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14.謎が多いひと
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「……申し訳ありません。ご令嬢に言うことではなかったですね。ネトルは、商人から買い取ればいいだけの話ですし、お母君ももっと良いものを口にされているでしょう。野山の草を勧めるなど、とんでもないことをしました」
「……ヴェリュアン」
驚いて彼の名を呼ぶと、彼が苦笑する。
「やはり、私はだめですね。聖竜騎士爵をいただいて貴族になったといっても、やはり生まれ育ちは変えられないものです。卑しい平民であることに変わりはない。……陛下直々にいただいた身分ではありますが、私には過ぎたものです。あなたにも、できる限り迷惑はかけないよう努力するつもりですが──」
「ヴィネハス卿」
今度は、彼を名ではなく役職で呼ぶ。
彼が私の言葉に顔を上げ、こちらを見る。
月明かりの元、視線がぱちりと交わる。
私は彼の瞳をじっと見つめながら、言葉を続けた。
「私たちは、夫婦になるのです。私は思うのですが、夫婦に必要なのはきっと、愛ではなく信頼──言い換えると、絆だと思うのです」
「…………」
「男女の友情は成立しない、だなんてよく言いますけれど……それは真実でしょうか。私は、双方にその気がなければ、それも有り得るかと思います。そして、私たちは互いに【その気】がない。であれば、男女間の友情も成り立つのでは?つまり、ですね。私が言いたいのは──もっと私に頼っていただいて、構いません。元々この結婚は私からお願いしたものですし、私の都合で、あなたに負担をかけてしまっています」
「それは」
「ですから、ヴィネハス卿。……ヴェリュアン。もっと私を、信頼してくれませんか?少なくとも、同じ場所にいることを、許していただけるくらいには」
「…………私は、あなたをそこまで警戒しているつもりは、ありません。まだあなたと出会ってわずか半年ですが、それでもあなたの人柄を私なりに理解しているつもりです。私は、あなたを好意的に見ています」
そういった彼の瞳があまりに真っ直ぐだったから、私は思わず笑みを零してしまった。
「ありがとうございます。私も、あなたのことは──そうですね。好意的に。良いひとだと思っています」
「良いひと、ですか」
どこか苦々しく、あるいは気まずそうに。
戸惑いを見せる彼に、私は口元を手で押えてくすくす笑った。
「ヴィネハス卿……ヴェリュアン。あなたのように人のいい方は、この社交界で生き抜くのは大変でしょう。これは、ロザリアンに限った話ではないかと思いますが、社交界に住まう人間というのは誰しもが狡猾で、みな、腹に一物抱えています。貴族間での駆け引き、言葉遊びなどは日常茶飯事ですし……」
私の言葉の終着点がどこに辿り着くか分からないのだろう。
彼はますます不思議そうな、納得のいかなそうな様子を見せた。
だから私は、顔を上げて彼を見た。
夜風に誘われて、彼の緋色の髪がたなびいた。
風が冷たくなってきた。
そろそろ、ホールに戻った方がいい。
「言ったはずです。あなたも、私を利用すればいい、と。あなたが社交界での駆け引きや言葉遊び、マナーやしきたりといったものを不得手に思うのなら、その代わりに私が。私が、代わりにそれを行います」
「ですが、それでは」
「そのための結婚です。夫婦は、助け合うものだと聞きました。……私たちは、いわば共犯者みたいなものなのですから。他者を騙し、関係性を偽る。ね?ですから、もっと私を信じて」
さらに言い募ると、彼はそれでも何か言いたげにしていたが、やがて細く息を吐いた。
「……分かりました。ですが、全てあなたに任せるというのも、申し訳ない。私にできる範囲で──いや、私も、聖竜騎士爵を叙爵された身として、貴族社会について学ほうと思います」
「……宜しいのに」
「これは私の希望です。何もかもあなたに任せるというのは、いささか座りが悪い」
なるほど。男性のプライドというものだろうか。
内心頷きながら、私は納得した。
「そろそろ戻りましょう。風が冷たくなってきました」
彼が夜空を仰ぎ、私に言う。
私も彼の意見に賛成だったので頷いて答えた。
「……ネトルのこと、教えていただいてありがとうございました。私はリラント地方に行ったことがないので、あなたに教えていただかなければ知らず終いでした」
「……良かったです。差し出がましいことをしたかと思いました」
「まさか」
くすくす笑いながら、ホールへと戻る。
