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24.変化
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「…………え?」
たっぷり、三秒。
固まっていた私が、やがて瞬きをしきりに繰り返しながら彼を見ると、彼は苦笑いを浮かべた。
「いえ、あの。そういう意味じゃないんです。ただ、部屋の隅を貸していただければそれでいいというか」
「どういうことですか?」
さらに尋ねると、彼はなぜか困った顔をした。
そして、廊下の先を見る。
私も釣られて、彼の視線を追った。
真夜中のリベルア邸は、灯りが届かないところは当然だが真っ暗で、なにか出てきてもおかしくない雰囲気だ。
普段、心霊やオカルトの類はあまり信じていないが、この雰囲気を見るに、何が出てもおかしくないと思わせる迫力がある。
つい、ごくりと息を飲むと、ヴェリュアンが言った。
「話は歩きながら。ずっとここに留まっているのは、あなたも寒いでしょう」
──確かに、春を迎えたとはいえ、夜はまだまだ冷える。
特に今夜は、この雨だ。
いつもより気温も低く、手足が冷えてきているのも事実だった。
私が頷いて答えると、ヴェリュアンがふっと笑った。
その微笑みがまた、優しげなものだったから──妙に、落ち着かない。
彼の言葉に頷いて応える。
それを見て、ヴェリュアンがまた、ふわりと笑った。
そのまま、ふたりで厨房に向かう。
途中、びゅおお、と風の凄まじい音がする。
度々光る雷鳴は変わらずで、どこかで雷が落ちる度に肩が跳ねた。
「怖いですか?」
ちらりと私を見て、ヴェリュアンが尋ねる。
それにどう返そうか僅かに迷い──けれど私は、彼の言葉に素直に頷いて答えることにした。
こんな時に意地を張っても仕方がない。
「…………少し」
とはいえ、やはり年上で、二十歳の貴族の娘として、手放しに怖いと答えるわけにもいかず。
ほんの少し、見栄を張った。
私が答えると、彼は少し考えるように顎に指を押し当てた。
「……では、これでどうでしょうか」
「……?ひゃっ」
突然、手がやわらかいものに包まれて、妙な声が出る。
驚いて手元を見ると、ヴェリュアンに手を握られていた。
それに目を白黒させる。
顔を上げる。
視線が交わると、ヴェリュアンが苦笑した。
「暗くて、足元も危ないですし。……これでも、騎士ですから」
それは、照れ隠しもあるような気がした。
まつ毛を伏せる彼をじっと見つめる。
髪をまとめていないヴェリュアンは、その中性的な顔立ちも相まって、女性のようだ。
だけど、本人にそれを言っては気を悪くするだろう。
騎士相手に『女性のように見える』とは、貶していると思われるだろう。
だけど──
長いまつ毛。くせっ毛なのか、ところどころカールを描く緋色の髪。
目元にかかる程度には長い、前髪。
軽く頭を振って、降りてきた髪を煩わしそうに払う仕草は、彼の素の態度のようで。
そして──宵闇の中でも、きらきらと煌めく、群青の瞳。
それは、どこか【可愛らしい】という印象を持つ彼のイメージを逆転させるほどの冷淡さがあった。
そうだ。彼の瞳は、氷に似ている。
まるで光を氷に閉じ込めたような。
水晶の中に煌めきがあるような──。
そんなことを考えていた時、不意に彼の瞳とぱちり、視線が交わった。
そこでようやく、私は彼の顔を凝視していたことに気がつく。
「……なにか」
彼が苦笑して尋ねる。
それに我に返って──だけどまさか、あなたの顔を見ていました、なんて言えるはずがなく。
私はほかの言葉を探した。
そして、彼に先程問いかけた言葉を、手繰り寄せる。
「……先程の、質問の解を考えていました。あなたが夜半時に私の部屋を尋ね、私の部屋で一夜を明かさなければならないような、事情──」
口してから、考えを巡らせる。
彼とは手を繋いでない方の手を顎に当て、思案する。
「……部屋が、使えなくなってしまったのですか?」
なにかトラブルが起きて、そうなってしまったのだろうか。
遠く外れていないだろうという予想をもって尋ねると、彼は薄く苦笑した。
「うーん……。そうですね。おおむね正解です」
「どうしてそのようなことに?」
ちょうど、二階への階段に差し掛かる。
彼が手を引いて、足元を照らしてエスコートしてくれるので、転倒する恐れはなかった。
窓の外は先程と変わらず雷鳴が響き、外は一面真っ暗だが、あまり恐ろしいとは思わなかった。
時折、響く雷鳴の音にはびっくりするが。
彼に手を引かれながら階段を降りる。
ヴェリュアンは、少し思い悩むような間を開けてから、答える。
「……明日には報されると思いますので、お伝えしますが。ザックス・リベルアの娘が俺の部屋に来まして」
「あなたの部屋に?どうして?…………。……え、ええっ!?」
素直に尋ねてから、深夜に女性が男性の部屋を訪れる理由などひとつしかないことに気がつく。
