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31.知り合い?

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食後、ハンナに案内され三階へと向かう。
利便性より、デザインを優先しているのか、階段はエントランスから続く螺旋階段のみのようだ。
こつこつと先を歩くハンナに続きながら、私は静かに呼吸を整えた。

いざ、お母様と会うとなるとやはり緊張してしまう。
母とは手紙のやり取りをしているが、私は母の記憶がない。

顔も、肖像画で見ただけだ。
隣を歩くヴェリュアンが、気遣わしげに私を見た。
前を歩くハンナが、ひとつの部屋の前で止まる。

「こちらです」

「……ありがとう」

頷いて答える。
母のいる部屋の前には、騎士がふたり並んでいた。
シャロン公爵家に仕える私兵だろう。
ふたりは私を見ると静かに頭を下げた。

ハンナが扉を叩く。

「奥様。お嬢様と、ご婚約者様が到着されました」

「入って」

その声は、どこかで聞いたような、軽やかさがあった。
鈴を鳴らすような声で、そのひとは言った。
ハンナに促されて部屋に入る。
夜だからか、部屋のカーテンはきっちりと締められていた。
白い部屋だな、と思った。
家具もそうだけど、壁紙も同じく白で統一されている。
部屋の中央には、紗幕のかかった天蓋ベッドがあり、カーテンは端にまとめられていた。
その中央で、ヘッドボードに背を預けながら、女性が優しい表情を浮かべ、こちらを見ていた。

(あのひとが……)

私の母。
エリザベス・シャロン。
目を見開くと同時、彼女が微笑んだ。

「いらっしゃい。アリアドネ、そして、ヴェリュアンさん」

「ヴェリュアン・ヴィネハスです。夜分遅くに申し訳ありません。お目にかかれて光栄です」

ヴェリュアンが、胸に手を当てて騎士の礼を執る。それを見て、母──彼女が満足そうに頷いた。

「そう畏まらなくていいのよ。ハンナ、椅子をお持ちしてさしあげて。……ごめんなさいね。ほんとうなら、椅子に座ってもてなしてあげたいのだけど……ベッドから起き上がるなと言われているの」

「お体の調子は……」

ヴェリュアンが言い淀む。
それに、母、エリザベスが頬笑みを浮かべた。

「今日はいい方なのよ。大丈夫。心配しないで」

お母様は、内臓に欠陥があると聞いたことがある。
だから、私を産む時とても大変だった、と。
子を産んだことで、母は生死の境を彷徨ったと聞く。
出血が収まらず、一時はもうだめかと思われたほどだったらしい。

それが理由だろう。
父と母の間に、私以外の子はいない。
おそらく、次、子を宿しても無事に産めるかが分からないからだ。

私は、どうすればいいのか分からずただ母を凝視していた。
髪の色や瞳の色は、たしかによく似ている。
だけど──母と娘と言っても他人なのだから当然ではあるのだけど。
私とは全く雰囲気や、表情が異なっていて、困惑する。
私に、お母様が言った。

「アリアドネ。そばに」

「…………はい」

静かに答えて、お母様のそばまで歩く。
カーペットに膝をつくと、お母様がにじりよってきて、私の頬に触れた。

「……大きくなったわね」

「……お母様」

「美人になったわ。あなたは昔から綺麗だったけれど、大人になってさらに美しくなった。ヴェリュアンさん、あなたもね」

「……え?」

困惑の声を出したのは私だった。
お母様は、まるでヴェリュアンを知っているかのように話した。
目を丸くする私に、お母様が首を傾げる。

「どうかして?」

「お母様、今──」

その時、こんこんこん、と扉がノックされた。
ハッとして振り返ると、アンナの声が聞こえてくる。

「ご歓談中、失礼いたします。お嬢様が王都より持ってきてくださったお土産を運んできました」

「──あ。ちょっと待って、アンナ」

アンナの言葉に、私は思い出す。
ヴェリュアンに摘んでもらったネトルは、父が持たせた王都の土産の荷物には入れていない。

アンナが持ってきてくれたお土産の中に、おそらくネトルは入っていないはずだ。

それに、ネトルは煮出してハーブティーにすると美味しくいただけるとヴェリュアンから聞いた。
お母様の病気でもネトルを口にしていいのか聞く必要もあるし、と私は立ち上がった。

「お母様、少し席を外します。あとで、お土産と一緒にまた戻ってきますね」

「お土産?楽しみ。あのひとは何を持たせてくれたのかしら?」

くすくすと笑うお母様は、まるで少女のようだ。
私よりずっと年上なのに、少女めいた雰囲気がある。
彼はどうするだろうと思ってヴェリュアンを見ると、彼がちいさく頷いた。
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