月明かりのみに照らされていたテラスとは違い、ホールは光に溢れている。
その眩さにほんの僅かに目を細める。
ホールに足を踏み入れるとちょうど、前の演奏曲が終わりを告げた。
どちらともなく、ヴェリュアンと顔を見合わせた。
「……踊りますか?」
「そうですね。……喜んで」
差し出された手にそっと、自身の手を添える。
そのまま私たちは、ほかの招待客に混ざって、ダンスを踊った。
ステップを踏む度に、彼の緋色の髪が揺れる。
以前も思ったがやはり、彼はダンスが上手い。
昨日今日で身についたものでは無いように思う。
(……互いに詮索はしない、という約定だけれど。色々と謎が多いひとだわ)
その中でも気になることはやはり。
彼が愛しているという女性について。
詮索はしない、という約束だが、やはり気になるものは気になってしまう。
ひとは常に、隠されれば隠されるものほどそれを暴こうと躍起になるものだ──とは、一体誰の言葉だっただろうか。
くるりとターンをして、僅かに重心がぶれる。
しかしヴェリュアンは、まるでそうなることが分かっていたかのように私の腰をホールし、フォローした。
「ありがとう。ダンスがお上手ですね」
「昔、ひとから教わったことがありまして」
「そうだったの」
それはどなた?など、聞ける間柄ではない。
私は頷きだけ返して、ダンスのステップへと戻った。
彼の想い人。
恋い慕う相手は、恐らく、結ばれることが難しい相手なのだろう。
聖竜騎士爵を叙爵された以上、彼の結婚相手は貴族の中でも権力に近い家柄でなければならない。
【聖竜騎士】──ひいては、聖竜そのものが、ロザリアンの象徴だからだ。
だからこそ、聖竜騎士は有力貴族と結ばれなければならない。
例えば、相手が貴族でない──平民であれば、結婚は非常に難しいだろう。
いや、でも。
『あるひとを探すために必死になっていたら、いつの間にか爵位を得ていただけの話』
彼の言葉を思い出す。
もし、相手が貴族であるのなら──。
平民の彼が探すのは困難だっただろう。
(ということは、相手は貴族?)
それも、聖竜騎士になったら結ばれないような?
貴族といっても、貴族議会に参席できない下級貴族では、彼との結婚はなかなか難しいだろう。
だけど、絶望的というわけでもない。
やりようによっては、結婚に持っていくことだって……。
(……うーん。だめね)
ヴェリュアン、というひとと接すれば接するほど、様々なことが気になってしまう。
だけどそれは尋ねない、という約束をしたし。
私は彼にまつわる疑問を全て忘れるようにまつ毛を伏せた。
「……ヴェリュアン」
驚いて彼の名を呼ぶと、彼が苦笑する。
「やはり、私はだめですね。聖竜騎士爵をいただいて貴族になったといっても、やはり生まれ育ちは変えられないものです。卑しい平民であることに変わりはない。……陛下直々にいただいた身分ではありますが、私には過ぎたものです。あなたにも、できる限り迷惑はかけないよう努力するつもりですが──」
「ヴィネハス卿」
今度は、彼を名ではなく役職で呼ぶ。
彼が私の言葉に顔を上げ、こちらを見る。
月明かりの元、視線がぱちりと交わる。
私は彼の瞳をじっと見つめながら、言葉を続けた。
「私たちは、夫婦になるのです。私は思うのですが、夫婦に必要なのはきっと、愛ではなく信頼──言い換えると、絆だと思うのです」
「…………」
「男女の友情は成立しない、だなんてよく言いますけれど……それは真実でしょうか。私は、双方にその気がなければ、それも有り得るかと思います。そして、私たちは互いに【その気】がない。であれば、男女間の友情も成り立つのでは?つまり、ですね。私が言いたいのは──もっと私に頼っていただいて、構いません。元々この結婚は私からお願いしたものですし、私の都合で、あなたに負担をかけてしまっています」
「それは」
「ですから、ヴィネハス卿。……ヴェリュアン。もっと私を、信頼してくれませんか?少なくとも、同じ場所にいることを、許していただけるくらいには」
「…………私は、あなたをそこまで警戒しているつもりは、ありません。まだあなたと出会ってわずか半年ですが、それでもあなたの人柄を私なりに理解しているつもりです。私は、あなたを好意的に見ています」
そういった彼の瞳があまりに真っ直ぐだったから、私は思わず笑みを零してしまった。
「ありがとうございます。私も、あなたのことは──そうですね。好意的に。良いひとだと思っています」
「良いひと、ですか」
どこか苦々しく、あるいは気まずそうに。
戸惑いを見せる彼に、私は口元を手で押えてくすくす笑った。
