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32.十年前の出来事

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「私は、お母君と話しています」

「そう?」

ヴェリュアンはお母様と初対面であるはず。
この場にひとり残すのは、彼もきまずいのではないかと思ったのだが。

……問題なさそう?

私は彼の言葉を聞いて、頷いて答える。

「では、お母様のお相手をお願いします。お母様、また後ほど」

「ええ。アリアドネ。あなたの旦那様を少しの間、借りますね」

「…………まだ、旦那様というわけでは」

「あら?でも、いずれそうなるのでしょう?」

からかい交じりの声と頬笑みを浮かべてお母様が言う。
私はため息を吐いた。
どうやら私の母というひとは、茶目っ気のある性格をしているらしい。

「では、失礼します」

ドレスの裾を摘み、淑女の礼を執ってから、私は部屋を出た。
扉の外には、ワゴンを押すアンナがいた。
私が部屋から出ると彼女は目を丸くする。

「あら?奥様とのお話はよろしいのですか?」

「その前に、確かめたいことがあるの。そこに──ああ、やっぱりないわね。途中、ダクス山で摘んだハーブを一緒に持っていきたいの。問題なければ、ネトルティーもお出ししてさしあげたいわ。アンナ、いいかしら」

ワゴンの上には、色とりどりのプレゼントボックスが置かれている。
茶色、赤、黄、橙、青……。
これはお父様が用意させた王都のお土産だ。
綺麗に並べられたそこに、私が持ってきたネトルはなかった。
おそらく、私の荷物に入ったままで、私が自分のために摘んだものだと思われているのだろう。
ダクス山で、お母様のためにネトルを採ると伝えたのはヴェリュアンだけだ。
私の言葉に、アンナがまたも目を丸くした。

「ネトルティー!ええ、ええ。とてもいと思いますわ!お嬢様手ずから淹れてくださったら、きっと奥様もお喜びになります」

アンナは乗り気で、ワゴンを戻し始める。
私は彼女の後を歩きながらふと、先程気になったことを彼女に聞いた。

「……ねえ、アンナ」

「どうかなさいましたか?」

アンナは、今にも鼻歌を歌い出しそうなほど機嫌がいい。
扉の前に待機していた騎士も付き添い、階段を降りる際、アンナのワゴンを下ろす作業を手伝っていた。
私はそれを一歩後ろから見ながら──気になっていたことを、彼女に尋ねる。

「……ヴェリュアンは、お母様と面識があるのかしら?」

ワゴンを降ろしていた騎士、アンナ、どちらも僅かに固まる。
それを見て、ますます疑念が首をもたげる。

「そういえば、ヴェリュアンはリラント地方出身だと聞いたわ。幼い頃の私は、よくひとりで出かけていたようだし、その時に──」

「お嬢様、記憶が戻られたのですか」

アンナがぱっと顔を上げ、固い声で言う。
私はそれに、少し戸惑いながらも首を横に振って答えた。

「そうじゃないわ。でも、ザックスやお母様の話を聞くと、そうなのかもしれないと思ったの」

「…………公爵様は、お嬢様が記憶を取り戻されることを反対しております」

つまり、アンナは教える気がない、ということ。
私は呻きながら、顎に指先を押し当てた。

「ということは、私の言葉は真実なのね?」

「…………」

アンナは沈黙した。
これ以上尋ねても、何も答えてくれなさそうだ。
だけど、だからこそ、それが真実なのだと私は確信を持った。

(幼い頃に、私とヴェリュアンが出会っている)

しかし、全く実感がない。
どこか他人事のようだ。
やはり、記憶がないと、どこか自分のこととは遠いような印象を受ける。

幼い頃のヴェリュアンを想像してみる。
あの顔だ。
小さい頃も、とても綺麗な顔立ちだったのだろう。
その隣で笑う私を想像してみる。

……上手く想像できない。
それに、過去出会っていたからといって仲が良かったかも分からない。
私はため息を吐いた。

(十年前、私は物盗りに襲われて……その時に頭を打って)

無い記憶を探るように、慎重に過去に思いを馳せる。
その時だ。
ずき、と強い頭痛が私を襲って、私は、アンナに気付かれないように深く呼吸をした。

やはり、思い出すのはまだ難しいようだ。
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