48 / 66
48.ようやく実感したから
しおりを挟むブランとの会話は成功に終わった……とは言いにくかった。
私は適切な質問ができなかった自分に落ち込んでいたが、ヴェリュアンに呼び止められて足を止めた。
不思議に思って振り返ると、彼がジャッケットのポケットから、皮の小物入れを取り出した。
深い青色のそれを取り出すと、彼がその口を開けた。
「……色々、考えたんだけど」
「……はい」
彼の声色に、真剣な内容の話であることを知る。
私もまた、居住まいを正して彼を見る。
ヴェリュアンはどこか思い悩むような──いや、なにか思い出しているような、遠くを見つめる瞳をしていた。
まつ毛が伏せられて、群青の瞳が見え隠れする。
「これは、きみに持っていてほしい」
彼は、皮の小物入れに指を差し込み──青の、リボンを取り出した。
それはいつも、彼が身につけていたものなはずだ。
思わぬ代物が出てきて、私は目を瞬いた。
それを見て、ヴェリュアンがまた、苦笑する。
「きっと覚えてないよね」
「……これは、私が……。私の過去に、関係しているものなのですか?」
尋ねると、彼がまつ毛を伏せ、頷いた。
青空のように真っ青な色合いだ。
私の髪の色に良く似ている。
まさか、彼がいつも身につけていたリボンが、私の過去に関わりがあるものだとは思いもしなかった。
なにか思い出せるだろうか、とそのリボンを改めて、まじまじと見つめる。
長く使われているのか、端は綻んでいるが、その度に修繕されたような跡が見受けられた。
それでも、生地自体がもうだいぶくたびれている。
私がまじまじと見ていると、彼が答えを教えてくれた。
「きみがくれたんだ。……髪には、魔力が宿るから、と。俺がほんとうに聖竜騎士を目指すのなら、これをあげる、って言って」
「え?髪?魔力……?」
確かに髪には魔力が宿るとされている。
ラスザランに住む人間なら誰もが聞いている言葉だ。
私はふたたび、じっと青のリボンを見つめた。
しかし、残念なことに青の色味に誘われて記憶を思い出す──ということにはならなかった。
思い出せなかったことにちいさくため息を吐く。
諦念の思いで私は顔を上げた。
「その頃から、あなたは聖竜騎士を目指していたの?」
「その頃から……というか、それがきっかけというか。説明が難しいな」
ヴェリュアンが苦笑する。
彼は、鮮やかな緋色の髪をしているが、青が良く似合うひとだと思う。
青色が持つ静かな空気が、彼に馴染んでいる。
私はふと、彼が持つ青色のリボンにまた、視線を落とした。
そして──思いついたことを、口にする。
「あなたが良ければ、そのリボン……私に貸してくれないかしら。なにか思い出せるかもしれないし……」
全く覚えがないし、なにか思い出せそうな気配もない。
だけど、思い出の品に触れれば私もほんの少しは過去に思いを馳せられるのではないか。
そう思って彼に尋ねると、彼は少し驚いた顔をしたものの、快諾してくれた。
彼から青のリボンを受け取る。
やはり、見覚えもなければ懐かしさを覚えることもない。
もしかしたら、なにか思い出せるかもしれない、と思っていた私はそれに少しがっかりしたけれど、すぐに自身の髪留めに触れた。
「シドローネ?」
彼が不思議そうに私を呼ぶが、私は構わず髪留めを外す。
花を象った髪留めは、簡単に留めただけなので私にも外すことが出来る。
これが夜会仕様であったなら、こうはいかなかっただろう。
私は髪留めを外すと、次に、手に持った青のリボンで髪を結んでみた。
過去に、私が彼にあげたというリボン。
過去の私も、こうしてこのリボンに触れていたはずだ。
身につけたらなにか変わるかも、と思って髪を結んでみたが、やはり、というべきか。
期待していたようなことは起こらなかった。
残念に思いながら、私は自身の髪に触れた。
青の髪に青のリボンは、同系色だからあまり目立たないだろう。
私は彼の感想を聞いてみることにした。
「……どうかしら?やっぱり、色が同じだと目立たないわよね」
「──……」
「ヴェリュアン?」
尋ねると、彼はようやく気がついたようにハッとした。
そして、何か言おうとして、失敗したように口を手で覆う。
私から視線を逸らし驚いたように──目を見開いている。
「……?どうかした?……あの、もしかして、とんでもなく似合ってなかったり……?」
それであるなら、とても恥ずかしい。
私はすぐにでもリボンを外すべきかと手を持ちあげた。
その時、ヴェリュアンが勢いよく首を横に振る。
「いや、そうじゃない。……そうじゃ、なくて」
「……?」
「……ごめん。自分でも、思ったより……」
「……どうかした?」
彼の様子が気になって、私は背中で手を組みながら彼の顔を覗き込んだ。
そして、息を飲む。
彼は──今にも泣きそうな、そんな顔をしていたからだ。
それに慌てたのは私だ。
なにか、彼を泣かせるようなことがあったのだろうか。
私がなにかしてしまった?
