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二章
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しおりを挟む「なっ……!?」
まさか断られるとは思っていなかったのか、ロビンは驚愕した面持ちでこちらを見た。
ミレイユは教材をしっかりと握りしめて、ロビンに告げた。
「私は、誰とも結婚するつもりはありませんから」
「な……そ、そそそんなのが許されると思っているのか!? あ、あんた貴族だろう!」
かなり想定外だったらしい男は声が裏返りながらミレイユを批難する。
「お父様とお母様には好きにするよう、言われております」
「信じられねぇ………なんて常識がないんだ! 結婚しないなんて、そんなの、そんなの。器量なしだと自分から言ってるようなもんじゃないか! お笑い草だぞ。社交界に入れなくなる!」
「……」
承知の上だった。
なおも変わらぬ様子のミレイユに、プロポーズをこっぴどく振られた男は顔を赤く染め、屈辱に震えながら言った。ミレイユにとって、呪縛となるその言葉を。
「なんて……なんて恥知らずの女なんだ!! 親不孝者だな、お前は!」
その言葉に、ミレイユはぴくりと反応した。ざわざわと胸元が落ち着かない。
リフレインするのは、悪鬼のごとく顔をした、王妃の声。
──恩を仇で返す親不孝者めが!
黙り込んだミレイユに、ロビンは焦りながらも小ばかにする顔をした。
だけど、ミレイユはそれどころではない。引きずられるようにニルシェであったときに記憶が掘り返される。走馬灯のごとく、駆け抜けていく──。
ミレイユは前世で、両親を、家族を貶めた。ミレイユの失態のせいで。ミレイユのせいで。
兄はニルシェの失態のせいで婚約が破棄となったと聞いた。両親もたいへんな目に遭ったことだろう。公爵家は世間からも嘲笑されるようになっただろう。社交界でどんな思いをしたか、ニルシェはうすらと想像していた。
王太子妃があんな状態だったのだから、公爵家もニルシェと同様か、それ以上に酷い思いをしたはずだ。
ミレイユの様子が変わったことに、ロビンは怖気着いたようだった。
突然雰囲気が変わり、黙り込んだミレイユを不気味に思っているようだった。
しかしそれんみ気づかれぬよう、ロビンは早口でぺらぺらとまくしたてた。
「い、いや? 俺なら契約結婚でもいいんだぜ。結婚だけしといて、ただのパートナーでいい。俺も結婚相手が必要なだけだったし、だから………」
「………」
ロビンの家、ドロワ家は、貴族でこそないものの、かなり裕福な商家で、この国でも知られている名前だ。
もし彼と結婚することになったのなら。ローズは喜ぶ。父は、安心するだろう。
結婚した妻が趣味で何かをするのは、夫の差配次第になる。
薬学を学ぶにあたり、未婚の時ほどとやかく言われることも無いはずだ。
(なんだ、いいことづくめじゃないの)
ミレイユは人形のように黙り込んだ。
そんな彼女にロビンは得意げにまくしたてる。
あと一押しだと踏んだらしい。
そしてそれはまさしく正しかった。
「どうだ? ほら、イエスと言え。俺なら受け入れてやるぞ! 今ならな! 後から泣きついても知らないぜ。お前は知らないんだ。未婚の女の悲惨さをな!!」
(こんな人と結婚?)
ミレイユはロビンを全く知らない。
なにか話した記憶はあるが大して気にとめるほどのものではなかったし、今話した様子だと彼とは馬が合わなそうだ。
だけど、彼は契約結婚の話を持ち出した。
形式上の結婚。両親は喜ぶだろう。
ミレイユの気持ちは?
前世でのことが頭を駆け巡る。
今世での家族を思い出す。
前世で迷惑をかけた分、ミレイユは今世で家族に心配を、迷惑をかけてはいけない。
──ニルシェが親不孝であった分、せめて、ミレイユは面倒をかけてはいけない……。
そう思った時には、ミレイユの答えは決まっていた。
「─わかりました。私は、」
そこまでミレイユが言った時、ロビンは勝利を確信してにんまりした。
だけど、すぐに目を剥いてミレイユの後方をあんぐりと見つめていた。
その様子にミレイユがどうかしたのかと思い振り返ると同時。彼女の口元が覆われた。
「んっ……!?」
「少し、待ってくれ……ないかな」
背後から聞こえてくるのは、聞きなれない男の声。
どうやら息が上がっているようだ。荒い呼吸をせわしなく繰り返している。
ミレイユが思わず振り返ると、まず服が見えた。
黒いシャツが頬にぶつかる。ミレイユは口元を覆うその手を掴んで外し、顔を上げた。
そして、動揺に息を飲む。
「──どうして」
ミレイユのか細い声はかき消された。
彼女前にいたのは──随分前に会ったきりの、ルロークレだった。
ヴィルヘルムよりも色素の薄い白金の髪が風にたなびく。
ルロークレはミレイユに目をやることなく、目の前にいるロビンに言った。
「彼女は僕の恋人なんだ。自重してくれよ」
さすがのロビンもこの国の王子の顔は知っていたらしい。
商家の息子であれば当然か、ミレイユは妙に冷静な頭で静かに混乱していた。
ロビンは狼狽えた様子で愕然とルロークレを見ている。
「あ、あんたは……! い、いえ、貴方様は」
「僕のことを知っている? なら好都合。僕の恋人だという意味………分からないほど愚かじゃないだろ? 実家が商人をやっていると言うのなら、尚更」
(どうして………。なぜ……?)
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