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22.【彼女】でなかったとしても? 【ヴェリュアン】
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「な──。いや、それよりも、むりやり?」
ここで問答している場合ではない。
それは理解していたが、どうもその部分が気にかかってデボラに尋ねてしまう。
デボラは、シーツに顔を押し付けて苛立った声を出した。
「お嬢様の強い希望って聞いたわよ。ほんと、信じられない。あなたって性欲がないの?それともやっぱり不能──」
「……」
ヴェリュアンはため息を吐いた。
そして、枕元に立てかけておいた剣を手に取り帯剣すると、煩わしげに頭をかいた。
結われていない緋色の髪が、宵闇に揺れる。
「あのな、あんたが何を思ってここに来たのかは知らないが、あんたのその行動がザックスの立場を悪くするってことは考えなかったのか」
「──」
デボラが息を呑む。
おそらく彼女は、自身が拒まれる可能性などちっとも考えてなかったのだろう。
ヴェリュアンはちらりとデボラを見ると、彼女が吐き出した手巾を再度彼女の口に詰めた。
そして、その胸元を引き上げるようにして顔を近づけ、真っ直ぐに彼女を見つめる。
その、あまりの力強い瞳に、デボラは息を呑んだ。
暗闇の中でも美しい色彩の瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめている。
だけど──甘い雰囲気は一切ない。
それどころか、ヴェリュアンは厳しい顔をして、睨みつけるようにデボラを見ていた。
「それと、俺はむりやり結婚させられるんじゃない。この婚約は、俺も、彼女も納得して、合意の末に結ばれたものだ。あんたが下世話な勘ぐりをして、ひとりで考える分にはいいが、彼女を侮辱する発言は許さない。俺には、あんたみたいにひとの悪口ばかり言って、あらぬ噂を信じて、ひとの婚約者を寝取ろうとする女より、シドローネの方が──彼女の方がよっぽど、好ましい。もしあんたに好きな男がいるなら、その性格は改めるんだな」
「そっ……そこまで言わなくてもいいじゃない!何よ、結局権力が欲しいだけでしょう!でなきゃ、公爵家のお嬢様なんかとふつう結婚しようなんて思わないわよね!」
「あんたが俺に何を言わせたいのか分からないが、俺はシャロン公爵家の一人娘だから、彼女と結婚するんじゃない。彼女だから結婚しようと思った。それだけの話だ」
ヴェリュアンがはっきり言うと、しかしデボラはそれも鼻で笑ってみせた。
「はっ。お嬢様に本気で恋してるとでも言うの!?どうせ肩書き目当てのくせに!あーあ、こんなことなら成り上がりの平民じゃなくて、根っからのお貴族さまを狙えばよかったわ!」
デボラは取り繕うことをやめたのか、吐き捨てるように言った。
本性を表した彼女に、ヴェリュアンが眉を寄せる。
「あんた、そんな性格だったのか」
「だったら何?あなたも、お嬢様の前では気取っちゃってばっかみたい!その乱暴な仕草も話し方も、お嬢様にぜーんぶチクッ、んんん!」
これ以上聞いていられなかったので、ヴェリュアンはまた手巾をデボラの口に詰めた。
これ以上彼女と話す必要も無いと判断したからだ。
そして、今度こそ彼は踵を返した。
むーむーと背後ではデボラが呻いているが、それには構わず部屋を出る。
部屋の外は、依然として暗い。
時々、廊下の窓から雷の光が差し込むだけで、燭台の明かりは消されている。
火事対策だろう。
ヴェリュアンは、廊下に出て──壁に背を預けた。
ごうごうと、窓の外では風が唸りを上げている。
叩きつけるような雨音に、裂けるような落雷の音が響く。
土砂降りの雨は、未だ止みそうにない。
彼は壁に背を預けたまま、ずる、とずり下がった。
長い前髪が、彼の群青の瞳を隠す。
思い出すのは──デボラの言葉。
『お嬢様に本気で恋してるとでも言うの!?』
「…………」
ぐっ、と強く拳を握る。
そんなはずはない。
彼が好きなのは、アリアドネひとりであって、シドローネではない。
だけどもし、アリアドネがシドローネなら?
彼はアリアドネを好きなのか。
アリアドネがシドローネだったら、シドローネを好きになるのか。
いや、そもそも──。
もし、今。
シドローネではなく、別の女性がアリアドネであると知ったなら。
『私がアリアドネよ。会いたかった、ヴェリュアン』
と、彼女が。
あの日の笑顔のままに彼に笑いかけたなら。
自分はどうするだろう。
以前の自分ならすぐに彼女に会いに行き、会いたかった、と抱きしめていた。
でも、今は?