思わず、大きな声を出してしまい、ヴェリュアンが私と繋いだ手を持ち上げて、私の口元に人差し指を押し当てた。
「しーっ。先程の騒動でザックスはまだ起きているでしょう。また騒ぎが起きていると思われて、駆けつけられたら面倒なことになります」
「ご、ごめんなさい。待って、あの。デボラがあなたの部屋を訪れた……ということよね?えっと、それは事前の約束とか──」
「あなたは俺を何だと思ってるのですか。彼女と会ったのは今日が初めてです。今日会った女といきなり、婚約者もいる家の中で関係を持つような男に、俺は見えますか」
「ご、ごめんなさい……」
混乱して、言葉がまとまらない。
だけど、彼に言った言葉が彼への失礼に当たるということにようやく気づいて、私は謝罪した。
私が謝ると、ヴェリュアンはちいさくため息を吐いた。
「構いません。そう思われても仕方ない。俺たちは関係が希薄ですから」
「そんなことは……ないと思うのだけど。その、私はあなたとそういう……正しい婚約者の関係ではないから。万が一があってもおかしくないのでは、と考えてしまって……。だけどそれは、あなたを侮辱する発言だったわ」
そうだ。
彼には【想い人】もいるというのに。
彼が、その女性以外見向きもしないことを、私は知っていたはずなのに。
どうしてか、デボラなら有り得る、と思ってしまった。
彼女は同性の私から見ても美しいし、可憐で華がある。女性の色香のようなものを感じる。
私より年下なのに。
情けないやら、申し訳ないやらでため息を吐く。
いつの間にか、二階を下り、一階の踊り場に着いていた。
丁寧に彼にエスコートしてもらい、足を下ろした。
「俺は、女性なら誰でもいいという考えではありません。確かに綺麗な女性は綺麗だと思いますし、魅力的な女性を見れば魅力的だ、と思う感性はあります。だけどそれは直接、性的欲求には繋がらないのです」
「……はい」
「というより、俺は見た目や肩書きで態度を変える人間が嫌いです。恐らく、平民だった頃、横暴な権力者をさんざん見たせいでしょう。俺が聖竜騎士になった途端、手のひらを返してきて……。うんざりなんです。そういうのは」
「そうだったのね……」
思えば、彼の話を聞くのはこれが初めてだ。
互いに詮索は不要、としていたから、こうして彼の考えや、今までの話を聞くことはなかった。
意外な思いで彼の話を聞く。
そしてふと──気が付いた。
(……【俺】?)
たっぷり、三秒。
固まっていた私が、やがて瞬きをしきりに繰り返しながら彼を見ると、彼は苦笑いを浮かべた。
「いえ、あの。そういう意味じゃないんです。ただ、部屋の隅を貸していただければそれでいいというか」
「どういうことですか?」
さらに尋ねると、彼はなぜか困った顔をした。
そして、廊下の先を見る。
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真夜中のリベルア邸は、灯りが届かないところは当然だが真っ暗で、なにか出てきてもおかしくない雰囲気だ。
普段、心霊やオカルトの類はあまり信じていないが、この雰囲気を見るに、何が出てもおかしくないと思わせる迫力がある。
つい、ごくりと息を飲むと、ヴェリュアンが言った。
「話は歩きながら。ずっとここに留まっているのは、あなたも寒いでしょう」
──確かに、春を迎えたとはいえ、夜はまだまだ冷える。
特に今夜は、この雨だ。
いつもより気温も低く、手足が冷えてきているのも事実だった。
私が頷いて答えると、ヴェリュアンがふっと笑った。
その微笑みがまた、優しげなものだったから──妙に、落ち着かない。
彼の言葉に頷いて応える。
それを見て、ヴェリュアンがまた、ふわりと笑った。
そのまま、ふたりで厨房に向かう。
途中、びゅおお、と風の凄まじい音がする。
度々光る雷鳴は変わらずで、どこかで雷が落ちる度に肩が跳ねた。
「怖いですか?」
ちらりと私を見て、ヴェリュアンが尋ねる。
それにどう返そうか僅かに迷い──けれど私は、彼の言葉に素直に頷いて答えることにした。
こんな時に意地を張っても仕方がない。
「…………少し」
とはいえ、やはり年上で、二十歳の貴族の娘として、手放しに怖いと答えるわけにもいかず。
ほんの少し、見栄を張った。
私が答えると、彼は少し考えるように顎に指を押し当てた。
「……では、これでどうでしょうか」
「……?ひゃっ」
突然、手がやわらかいものに包まれて、妙な声が出る。
驚いて手元を見ると、ヴェリュアンに手を握られていた。
それに目を白黒させる。
顔を上げる。
視線が交わると、ヴェリュアンが苦笑した。
「暗くて、足元も危ないですし。……これでも、騎士ですから」
それは、照れ隠しもあるような気がした。
まつ毛を伏せる彼をじっと見つめる。
髪をまとめていないヴェリュアンは、その中性的な顔立ちも相まって、女性のようだ。