「ヴィネハス卿……ヴェリュアン。あなたのように人のいい方は、この社交界で生き抜くのは大変でしょう。これは、ロザリアンに限った話ではないかと思いますが、社交界に住まう人間というのは誰しもが狡猾で、みな、腹に一物抱えています。貴族間での駆け引き、言葉遊びなどは日常茶飯事ですし……」
私の言葉の終着点がどこに辿り着くか分からないのだろう。
彼はますます不思議そうな、納得のいかなそうな様子を見せた。
だから私は、顔を上げて彼を見た。
夜風に誘われて、彼の緋色の髪がたなびいた。
風が冷たくなってきた。
そろそろ、ホールに戻った方がいい。
「言ったはずです。あなたも、私を利用すればいい、と。あなたが社交界での駆け引きや言葉遊び、マナーやしきたりといったものを不得手に思うのなら、その代わりに私が。私が、代わりにそれを行います」
「ですが、それでは」
「そのための結婚です。夫婦は、助け合うものだと聞きました。……私たちは、いわば共犯者みたいなものなのですから。他者を騙し、関係性を偽る。ね?ですから、もっと私を信じて」
さらに言い募ると、彼はそれでも何か言いたげにしていたが、やがて細く息を吐いた。
「……分かりました。ですが、全てあなたに任せるというのも、申し訳ない。私にできる範囲で──いや、私も、聖竜騎士爵を叙爵された身として、貴族社会について学ほうと思います」
「……宜しいのに」
「これは私の希望です。何もかもあなたに任せるというのは、いささか座りが悪い」
なるほど。男性のプライドというものだろうか。
内心頷きながら、私は納得した。
「そろそろ戻りましょう。風が冷たくなってきました」
彼が夜空を仰ぎ、私に言う。
私も彼の意見に賛成だったので頷いて答えた。
「……ネトルのこと、教えていただいてありがとうございました。私はリラント地方に行ったことがないので、あなたに教えていただかなければ知らず終いでした」
「……良かったです。差し出がましいことをしたかと思いました」
「まさか」
くすくす笑いながら、ホールへと戻る。
月明かりのみに照らされていたテラスとは違い、ホールは光に溢れている。
その眩さにほんの僅かに目を細める。
ホールに足を踏み入れるとちょうど、前の演奏曲が終わりを告げた。
どちらともなく、ヴェリュアンと顔を見合わせた。
「……踊りますか?」
「そうですね。……喜んで」
差し出された手にそっと、自身の手を添える。
そのまま私たちは、ほかの招待客に混ざって、ダンスを踊った。
ステップを踏む度に、彼の緋色の髪が揺れる。
以前も思ったがやはり、彼はダンスが上手い。
昨日今日で身についたものでは無いように思う。
(……互いに詮索はしない、という約定だけれど。色々と謎が多いひとだわ)
その中でも気になることはやはり。
彼が愛しているという女性について。
詮索はしない、という約束だが、やはり気になるものは気になってしまう。
ひとは常に、隠されれば隠されるものほどそれを暴こうと躍起になるものだ──とは、一体誰の言葉だっただろうか。
くるりとターンをして、僅かに重心がぶれる。
しかしヴェリュアンは、まるでそうなることが分かっていたかのように私の腰をホールし、フォローした。
「ありがとう。ダンスがお上手ですね」
「昔、ひとから教わったことがありまして」
「そうだったの」
それはどなた?など、聞ける間柄ではない。
私は頷きだけ返して、ダンスのステップへと戻った。
彼の想い人。
恋い慕う相手は、恐らく、結ばれることが難しい相手なのだろう。
聖竜騎士爵を叙爵された以上、彼の結婚相手は貴族の中でも権力に近い家柄でなければならない。
【聖竜騎士】──ひいては、聖竜そのものが、ロザリアンの象徴だからだ。
だからこそ、聖竜騎士は有力貴族と結ばれなければならない。
例えば、相手が貴族でない──平民であれば、結婚は非常に難しいだろう。
いや、でも。
『あるひとを探すために必死になっていたら、いつの間にか爵位を得ていただけの話』
彼の言葉を思い出す。
もし、相手が貴族であるのなら──。
平民の彼が探すのは困難だっただろう。
(ということは、相手は貴族?)
それも、聖竜騎士になったら結ばれないような?
貴族といっても、貴族議会に参席できない下級貴族では、彼との結婚はなかなか難しいだろう。
だけど、絶望的というわけでもない。
やりようによっては、結婚に持っていくことだって……。
(……うーん。だめね)
ヴェリュアン、というひとと接すれば接するほど、様々なことが気になってしまう。
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