今は──。
ぎゅ、と胸をかき抱く。
依然として、窓の外は雨が降りしきり、雷の音が鳴り響いていた。
地にあるもの全てを覆い隠し、洗い流してしまいそうな大雨は、彼の本心すら見えなくしてしまうかのようだった。
ここで問答している場合ではない。
それは理解していたが、どうもその部分が気にかかってデボラに尋ねてしまう。
デボラは、シーツに顔を押し付けて苛立った声を出した。
「お嬢様の強い希望って聞いたわよ。ほんと、信じられない。あなたって性欲がないの?それともやっぱり不能──」
「……」
ヴェリュアンはため息を吐いた。
そして、枕元に立てかけておいた剣を手に取り帯剣すると、煩わしげに頭をかいた。
結われていない緋色の髪が、宵闇に揺れる。
「あのな、あんたが何を思ってここに来たのかは知らないが、あんたのその行動がザックスの立場を悪くするってことは考えなかったのか」
「──」
デボラが息を呑む。
おそらく彼女は、自身が拒まれる可能性などちっとも考えてなかったのだろう。
ヴェリュアンはちらりとデボラを見ると、彼女が吐き出した手巾を再度彼女の口に詰めた。
そして、その胸元を引き上げるようにして顔を近づけ、真っ直ぐに彼女を見つめる。
その、あまりの力強い瞳に、デボラは息を呑んだ。
暗闇の中でも美しい色彩の瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめている。
だけど──甘い雰囲気は一切ない。
それどころか、ヴェリュアンは厳しい顔をして、睨みつけるようにデボラを見ていた。
「それと、俺はむりやり結婚させられるんじゃない。この婚約は、俺も、彼女も納得して、合意の末に結ばれたものだ。あんたが下世話な勘ぐりをして、ひとりで考える分にはいいが、彼女を侮辱する発言は許さない。俺には、あんたみたいにひとの悪口ばかり言って、あらぬ噂を信じて、ひとの婚約者を寝取ろうとする女より、シドローネの方が──彼女の方がよっぽど、好ましい。もしあんたに好きな男がいるなら、その性格は改めるんだな」
「そっ……そこまで言わなくてもいいじゃない!何よ、結局権力が欲しいだけでしょう!でなきゃ、公爵家のお嬢様なんかとふつう結婚しようなんて思わないわよね!」
「あんたが俺に何を言わせたいのか分からないが、俺はシャロン公爵家の一人娘だから、彼女と結婚するんじゃない。彼女だから結婚しようと思った。それだけの話だ」
ヴェリュアンがはっきり言うと、しかしデボラはそれも鼻で笑ってみせた。
「はっ。お嬢様に本気で恋してるとでも言うの!?どうせ肩書き目当てのくせに!あーあ、こんなことなら成り上がりの平民じゃなくて、根っからのお貴族さまを狙えばよかったわ!」
デボラは取り繕うことをやめたのか、吐き捨てるように言った。
本性を表した彼女に、ヴェリュアンが眉を寄せる。
「あんた、そんな性格だったのか」
「だったら何?あなたも、お嬢様の前では気取っちゃってばっかみたい!その乱暴な仕草も話し方も、お嬢様にぜーんぶチクッ、んんん!」
これ以上聞いていられなかったので、ヴェリュアンはまた手巾をデボラの口に詰めた。
これ以上彼女と話す必要も無いと判断したからだ。
そして、今度こそ彼は踵を返した。
むーむーと背後ではデボラが呻いているが、それには構わず部屋を出る。
部屋の外は、依然として暗い。
時々、廊下の窓から雷の光が差し込むだけで、燭台の明かりは消されている。
火事対策だろう。
ヴェリュアンは、廊下に出て──壁に背を預けた。
ごうごうと、窓の外では風が唸りを上げている。
叩きつけるような雨音に、裂けるような落雷の音が響く。
土砂降りの雨は、未だ止みそうにない。
彼は壁に背を預けたまま、ずる、とずり下がった。
長い前髪が、彼の群青の瞳を隠す。
思い出すのは──デボラの言葉。
『お嬢様に本気で恋してるとでも言うの!?』
「…………」
ぐっ、と強く拳を握る。
そんなはずはない。
彼が好きなのは、アリアドネひとりであって、シドローネではない。
だけどもし、アリアドネがシドローネなら?
彼はアリアドネを好きなのか。
アリアドネがシドローネだったら、シドローネを好きになるのか。
いや、そもそも──。
もし、今。
シドローネではなく、別の女性がアリアドネであると知ったなら。
『私がアリアドネよ。会いたかった、ヴェリュアン』
と、彼女が。
あの日の笑顔のままに彼に笑いかけたなら。
自分はどうするだろう。
以前の自分ならすぐに彼女に会いに行き、会いたかった、と抱きしめていた。
でも、今は?
今は──。
ぎゅ、と胸をかき抱く。
依然として、窓の外は雨が降りしきり、雷の音が鳴り響いていた。
地にあるもの全てを覆い隠し、洗い流してしまいそうな大雨は、彼の本心すら見えなくしてしまうかのようだった。
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