話したくないですよ。」
「エリーゼ、どうして君はそんなに美しいんだ?」
「多分ガロン様の目が悪くなったのではないですか?あそこにいるメイドの方が美しいと思いますよ?」
この物語は記憶喪失になり公爵令嬢を溺愛し始めた冷酷王子と齢18にして異世界転生した女の子のドタバタラブコメディである。
※直接的な性描写はありませんが、匂わす描写が出てくる可能性があります。
※誤字脱字等あります。
※虐めや流血描写があります。
※ご都合主義です。
ハッピーエンド予定。
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。
花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。
フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。
王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。
王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。
そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。
そして王宮の離れに連れて来られた。
そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。
私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い!
そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。
ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる