〈完結〉過ちを犯した王太子妃は、王太子の愛にふたたび囚われる

ごろごろみかん。

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二章

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咄嗟にルロークレのシャツを握った。
「いないわ。過去のひとなんて」
「そう? なら良かった。僕も見ず知らずの人間を害そうと考えずに済む」
「ヴィルヘルム……」
「近くに家を買ったんだ。きみは、あと三ヶ月ほどスクールに通う予定でしょう。だから僕もそれまでここに住もうと思って」
「え………どうしてそれを」
 ミレイユはヴィルヘルムにスクールに通っていることは言っていない。
思わず戸惑うけれど、ヴィルヘルムはミレイユを抱き上げて、答えた。
「全部調べたからだよ。当たり前でしょ。きみのことは何だって知ってる。知らないのは、きみの心の内くらいだよ」
「そう、なの」
「僕の家で住んでくれるね? きみの家は、もう必要ない」
 ヴィルヘルムはミレイユを連れて、馬車に戻る。
 ミレイユの家には、必要最低限のものしか置いていない。
ミレイユは侍女や侍従を連れず、ひとりだけで住んでいた。
ここの街は治安がよく、あちこちに国兵の姿が見られるからこそ、両親は彼女の住居を許していたのだろう。
他にも、ミレイユが一人で暮らすことになれば彼女は早々にに音を上げ帰宅するだろうと踏んでいたのだろう。
しかし彼らの塩飽に反して、ミレイユは帰宅することはおろか、弱音を吐くような真似すらしなかった。彼らにとってが大きな誤算だったはずだ。
ここ最近の彼らの手紙では、本当に不便なことはないか、苦労していないか再三にわたる内容が書かれていた。約束した期限までの時間がなくなってきて焦っていたのはミレイユの両親の方だったのだ。

 ミレイユはヴィルヘルムの手によって馬車の中に招かれた。。
ヴィルヘルムはミレイユの隣に腰かける。
彼はミレイユの手を、しっかりと握ったままだった。
「もう、夫婦だから。隣に座って、きみにキスをしても許される」
 距離が縮まって、また口付けがかわされた。
ミレイユは拒まない。彼の背に手をまわして、口づけに応えた。
馬車は緩やかに走り始めた。
 
 ルロークレに連れられてついたのは、白い壁に花の彫刻が掘られた屋敷だった。
三階、四階ほどある高さの柱には、三角錐の白い屋根がある。
そして、屋敷を囲うように花が生けられておろ、白と緑のコントラストは女性の好みそうなデザインだ。
 邸宅に向かう途中、ふとどこか懐かしい香りがした。
そちらを見ると、木々にナシのようなもの植物が垂れ下がっているのが見えた。
(あれは………)
 ミレイユが気がついたことにルロークレも気が付いたのだろう。
 彼はそっと彼女に告げた。
「エンジェルストランペットだ。好きだったよね」
「懐かしい……。ここまで香りが来るわ」
「たくさん植えたからね。ギリギリ見られてよかった。もうすぐ冬になって枯れてしまうから」
 ヴィルヘルムに手を引かれて木々の間の小道をくぐる。
従者はいない。
御者も、馬車を降りてから姿が見えない。
今更ながら、お忍びで来ているとはいえ誰も護衛がいないのは不用心だ。
 ミレイユが彼の手を引いてそれについて尋ねようとした時、ルロークレが呟いた。
「エンジェルストランペットは強い毒性があるんだ。触らないでね」
「ええ。………ねえ、ここは、誰もいないの? 護衛は……」
 ミレイユの言葉にルロークレは小さく笑みを浮かべる。
 蠱惑的な笑みだった。
「いらないよ。先日、僕は王位継承権を放棄したばかりだ。王位を巡って、なんてこともないし、臣籍降下することも決まった。滅多なことでは狙われない」
「でも」
「いざとなったら相手を叩きのめすことは難しくとも、きみと逃げ出すくらいのことはできる。安心して、ちゃんと考えて、手は打っているから」
 ミレイユはその言葉を聞いてもいまいち心配そうにしていたが、彼女が知らないだけで身の安全を考えた罠や仕掛け、抜け道はあちこちに仕掛けられている。
 この屋敷は王族の住まう王城に匹敵する造りをしている。人気(ひとけ)のなさにつられて入り込むような人間がいれば瞬く間にとらえられるだろう。
──そして、当たり前だが、この屋敷にはもちろん護衛や騎士、従僕や侍女といった人間が控えている。彼らの前に現れないようにしているだけで。
 ルロークレ直属の影のものを引き込んで屋敷勤めにした彼らは、滅多なことがない限りミレイユの前に現れることはないだろう。
 黙るミレイユを他所に、ヴィルヘルムは手を引いて邸宅の中に入った。
中は暗く、誰もいないように感じる。
静かだ、とミレイユは感じた。
屋敷の中は少し肌寒い。
「入って。誰もいないから、僕が案内する」
 ミレイユは頷いて答えた。
「ありがとう」
「ここが、僕たちの家だ。一時的な仮住まいだけど、ものは割と揃えてるから不便はないと思う」
「………」
「それで、こっち」
 ヴィルヘルムの案内に従って室内を見渡していると、手を取られる。
エスコートされているかのようにその手つきは優しい。
室内はこざっぱりとしていて殺風景だ。
この家には生活感がまるでない。
ソファやチェア、観葉植物なんかもあるけれど日常感がなくて、寂寥感が漂う。
室内は冷たくて、それもあいまってどことなく冷たい印象を受ける。
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