〈完結〉過ちを犯した王太子妃は、王太子の愛にふたたび囚われる

ごろごろみかん。

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二章

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 ミレイユは震えた声で言う。
 ルロークレは首を振る。
「待たない。返事は今するんだ。きみに選択肢はない」
「だけど」
「だけど?」
「わたしは………私には」
 そんなこと、あっていいのだろうか。
ミレイユが彼とまた、婚姻を結ぶ。
ミレイユが、また幸福になるだなんて。
生前、たくさんのひとを不幸にしたミレイユが。
何を言おうとしても、それは何の形にもならない。
沈黙するミレイユに、ルロークレはミレイユの手を引いた。
それにつられて、ミレイユも歩き始める。さく、さく、という草をふむ音が聞こえる。
 歩き慣れた裏庭は、だけどまるで初めて足を踏み入れたかのような緊張感があった。 
「ここはいいところだね。緑も多くて、空気がすんでいる。きみのご実家ととてもよく似ている」
「………っ」
 それは、ゲルジュ領のことではなく、前世のことを指しているのだとすぐに分かった。
ゲルジュ領は王都にほど近い新興都市で、緑よりもコンクリートが多い。
そして、前世のミレイユの家、公爵家の持つ領地は広大なだけに、あちこちに緑があった。
幼い頃はよく、避暑地として遊びに行ったものだ………。
 掴まれた手が強ばる。緊張で感覚が薄い。
ルロークレはミレイユの手が強ばり、固くなっていることにきがついていた。
「エディエリアについてだけど」
「っ………」
「彼女、ずいぶんきみに懐いていたみたいだね。僕に直接、きみの話をしに来た」
「な………」
「ちょうど、きみがアロアと………。いや、それより、これまでの話をしようか。きみには辛い話をさせるけど、認識を合わせたい」
「………辛く、ないわ。私に話せることなら、なんでも」
「そう。じゃあまず初めに。どうして相手にアロアを選んだの? 事の顛末はおおかたリディエリアから聞き及んでいるけど、きみがなぜ相手にあの女を選んだのかが分からない」
 胸が痛いほどはねた。
するりと抜けてしまいそうなミレイユの手を、ヴィルヘルムはしっかりと掴んでいる。
「ミレイユ」
「過去の恋人だと思ったの」
 余計な言葉はいらない。
ミレイユが端的に返すと、うめき声が聞こえてきた。
ルロークレはそのまま片手を額に当てた。足が止まる。
「冗談だろ」
「ごめんなさい」
 ミレイユはすぐに謝った。
「………どうしてそう思った?」
 ミレイユは自分の足先を見ていたけれど、顔を上げた。
ルロークレと目が合う。
その碧色の、エメラルドのような瞳がミレイユを射抜く。
ミレイユは彼の目から視線をそらさずに答えた。
「噂を聞いたの。婚約している時、あなたがよく彼女に会いに行ったと」
「それで」
「だから………。あなたに確認もせず、そうなのだと思い込んだ」
「なるほどね。じゃあ答え合わせをしてあげる。アロアとは腹違いの兄妹だよ。だからどうにかなるってことはありえない。死んでも、ね」
「は…………」
 腹違いの、兄妹………。 
 思わぬ言葉に、ミレイユは茫然とした。
狼狽えるミレイユに、ヴィルヘルムは手を引いた。
彼の誘導に任せて、ミレイユもまた歩き出す。
あと少しすれば裏庭を出る。
「アロアの父親は国王だ」
ルロークレが真実を話し出す。
ミレイユは思わぬ言葉に息を飲んだ。
「母上は知らなかっただろうけどね。あのひとは嫉妬深い。父は母に知られないよう手をまわしたんだろう。父はなぜアロアの母に手を出したかは話さなかったが、過ちだと話していた」
「…………」
「父のそちら方面についてどうこう言うつもりはない。深く聞くこともしなかったから彼の真意も知らない。ただ、父は母にアロアのことを気づかれるのを酷く恐れていた。金髪の娘でなくてよかったと心底思っていただろうね……」
 ルロークレの声は静かで、落ち着いている。対してミレイユは思わぬ事情を聞いたことで混乱していた。
 ルロークレは訥々と当時のことについて話をした。
「そんな折、父上が亡くなった」
「え……?」
「思うに、父上は賢王ではなかった。浪費家の王妃に心酔し、国庫の使用を自由にさせていたんだ。父上が病床に伏した頃、僕は父に呼び出され、アロアと──母の浪費ぶりについて謝罪を受けた。自分ではどうしようもできないと。不甲斐ない王であったことを許してほしいと言っていたが……。どこまでも自分に甘い男で反吐が出た。結局はすべてのしりぬぐいを息子に押しけるんだからね」
「ま、待って……。ルロークレ。ええと……国王陛下は亡くなっていたの? でもいつ。私はそんな話」
 聞いたことがないとミレイユは首を振る。
 ルロークレはそんな彼女をいつくしむような瞳で見た。
「……本当は、僕ときみが婚姻をする二年前に父は亡くなっていた。直系の王族が僕しかいないという点と、まだ僕が若かったから、そして未婚だったからということで当面は秘匿される形となったけど。その間、実質的に政治を摂っていたのは王太子であるヴィルヘルムだ。まぁ、だいぶ大臣や周囲の力を借りる形となったけどね」
「……そんな」
 ルロークレは頷いて答えた。
 ミレイユは口元を抑える。顔色は悪い。
 当然だ。ミレイユは、そこまで考えが及んでいなかった。

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