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21.不能? 【ヴェリュアン】

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ヴェリュアンは絶句した。
そこにいたのは、シドローネでもなければ、もちろんザックスでもない。

──デボラだったからだ。

唖然とする彼に気付いた彼女が、気恥しそうに微笑んだ。
よく見ると、彼女の口元には黒子があることに、今ヴェリュアンは気が付いた。
彼女は、丈の長いローブをしっかり羽織っていたが、胸元を抑えていた。
恥ずかしそうにまつ毛を伏せ、言う。

「夜遅くに、ごめんなさい」

「……何か?話なら、外で聞きます。部屋を出ましょう」

ようやく、何秒か経過してからヴェリュアンは状況を把握した。
なぜかは分からないが、部屋にデボラがいる。
であれば、婚約者のいるヴェリュアンが取る行動はひとつだ。
寝着のままではあるが、椅子の背にかけたローブを羽織れば、部屋の外に出ても問題ないだろう。
そう思い、体を起こそうとしたところで──。

「っ!?」

突然のことだった。
飛ぶように、デボラがベッドの上に登ってくる。
咄嗟にヴェリュアンが受け止めると、彼女は彼の背中に手を回した。

「ちょっと!?」

「あまり大声を出さないで。ひとが来てしまいます」

「何を考えているんだ……!私には婚約者がいると、あなたも知っているはずだ!」

「シドローネお嬢様でしょう?もちろん知っております。ですが、ヴェリュアン様。私たちが黙っていれば──お嬢様に知られることも、ありません」

デボラが、体を密着させるようにして抱きついてくる。体をくねらせ、ぴたりと寄り添われているせいで、体の凹凸や、女体の柔らかさが如実に伝わってくる。

女性経験のないヴェリュアンは文字通りお手上げだった。
彼は両手を上げていた。何もしていないことを誰にともなくアピールしているが、それがよりデボラに好きにさせていることに気付かない。

彼は押し殺した声でデボラに言った。

「今すぐ退いてくれ」

「どうしてですか?……お嬢様に、義理立てを?」

「そうじゃない!だいたい、ひとに知られればきみもただでは済まない。それを分かってやっているのか……!?」

「もちろん。ねえ、ヴェリュアン様。私はずっと待っていたの。この片田舎で、私を迎えに来てくれる王子様をずっと」

ぴったりとくっつくデボラは、一切離れる様子を見せない。
ヴェリュアンは低く呻いた。

ここまで危機的状況なのは、今までの人生でも初めてだった。
そもそも、鍵のかかった部屋に忍ばれるなど、考えるはずがない。
それも、シャロン公爵家に仕える家の娘が押しかけてくるなど。

人生最大の危機であることをヴェリュアンは自覚しながら、どうしたらこの娘を退かせるか、それだけを考えていた。

今、誰かが部屋に入ってきたらかなりまずい。

デボラとヴェリュアンは互いに服を着ているが、深夜にヴェリュアンの部屋でふたり、抱き合っていたとなると、誤解を招くのは当然だ。
そしてそれは、シドローネを裏切ることにもなるし、シャロン公爵もヴェリュアンを許さないだろう。

『あなたを信じている、ということですよ』

馬車の中で言った、シドローネのことを思い出す。
例え、互いに恋情がなくとも、信頼し合える夫婦になろうと、そう話したばかりではないか。
それなのに婚約中の身でありながらほかの女性と──彼女ですらない・・・・・・・女性と、疑わしい状況に陥るなど。
シドローネの信用を裏切る行為だ。
ヴェリュアンは小さく息を吐いてから、一気にデボラの肩に手をかけた。

「きゃ、ッ……!?」

ヴェリュアンは、一息にデボラをうつ伏せに押し倒した。
一切躊躇しなかったために、手加減できず、痛かったのかもしれない。
デボラは苦痛に目を瞑った。
その間にヴェリュアンは、サイドテーブルの上から手巾を掴み寄せ、彼女の口に押し込んだ。

「んんっ……!?んんん!?」

「最初にシドローネを裏切ったのは、あんただ。少し乱暴になるが、悪く思うなよ」

ヴェリュアンはぶっきらぼうに言うと、ベッドからシーツを引き剥がし、それでデボラの手足を縛り始めた。
突然手足を縛られたことに恐怖したデボラが、口に手巾を突っ込まれながらも呻いた。

「今から、ザックスを呼ぶ。いいか、言っておくが──俺は、シドローネに義理立てしているわけじゃない。単純な話だ。俺は、お前には欲情しない。お前じゃ相手にならないんだよ。それが分かったら、二度とこんなことするな。俺はあんたに幻滅した。歳も近いから、もっと、彼女と親しいのだと思っていたが──」

そこまでヴェリュアンが言った時、デボラの口から手巾が吐き捨てられた。
彼女は手足を拘束されて、芋虫のようにのたうち回りながら長い黒髪を乱した。

「親しいですって!?そんなわけないじゃない。初対面よ、初対面!」

「……初対面?だが、ベラードは面識があるようだったが」

「それは兄だけよ!なに、あなた知らないの?お嬢様がリラントに来てたのは、十年前まで。私は当時、六歳だったから年齢を理由にお嬢様の前に出されなかったの!だから、知らないわよ!」

デボラの言葉に、ヴェリュアンは瞳を細めた。
やはり、シドローネが十年前、リラントを訪れていたのは事実なようだ。

「……そうか。どちらにせよ俺には関係ない。相手が悪かったな。今ザックスを呼んで──」

「何よ!嫁ぎ遅れの年増にむりやり結婚させられる、って聞いて、少しでも慰めになってあればと思って来てあげたのに!」

「は?」

ベッドから降りようとしていたヴェリュアンは、デボラの言葉に怪訝に振り返った。
デボラは完全に開き直ったのか、うつ伏せの体勢のまま、身を捩ってヴェリュアンを睨みつける。
うすらと、その瞳には涙の膜が張っているがそれは彼の知るところではない。
ヴェリュアンの驚いた様子に、デボラが鼻で笑う。

「知ってるのよ。お嬢様にむりやり結婚を迫られたんですって?可哀想なヴェリュアン様!聖竜騎士と言ったって、結局権力には敵わなかったのね。そんな哀れなあなたを、若くて綺麗な私が慰めてあげようと思ったのに。ほんと、信じられない。あなた、不能?」
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