だけど、本人にそれを言っては気を悪くするだろう。
騎士相手に『女性のように見える』とは、貶していると思われるだろう。
だけど──
長いまつ毛。くせっ毛なのか、ところどころカールを描く緋色の髪。
目元にかかる程度には長い、前髪。
軽く頭を振って、降りてきた髪を煩わしそうに払う仕草は、彼の素の態度のようで。
そして──宵闇の中でも、きらきらと煌めく、群青の瞳。
それは、どこか【可愛らしい】という印象を持つ彼のイメージを逆転させるほどの冷淡さがあった。
そうだ。彼の瞳は、氷に似ている。
まるで光を氷に閉じ込めたような。
水晶の中に煌めきがあるような──。
そんなことを考えていた時、不意に彼の瞳とぱちり、視線が交わった。
そこでようやく、私は彼の顔を凝視していたことに気がつく。
「……なにか」
彼が苦笑して尋ねる。
それに我に返って──だけどまさか、あなたの顔を見ていました、なんて言えるはずがなく。
私はほかの言葉を探した。
そして、彼に先程問いかけた言葉を、手繰り寄せる。
「……先程の、質問の解を考えていました。あなたが夜半時に私の部屋を尋ね、私の部屋で一夜を明かさなければならないような、事情──」
口してから、考えを巡らせる。
彼とは手を繋いでない方の手を顎に当て、思案する。
「……部屋が、使えなくなってしまったのですか?」
なにかトラブルが起きて、そうなってしまったのだろうか。
遠く外れていないだろうという予想をもって尋ねると、彼は薄く苦笑した。
「うーん……。そうですね。おおむね正解です」
「どうしてそのようなことに?」
ちょうど、二階への階段に差し掛かる。
彼が手を引いて、足元を照らしてエスコートしてくれるので、転倒する恐れはなかった。
窓の外は先程と変わらず雷鳴が響き、外は一面真っ暗だが、あまり恐ろしいとは思わなかった。
時折、響く雷鳴の音にはびっくりするが。
彼に手を引かれながら階段を降りる。
ヴェリュアンは、少し思い悩むような間を開けてから、答える。
「……明日には報されると思いますので、お伝えしますが。ザックス・リベルアの娘が俺の部屋に来まして」
「あなたの部屋に?どうして?…………。……え、ええっ!?」
素直に尋ねてから、深夜に女性が男性の部屋を訪れる理由などひとつしかないことに気がつく。
思わず、大きな声を出してしまい、ヴェリュアンが私と繋いだ手を持ち上げて、私の口元に人差し指を押し当てた。
「しーっ。先程の騒動でザックスはまだ起きているでしょう。また騒ぎが起きていると思われて、駆けつけられたら面倒なことになります」
「ご、ごめんなさい。待って、あの。デボラがあなたの部屋を訪れた……ということよね?えっと、それは事前の約束とか──」
「あなたは俺を何だと思ってるのですか。彼女と会ったのは今日が初めてです。今日会った女といきなり、婚約者もいる家の中で関係を持つような男に、俺は見えますか」
「ご、ごめんなさい……」
混乱して、言葉がまとまらない。
だけど、彼に言った言葉が彼への失礼に当たるということにようやく気づいて、私は謝罪した。
私が謝ると、ヴェリュアンはちいさくため息を吐いた。
「構いません。そう思われても仕方ない。俺たちは関係が希薄ですから」
「そんなことは……ないと思うのだけど。その、私はあなたとそういう……正しい婚約者の関係ではないから。万が一があってもおかしくないのでは、と考えてしまって……。だけどそれは、あなたを侮辱する発言だったわ」
そうだ。
彼には【想い人】もいるというのに。
彼が、その女性以外見向きもしないことを、私は知っていたはずなのに。
どうしてか、デボラなら有り得る、と思ってしまった。
彼女は同性の私から見ても美しいし、可憐で華がある。女性の色香のようなものを感じる。
私より年下なのに。
情けないやら、申し訳ないやらでため息を吐く。
いつの間にか、二階を下り、一階の踊り場に着いていた。
丁寧に彼にエスコートしてもらい、足を下ろした。
「俺は、女性なら誰でもいいという考えではありません。確かに綺麗な女性は綺麗だと思いますし、魅力的な女性を見れば魅力的だ、と思う感性はあります。だけどそれは直接、性的欲求には繋がらないのです」
「……はい」
「というより、俺は見た目や肩書きで態度を変える人間が嫌いです。恐らく、平民だった頃、横暴な権力者をさんざん見たせいでしょう。俺が聖竜騎士になった途端、手のひらを返してきて……。うんざりなんです。そういうのは」
「そうだったのね……」
思えば、彼の話を聞くのはこれが初めてだ。
互いに詮索は不要、としていたから、こうして彼の考えや、今までの話を聞くことはなかった。
意外な思いで彼の話を聞く。
そしてふと──気が付いた。
(……【俺】?)
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