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二章
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ニルシェが産めなかった、子供。
ミレイユはニルシェ出会った時のことを思い出して、唇をかんだ。
あの時感じたいくつもの後悔が、悲しみが、駆け巡る。
目を閉じて、ミレイユはその感情をいなして、そしてゆっくりと目を開けた。
ミレイユの返答を待つ彼の瞳は不安そうだ。
(不安にさせてしまっている)
ミレイユは、そんなルロークレを安心させるように彼の指先に頬をつけて、キスを贈った。
「ええ。ルロークレ。私、あなたの子供が欲しい。そして、いつか……いつの日、か。きっと、産むわ」
ミレイユの言葉に、ルロークレもまた、泣きそうな顔をした。
そして、彼女を抱き締めながら笑って言った。
「どんな子が生まれるかな」
「まだわからないわ」
「うん……。そうだね」
ルロークレは彼女と繋いだままの手を持ち上げた。
リップ音を落とし、彼女の手の甲に口づけを落とす。
伏せられた彼の瞳は、新雪のまつ毛に隠されて、よく見えない。
だけど、先程のように涙で潤んでいるのだろうとミレイユは思った。
「僕の本名はルロークレ・ヴィルヘルム・ロザタント。………ヴィルヘルムは、第二ネームなんだ」
「第二ネーム……」
「この国には、王族には第二ネームをつける風習があってね。僕は"ヴィルヘルム"だった。何の因果だろうね。……第二ネームは通常、名付けた両親と、伴侶以外は知ることができない。この名前を知っているのは、父上と母上を除いて、きみだけだ。ミレイユ」
「ヴィルヘルムも、ルロークレも、どちらもあなたなのね」
ミレイユの言葉に彼が頷いた。
「だけどきみには、ルロークレと呼んでほしい。哀れなヴィルヘルムはもういないと、教えてほしいんだ」
ヴィルヘルムはその名で呼ばれることにある種のトラウマがある。
否応なく思い出されるのは彼女の過ちが起こした惨劇だ。
「僕も、きみのことをミレイユと呼ぶ。僕らはやり直すんだ。ミレイユとルロークレとして。何もなかった。何も、起きなかったんだ」
「ルロークレ……」
それは、彼の傷跡のようだった。
彼はヴィルヘルムであることに強い拒否感を抱いている。
ミレイユが、そうさせてしまったのだ。彼女は頷いて、そしてどうしようもなく目の前の青年に憐憫を覚えて、たまらなく申し訳なくなって、愛を囁いた。
「ルロークレ。愛してるわ」
彼女にできることはそれしかないと思ったから。
果たしてそれは正しかったのだろう。ルロークレはミレイユの言葉にふわりと笑みを浮かべた。泣きそうな顔をしているが、それでも笑っている。
ミレイユはそれに心底ほっとした。
ミレイユはようやく彼の傷に気が付いた。彼は恐れている──。ミレイユを失うことに。
そして、過去の、ヴィルヘルムとニルシェに起きた事実に。
その傷の深さを目の当たりにしたミレイユは、彼を抱きしめた。
ルロークレはミレイユの首筋に口づけを落とし、そして唇に触れるだけのキスを贈る。
そのキスは、先程まで濃厚な口付けを交わしていたとは思えないほどに幼く、控えめだった。
だけど、そのふれあいには紛れもない愛がある。ミレイユはジワリと涙がにじんだ。いくら泣いても涙は枯れ果てない。滲む視界の中、ヴィルヘルムが言った。
「愛してる。ミレイユ」
「私も、。愛してる。……ルロークレ」
震えて酷い声だった。
だけど、確かにそう言ったミレイユを見て、ヴィルヘルムはまた、嬉しそうに笑った。
彼らはようやく、春溶けを迎えたのだ。
〈完〉
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