3 / 66
3.それは互いを縛る契約書
しおりを挟む
ある夜会で、また彼と会った。
今日は【魔物祓い】の祝祭だ。
大昔、聖竜騎士が魔物の大群を屠ったとされて、祝いの日と定められている。
独身で若い聖竜騎士となれば、注目の的で、話題の中心人物だ。
現に彼は、様々なひとに声をかけられ、娘たちには秋波を送られていた。
もっとも、後者の視線には疎いのか、彼は声掛けを断ると、娘たちには見向きもせずに、視線をめぐらせた。
ぱちり。
私と視線が交わると、彼は一目散に私の元にやってきた。
既に私と彼の婚約の話は、社交界で噂になっている。
周囲の令嬢が「まあ」「あら」という声を上げる。
彼はそれに気がついているのかいないのか。
何となく、後者だろうな、と感じた。
彼は私の前に立つと、すっと跪いた。
「お相手願えますか?」
ちょうどおりよく、舞踏曲は終わりを迎えていた。
すぐに次の曲が演奏され始めるだろう。
私は、彼の手を取った。
「喜んで」
彼にエスコートされ、ホールに向かうと、彼は視線を前に向けたまま、言った。
「先日のお話ですが」
「はい」
やはりきた、と思った。
今日の夜会、いつもならヴェリュアンは早々に退室するのに、珍しく長居していると思ったのだ。
長居といっても、まだ夜会が始まっていくばくかしか経っていないが。
さすが聖竜騎士爵を叙爵されただけあって、女性のエスコートは身についているようで、彼は危うげなく私の腰に手を回した。
音楽が奏でられ始めると、慣れた様子でステップを踏み始める。
スムーズな彼の動きに、少し驚いた。
「あなたは、この婚姻が仮初のものでも構わないと仰る」
「はい」
「それは、真実ですか?」
「私の胸に誓って」
「……正直に言うと信用出来ない。結婚してから、言うことが逆転する可能性もありますから」
彼も、彼なりに色々と考えたのだろう。
眉を寄せ、難しそうな顔をするその表情を眺める。
「……では、契約書を作りましょうか」
「契約書?」
ヴェリュアンが、驚いた様子を見せた。
私は頷いて答える。
他のひとには聞かれないように声を潜めて、言葉を続ける。
「署名と血印を押し、いざとなったら──契約を反故にした場合、大きな一助となる契約書です。内容は後ほど詰めるとして、これは大きな抑制力、信用に繋がるのではないかしら」
「……血印とは、ずいぶん思い切ったことを言いますね」
なにやら彼が思い悩むような──やや及び腰に、私に引いた様子を見せた。
だけど私は、彼に構わず言葉を続けた。
「あら。ヴィネハス卿は私を疑っていらっしゃるのでしょう。であれば、あなたに信用してもらう必要がある以上、手段は選んでいられませんわ。私も、あなたに協力してもらう必要がありますし」
「あなたは、私が思った以上に豪胆な方なのですね」
「……それは、お褒めの言葉として受け取らせていただきますね」
くるりとターン。
ふわりとドレスの裾を翻して、私はにこりと貼り付けた笑みを浮かべた。
『見た目からは想像もできないほど強かな女だ』
それは私の内面をよく知る父の言葉だ。
親戚も、私の性格を知ると渋い顔をする。
『薔薇は、愛でられるだけの存在だ。実際に手に取り、慈しまれるのは、棘のない可憐な花々だ。お前は少し、棘が強すぎる。それでは、夫に愛想を尽かされるぞ。少しは愛嬌というものを身につけなさい』
そしてこれは、以前親戚に言われた言葉。
おそらく、ファオール伯爵について肯定的な言葉を返さなかったことを窘められたのだろう。
思ってもいないことを口にするのはもちろん、違法行為に手を染めている男の妻にはなりたくなかった。
私は私の感情を優先しただけだ。
だけどそれが、親戚には反抗的な態度に映ったらしい。
曲の最後の音が奏でられ、彼とのダンスが終わった。
私は返答を促すように彼を見た。
視線がぱちり、交わる。
「……後日、シャロン公爵家を訪れます」
どうやら、彼は私の提案に乗ったようだった。
私は自身の勝利を悟り、目を細めた。
今日は【魔物祓い】の祝祭だ。
大昔、聖竜騎士が魔物の大群を屠ったとされて、祝いの日と定められている。
独身で若い聖竜騎士となれば、注目の的で、話題の中心人物だ。
現に彼は、様々なひとに声をかけられ、娘たちには秋波を送られていた。
もっとも、後者の視線には疎いのか、彼は声掛けを断ると、娘たちには見向きもせずに、視線をめぐらせた。
ぱちり。
私と視線が交わると、彼は一目散に私の元にやってきた。
既に私と彼の婚約の話は、社交界で噂になっている。
周囲の令嬢が「まあ」「あら」という声を上げる。
彼はそれに気がついているのかいないのか。
何となく、後者だろうな、と感じた。
彼は私の前に立つと、すっと跪いた。
「お相手願えますか?」
ちょうどおりよく、舞踏曲は終わりを迎えていた。
すぐに次の曲が演奏され始めるだろう。
私は、彼の手を取った。
「喜んで」
彼にエスコートされ、ホールに向かうと、彼は視線を前に向けたまま、言った。
「先日のお話ですが」
「はい」
やはりきた、と思った。
今日の夜会、いつもならヴェリュアンは早々に退室するのに、珍しく長居していると思ったのだ。
長居といっても、まだ夜会が始まっていくばくかしか経っていないが。
さすが聖竜騎士爵を叙爵されただけあって、女性のエスコートは身についているようで、彼は危うげなく私の腰に手を回した。
音楽が奏でられ始めると、慣れた様子でステップを踏み始める。
スムーズな彼の動きに、少し驚いた。
「あなたは、この婚姻が仮初のものでも構わないと仰る」
「はい」
「それは、真実ですか?」
「私の胸に誓って」
「……正直に言うと信用出来ない。結婚してから、言うことが逆転する可能性もありますから」
彼も、彼なりに色々と考えたのだろう。
眉を寄せ、難しそうな顔をするその表情を眺める。
「……では、契約書を作りましょうか」
「契約書?」
ヴェリュアンが、驚いた様子を見せた。
私は頷いて答える。
他のひとには聞かれないように声を潜めて、言葉を続ける。
「署名と血印を押し、いざとなったら──契約を反故にした場合、大きな一助となる契約書です。内容は後ほど詰めるとして、これは大きな抑制力、信用に繋がるのではないかしら」
「……血印とは、ずいぶん思い切ったことを言いますね」
なにやら彼が思い悩むような──やや及び腰に、私に引いた様子を見せた。
だけど私は、彼に構わず言葉を続けた。
「あら。ヴィネハス卿は私を疑っていらっしゃるのでしょう。であれば、あなたに信用してもらう必要がある以上、手段は選んでいられませんわ。私も、あなたに協力してもらう必要がありますし」
「あなたは、私が思った以上に豪胆な方なのですね」
「……それは、お褒めの言葉として受け取らせていただきますね」
くるりとターン。
ふわりとドレスの裾を翻して、私はにこりと貼り付けた笑みを浮かべた。
『見た目からは想像もできないほど強かな女だ』
それは私の内面をよく知る父の言葉だ。
親戚も、私の性格を知ると渋い顔をする。
『薔薇は、愛でられるだけの存在だ。実際に手に取り、慈しまれるのは、棘のない可憐な花々だ。お前は少し、棘が強すぎる。それでは、夫に愛想を尽かされるぞ。少しは愛嬌というものを身につけなさい』
そしてこれは、以前親戚に言われた言葉。
おそらく、ファオール伯爵について肯定的な言葉を返さなかったことを窘められたのだろう。
思ってもいないことを口にするのはもちろん、違法行為に手を染めている男の妻にはなりたくなかった。
私は私の感情を優先しただけだ。
だけどそれが、親戚には反抗的な態度に映ったらしい。
曲の最後の音が奏でられ、彼とのダンスが終わった。
私は返答を促すように彼を見た。
視線がぱちり、交わる。
「……後日、シャロン公爵家を訪れます」
どうやら、彼は私の提案に乗ったようだった。
私は自身の勝利を悟り、目を細めた。
955
お気に入りに追加
2,349
あなたにおすすめの小説
冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。
八坂
恋愛
ある国の王子であり、王国騎士団長であり、婚約者でもあるガロン・モンタギューといつものように業務的な会食をしていた。
普段は絶対口を開かないがある日意を決して話してみると
「話しかけてくるな、お前がどこで何をしてようが俺には関係無いし興味も湧かない。」
と告げられた。
もういい!婚約破棄でも何でも好きにして!と思っていると急に記憶喪失した婚約者が溺愛してきて…?
「俺が君を一生をかけて愛し、守り抜く。」
「いやいや、大丈夫ですので。」
「エリーゼの話はとても面白いな。」
「興味無いって仰ってたじゃないですか。もう私話したくないですよ。」
「エリーゼ、どうして君はそんなに美しいんだ?」
「多分ガロン様の目が悪くなったのではないですか?あそこにいるメイドの方が美しいと思いますよ?」
この物語は記憶喪失になり公爵令嬢を溺愛し始めた冷酷王子と齢18にして異世界転生した女の子のドタバタラブコメディである。
※直接的な性描写はありませんが、匂わす描写が出てくる可能性があります。
※誤字脱字等あります。
※虐めや流血描写があります。
※ご都合主義です。
ハッピーエンド予定。
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる