上 下
6 / 66

6.白いから、ブラン

しおりを挟む


事務室を右に曲がり、突き当たりを左に。
そうすると、いちばん手前の部屋に【第三竜舎】のプレートが下げられている扉があった。
【第三竜舎】と書かれた文字の下には【聖竜騎士・ヴェリュアン・ヴィネハス】の記載もある。

私はすぅっと深く息を吐き、心を落ち着かせる。
今から、ロザリアンの生きる神秘と呼ばれる聖竜に会うことが出来る。
普段、一般人が聖竜に会うことはほとんど無く、年に一度行われるパレードで、空を舞う聖竜を遠目に見ることが出来るだけだ。
それを、こんな間近で見てもいいだなんて。
興味と、ほんの少しの好奇心が抑えられない。

ロザリアンの奇跡、生きる神秘こと聖竜は一体どういう存在なのだろう。
聖竜と、乗り手である聖竜騎士は意思を交わすことが可能だと聞いているけど、それは事実なのだろうか。
聖竜は、ひとの言葉を理解できるのだろうか。
考え始めたらキリがなくて、気がつけば私は扉の前で長いこと考え込んでいたようだった。

不意に、扉が開く。

「あ」

「……あら」

扉はゆっくり開いたので、頭をぶつけるようなことにはならなかったが、扉を開けた本人。

──つまり、ヴェリュアンとばっちり目が合ってしまった。

扉の前で長いこと考え込み、さらには中のひとが出てきてしまうとは。
なんとも決まりが悪いが、挨拶はしなければならない。
私は取り繕うように余所行きの笑みを浮かべた。

「……ごきげんよう?」

「……ご無沙汰してます」

仕事中は、長い緋色の髪をひとつに括っているようだ。
緋色の髪を、青のリボンが鮮やかに彩る。
彼は髪を背中に流しながら、突然現れた私に戸惑ったように瞬きを繰り返した。

「王太子殿下から、あなたがここにいると聞いたのです」

「ああ、なるほど……」

彼に伝えると、ヴェリュアンは納得した様子を見せた。
そして、背後を振り返り、なにか思案するように瞳を細めた。

「来ていただいて申し訳ないのですが、場所を移してもいいでしょうか」

「それは……構いませんけれど」

嘘だ。
本当は彼の言葉にがっかりしていた。
聖竜に会うことの出来る唯一の機会だ。
ここまで来て会えないなど、残念にもほどがある。
しかし、ここで粘っても仕方が無いだろう。
形ばかりの婚約者の身で、そんな図々しいことはできない。
既に彼には、有り得ない提案をしてだいぶ──かなり引かれているのだから。
私は仕方なく、諦めることにした。

内心ため息を吐いた、その時。

「ヴォオオ……」

熊にも似た、低い獣の声が聞こえてきた。
その正体と言えば、ひとつしかない。
思わず顔を上げて、食い入るように見ると、ヴェリュアンも同時に背後を振り返った。

「え?だけど──……うわっ、ミス・シドローネ?」

なにか言いたげに彼が振り返る。
だけど、思ったより距離を詰めてしまっていたようで、かなり顔が近くなってしまっていた。
彼の驚いた顔が思った以上に近くて、私も驚きに息を飲む。

いつもある程度の距離を保ってでしか見たことがなかったが、彼の瞳は、近くで見るとさらに透明度が高いような気がした。
それが夜に瞬く光のように見えて、私は自身の抱いた感想にまた、驚いた。

「ご、ごめんなさい。……どうしても、聖竜が見たくて……」

聖竜見たさとはいえ、はしたないことをした。
私はすぐに後ろに下がった。
言い訳のように言葉を重ねるも、どうにも気まずい。
まともに彼と視線を合わせていられなくて顔を俯かせる。
驚きから冷めたのか、彼は戸惑った様子を見せながらも言葉を続けた。

「いや、こちらこそ申し訳ない。……えーと、聖竜、でしたね。……いつもなら、女性と会うことをとても嫌がるのですが、珍しく彼女自身があなたに会いたいと言っています。ミス・シドローネさえ良ければ、ブランに会いませんか?」

「……ブラン?」

私に会いたい、という言葉よりもその名前に気になった。
顔を上げると、ヴェリュアンは少し気まずそうに頬をかいてみせた。

「……いえ、その。自身の聖竜には、名をつけられるものですから」

「ブラン、というのはもしかして【白】という意味から──」

聖竜に名をつけられることも初めて知ったが、白竜にブラン、というのはつまり、白だから、という?
あまりにも安直な名付けに、まさか、と思いながら尋ねると、彼はかなり気恥しいのだろう。
男性にしては白い肌を仄かに赤く染めながら、言いにくそうにしながらも答えた。

「……そうです。安直すぎる、とよく言われます」

実際、私もそう思ったので彼の言葉を否定できなかった。

(白竜だから、ブラン……。白だから……)

猫や犬ならまだしも、聖竜にブランと名付けたひとは今まで存在するのだろうか?

「聖竜に、ブラン。聖竜に……」

「あまり繰り返さないでください。自分でも、ネーミングセンスの無さに絶望したのですから」

「こめんなさい。でも、白いからブランって……。ふふ、ふふふ、ふふふふ!」

聖竜は、ロザリアンの生きる神秘。
国民の憧れと尊敬、畏怖や敬愛といった感情を一身に向けられる、神に等しい生き物である。

それなのに、名前は【ブラン】。
白いから。

栄えある聖竜の名がブランだというのは、あまりにも面白おかしくて、彼に申し訳ないと思いながらも笑いをこらえることが出来なかつた。

あまりにも私がくすくす笑うからだろうか。
彼は私を咎めるようなことはしなかったが、苦々しい顔をした。

「でも、良いのではありませんか?ブラン。とても可愛らしいと思います」

「あんなに笑っておいて、説得力があるとでも?」

「ごめんなさい。いえ、決してばかにしたわけではないのよ。だって、とても面白いんですもの。私は──聖竜という生き物は、とても神秘的で、恐れ多くも敬愛対象として見てきました。でも、あなたから見た聖竜は、きっとまた異なるのでしょうね」

「……敬愛する気持ちは持っていますよ。でも、親愛と言った方が強いかもしれない。どちらにせよ、まずは部屋に入ってください。……ブランも、あなたを待っていますので」

言いにくそうにしつつも開き直ったのか、彼はしっかりと自身の聖竜の名を呼んだ。
そして、扉を開いて私を部屋の中へと誘う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。

八坂
恋愛
ある国の王子であり、王国騎士団長であり、婚約者でもあるガロン・モンタギューといつものように業務的な会食をしていた。 普段は絶対口を開かないがある日意を決して話してみると 「話しかけてくるな、お前がどこで何をしてようが俺には関係無いし興味も湧かない。」 と告げられた。 もういい!婚約破棄でも何でも好きにして!と思っていると急に記憶喪失した婚約者が溺愛してきて…? 「俺が君を一生をかけて愛し、守り抜く。」 「いやいや、大丈夫ですので。」 「エリーゼの話はとても面白いな。」 「興味無いって仰ってたじゃないですか。もう私話したくないですよ。」 「エリーゼ、どうして君はそんなに美しいんだ?」 「多分ガロン様の目が悪くなったのではないですか?あそこにいるメイドの方が美しいと思いますよ?」 この物語は記憶喪失になり公爵令嬢を溺愛し始めた冷酷王子と齢18にして異世界転生した女の子のドタバタラブコメディである。 ※直接的な性描写はありませんが、匂わす描写が出てくる可能性があります。 ※誤字脱字等あります。 ※虐めや流血描写があります。 ※ご都合主義です。 ハッピーエンド予定。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件

バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。 そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。 志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。 そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。 「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」 「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」 「お…重い……」 「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」 「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」 過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。 二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。 全31話

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...