〈完結〉過ちを犯した王太子妃は、王太子の愛にふたたび囚われる

ごろごろみかん。

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二章

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ヴィルヘルムに手を引かれてたどり着いたのは、赤い絨毯の敷かれた寝室だった。
「ここが、寝室」
「………」
 ミレイユが黙って見ていると、手首を引かれた。
振り返ると、強く、強く抱き締められる。
見知った香りだった。
ヴィルヘルムの香りだ──。
それに気が付いて、ミレイユもまた、こわごわとルロークレの背に手をまわす。
懐かしいラベンダーの香り。ヴィルヘルムがよくつけていた香水の香りによく似ている。
「ヴィルヘルム」
「ニルシェ、ニルシェ………っ」
 彼はそのままミレイユの顔を見て、またぐっと抱き寄せてきた。
少し、苦しい。
だけど、ミレイユは拒むことはしなかった。
「………きみに、触れたい」
 ぴくり、とミレイユの肩が揺れる。
彼の言葉を断ることはできない。
断りたいとも思っていなかった。
ミレイユは頷いた。
「ニルシェ」
 呼びかけられて、また距離がぜろになる。
唇に柔らかな感触がして、ねっとりと口づけが交わされる。
気が急いてしまって、うまく唇が重ならない。
しかしそれでも互いを求める感情は止められなくて、ミレイユはしっかりとルロークレの服のすそを掴んだ。
立ったままの口づけは互いに苦しくて、身長差ゆえにミレイユはすがる様にルロークレに捕まるしかない。ルロークレは彼女をしっかりと抱き締めて、何度も角度を唇を食んだ。
何度も口付けを交わして、息が辛くなってきたところで、ルロークレの手がミレイユの腰に触れた。彼の指先が確かめるようにゆっくりと彼女の体のラインに触れる。
「んっ……!」
「声を、聞かせて。今僕が抱いているのはきみだと、教えて」
「ヴィル……っ」
「僕の今の名前は、ルロークレなんだ。こっちの名前も呼んで欲しい。きみの声で、ミレイユ……」
 ヴィルヘルムの手がするすると服の裾を捲り上げる。
太ももに彼の指先が触れて、ぴくりと体が揺れる。
ヴィルヘルムの指先が肌をおい、そして布地に触れた。
「ガーターベルト?」
 ルロークレの言葉にミレイユは甘い声を落としながらも頷いた。
「んっ…………靴下が落ちてきてしまうから………」
 そう言えば今日は白のガーターベルトをつけていた。
ミレイユが言うと、ルロークレはミレイユの首筋に唇をあて、ちゅぅ、と吸い付いた。
「あっ……」
痛みと微かな気持ちよさに肌がじわじわと熱を持つ。
「そっか。きみによく似合ってるんだろうね。よく見たいから、ベッドに移動しよう?」
 ルロークレの声は問いかけのようだったが、ミレイユの返答は求めていなかったようだった。
「よく見た……⁉ きゃあ」
 思わぬ言葉にミレイユが顔を上げた直後、彼女の視界と体が宙に浮く。
ルロークレに抱き上げられたのだ。
ミレイユは咄嗟に彼の首に手を回した。
「恥ずかしいわ」
「僕は嬉しい。僕だけの………僕だけの、ものだ。きみはもう。二度と離さない。例え死んでも、僕はまたきみを追いかける」
「ヴィルヘルム」
「きみは?」
 確かめるような言い方で、ルロークレが尋ねる。
「私は……」
ミレイユは口を開いて──だけどその後は言葉にならなかった。
 ミレイユが口ごもると、ルロークレの目が暗くなる。
彼は彼女の言葉を求めていた。
「ふぅん、まぁいい」
ヴィルヘルムの声はかすれ、低かった。
ミレイユは何も言えない。
同じ思いを返すことにまだ躊躇いがあるためだ。
「僕はきみと共にいられるのならなんだってする。邪魔な人間がいれば消すし、法が許さなくても、たとえ神の許さない関係であったとしても。構わない。僕は、きみを僕のものにするためならなんだってする。悪魔にだって魂をささげるよ」
「私はもうあなたのものだわ」
 ミレイユの言葉にルロークレは薄く笑った。
 それはヴィルヘルムであった時に一度もミレイユに見せたことのない類の笑みだった。
「は、本心ではそんなこと思っていないくせに、よく言う。きみの体は確かに僕のものかもしれない。だけどその心は。きみの心までは、僕のものじゃない。そうだろ」
「違う!」
「何が違う⁉ 違うというなら……! 僕を愛してると言えよ! 僕を好きだと。僕が欲しいと、言え! 言えないんだろう? そういうことだ。きみは、もしかしたら今までの出来事の中で僕への想いは消えたのかもしれない。もしそうだとしても、僕には関係ない。僕は、僕のためにきみを得る。それだけなんだから」
「待って、ヴィルヘルム。違うの。話を……!」
 ミレイユは狼狽えた。彼女が本心を口にしないことで、ルロークレは誤解してしまっている。彼女の制止に、しかし彼は首を振って否定する。
「話は、ここまでだ。拒否は聞かない。嫌という言葉は、無視する。きみに出来ることは、僕を受けいれ、僕を求めることだけ」
 冷たい言葉は、突き放すような声は、それでいて切実な音を孕んでいる。
否定しないでほしいと、希う響きがあった。
その泣きそうな顔と、苦し気な声にミレイユは言葉を飲んだ。
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