「あ、あのヴェリュアン」
「違います。違いますから」
彼は、あの告白の夜以来、私に対して取り繕って話すことをやめた。
それが元々の彼の話し方なのか、それとも昔、彼が私にそう話していたからなのか。
理由は定かではないが、あれ以来砕けた話し方をするようになったのは事実。
その彼が、狼狽えて以前のような畏まった口調に戻っている。
これはよっぽど、彼も動揺しているのだろう。
彼は、下唇を噛み──目尻に残る涙を指先で拭った。
しかし、次から次に涙の粒が浮かび、ついに彼の頬を滑り落ちた。
私はそれを見て、静かに驚いていた。
男性が──大人の男性が、涙を流すところを、私は初めて見た。
そして、彼は泣く時──こんなにも綺麗に、美しく泣くのか、と。
あまりにじっと見つめていたからか、ヴェリュアンが恥ずかしそうにちいさく苦笑する。
「……ごめん。なんだか、いろいろ……感極まっちゃってさ。……ほんとうにシドローネに……アリアドネに……。彼女、に会えたんだと思うと……。俺は、ようやく会えたのだと思うと……」
その先は、涙に飲まれ、声にはならなかった。
次から次に、ぽろぽろ、ぽろぽろと彼が涙を流す。
綺麗な、群青の瞳から。
まるで、泉から水がこぼれるように。
きらきらとした涙の飛沫が白い頬を滑り、彼の首元を濡らしてゆく。
白い襟が、彼の涙を吸い込んだ分だけ、色を変える。
私は、ドレスのチェーンに提げた巾着からハンカチを取り出すと、彼の頬に押し当てた。
彼が私を見て、笑う。
それはいつものような優しいだけのものではなく、どこか縋るような──へにゃりとした、笑い方だった。
598
お気に入りに追加
2,349
あなたにおすすめの小説
冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。
八坂
恋愛
ある国の王子であり、王国騎士団長であり、婚約者でもあるガロン・モンタギューといつものように業務的な会食をしていた。
普段は絶対口を開かないがある日意を決して話してみると
「話しかけてくるな、お前がどこで何をしてようが俺には関係無いし興味も湧かない。」
と告げられた。
もういい!婚約破棄でも何でも好きにして!と思っていると急に記憶喪失した婚約者が溺愛してきて…?
「俺が君を一生をかけて愛し、守り抜く。」
「いやいや、大丈夫ですので。」
「エリーゼの話はとても面白いな。」
「興味無いって仰ってたじゃないですか。もう私話したくないですよ。」
「エリーゼ、どうして君はそんなに美しいんだ?」
「多分ガロン様の目が悪くなったのではないですか?あそこにいるメイドの方が美しいと思いますよ?」
この物語は記憶喪失になり公爵令嬢を溺愛し始めた冷酷王子と齢18にして異世界転生した女の子のドタバタラブコメディである。
※直接的な性描写はありませんが、匂わす描写が出てくる可能性があります。
※誤字脱字等あります。
※虐めや流血描写があります。
※ご都合主義です。
ハッピーエンド予定。
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる