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28.ふわとろオムレツ

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「あと一ヶ月もありませんが……」

ザックスが恐る恐る顔を上げる。
私は頷いて答えた。

「ええ。もちろん、修道院での態度が良くなければさらに日数は伸びるでしょうけど、生活態度を改めるというなら、それで構わないわ。ヴェリュアン、あなたはどう?」

隣に座る彼を見る。
彼はまつ毛を伏せ、短く頷いた。

「構いません」

「では、そういうことで。近くの修道院だと……リラント修道院ね。私の方から手紙を出しておきます。ザックス、ベラード。あなた達はそれでいい?」

「は。……で、ですがそんな……。もっと重たい罰でなくてよろしいのですか?デボラは、お嬢様の婚約者を」

「ザックス」

私は彼の言葉を遮るようにして、彼の名を呼んだ。
狼狽えたように彼が顔を上げる。
視線が交わって、私は微笑みを浮かべた。

「デボラがしたことは、確かにとんでもないことだわ。もしほかの貴族に同じようなことをして、それが夫人に知られたとしたら。良くて修道院。場合によっては、死刑になることもあると思うわ」


死刑、の言葉にザックスがひっと悲鳴をあげる。

社交界では、姦通は大罪だ。
そして、誘惑した女の罪は殺人と等しいと考えられるほどに重い。

「だけど」

私は、柔らかな声を意図的に出した。
そして、ザックスを見る。
彼は苦渋に満ちた顔をしていた。

「今回は未遂だったのだし。……でしょう?」

「当たり前です」

ヴェリュアンに尋ねると、すぐさま返事が得られる。
それに頷いて答えると、私はまたザックスを見た。

「なので、そんなに重たい罰は与えないことにしました。でも、彼女にはしっかり言い聞かせた方がいいと思うわ。また同じようなことがあったら、今度こそ厳しく罰せられるんじゃないかしら。教会も不義姦通には厳しいと聞くわ」

それと、と私は付け足した。
あまり長々としたい話ではない。
特に、爽やかな朝の時間は。

「彼女には、期限を伝えない方がいいと思うの。期限を伝えずに、修道院での奉仕を命じる。そうすることで彼女は、色々と考えるはずよ。今回、自分がしてしまったことの重大さとか、それが及ぼす影響力とか。彼女にはそういったことを考える時間も必要だと思うの。……でも、期限を伝えるかどうか。これは、あなたたちに任せるわ。彼女としっかり話し合って、決めてもらいたい。彼女にもなにか事情があるのかもしれないし」

「お嬢様……。しかし、よろしいのですか。本当に。本家のお嬢様の婚約者に色目を使うなど……何たる不敬。我々の忠心を疑われてもおかしくないのに」

「決めたことよ。それに、私は今回のことであなたたちへの信頼が揺らいだわけではない。今まで、それこそ、何百年とシャロン家に仕えてきてくれたのでしょう?こんなことでリベルア家を疑うほど、私は狭量ではないわ。お父様にもそう、報告しておきます」

「……ありがとうございます。お嬢様の、そして公爵様の信頼を損ねないよう、今後、より一層リベルア一家はシャロン家への忠誠を誓います」

ザックスとベラードは静かに席をたち、深く頭を下げた。
私はそれに頷いて答える。

「ええ。期待しています」

そして、ぱん、と手を叩いた。

「さて、そろそろ朝食にしましょう?せっかくの晴天なのだから、重たい話はここまで!ね、ヴェリュアン。あなたもそれでいいかしら」

隣を見ると、彼もまた、ちいさく頷いた。
ほんの少し、微笑んでいるように見える。

「構いません」

「では、お食事をいただけるかしら?昨日はすごい雨だったわね。道は大丈夫かしら」

デボラの話を終わりにすると言っても、ザックスやリベルアからは話しにくいだろう。
そう思って話題を変えると、ザックスはぎこちなくなりながらも答えた。

「地面はぬかるんでますが、からっと晴れているので馬車を飛ばさなければ大丈夫かと」

「そうなの。では、午後には出られそうね。そうだわ。ザックス、この辺りでネトルが生えている場所を知らないかしら。お母様に持っていこうと思うの」

ネトルの話をしたのは、ヴェリュアンだ。
彼も、以前の話を思い出したのだろう。
視線を感じる。

ザックスは私の言葉に、なにかを思い出すように視線を斜め上にあげ、顎髭に手で触れる。
思い悩むようなので様子のザックスに変わり、ベラードが答えた。

「ネトルであれば、この辺りではどこでも見られるかと思いますが……群生地、となると……。確か、ここから南下したあたり……ダクス山の麓にたくさん生えていたように思います」

「ダクス山。道中通りかかるわね。ありがとう。近くに行ったら探してみるわ」

私が答えると、ザックスもベラードも未だ気まずさをぬぐえない様子だったが、笑みを浮かべていた。

「公爵夫人にですか。久しくお会いしていませんが……私どももお体の調子を案じていること、お伝えください」

「分かったわ」

頷いて答えたところで、メイドがワゴンを持って大広間に入ってきた。
そのまま彼女たちがテーブルに近づき、銀蓋クローシュを開け、皿をそれぞれ配膳していく。
昨日の夜、豪勢な食事だったからか今朝のメニューは胃に優しそうなものが多かった。

野菜と豆のミルクスープに、焼きたての白パン。
リラント地方の香草をたっぷり使ったサラダ。
厚切りのハムに、贅を尽くしたキノコのトリュフ添え。生クリームとバターの風味が濃厚なオムレツは私好みのふわとろで、とても美味しかった。

昼頃には出立するので、昼餐はいただけないだろうと思っていると、ザックスがランチボックスを用意すると言った。

リベルア家の料理はとても美味しい。
シャロン家の料理ももちろん美味しいが、リベルア家はリラントの特産品を使っているからか、味付けが新鮮だったり、見慣れない野菜や香草が入っていたりして、目にも楽しかった。
私はその言葉に甘え、ヴェリュアンと出立の準備を進めた。

そして、昼過ぎ。
リベルア邸宅を後にし、お母様が療養している別邸へと旅立ったのだった。
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