〈完結〉過ちを犯した王太子妃は、王太子の愛にふたたび囚われる

ごろごろみかん。

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一章

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 誰もが振り向くような、美しさだったのだ。
 だけど、呪いを引き受け、激変した。
 魔女が、醜くなると、王太子の態度は変わっていった。その醜さを受け入れなくなったのだ。
 そして。
 彼は東の森に足を運ぶことも無く、愛らしい娘と婚姻を結んだ。愛してる、と囁いて。
 魔女はそれを知って、打ちひしがれた。
 いつか、共にあれると約束したのに。
 ──愛してると言ったのに!
 意を決して魔女が王太子に会いに行けば、化け物と罵られ。
二度と顔を見せるな、お前など知らない………そうなじられた。
 魔女は自身の心が砕け散る音を聞いた。
 やがて王太子は、魔女に呪いをかけられたと吹聴し始めた。もう彼は、魔女のことなんてなんとも思っていなかったのだ。
 それでも、魔女は王太子を愛していた。
 今は、理由があってあんな態度を取っているのかもしれない。
あと少ししたら。あと少し待てば。
 また優しい彼に戻るのでは──。
 愚かにも、魔女はそう考え、期待し、彼を信じた。
 しかし、魔女の考えは、期待は、希望は、残酷にも打ち砕かれた。
 彼が国王になり、王位を退き、もう命の残りもいくらかないという時。
それでも彼は、魔女のことなんて一切口にすることなく、考える素振りも見せず、毎夜毎晩、若い娘を寝台に呼んでいた。

 魔女の想い人が亡くなった。寒い冬の日だった。
 その時になって、ようやく魔女は自身が裏切られていたのだと悟った。
 瞬間から、魔女は、男を憎むようになった。憎くて憎くてたまらなかった。
 愛は激しい憎悪に変わった。
 苦しくて、悔しくて、悲しくて、自分が愚かで、胸が痛んだ。
 彼女は決意した。いつか、いつか復讐してやると。
 あの男は生きていなくとも、憎い男と憎い女の子は、長らく続く。機を待てばいい。待つのは得意だ。
 辛抱して、待っていれば。いずれ、きっと。
 彼女の深い愛は憎悪となり、悔恨となり。
 その思いは、何百年と月日が経とうとも変わりはしなかった。
 
 アノニマスから話を聞いたヴィルヘルムは、「それで」と話を続けた。彼は首を振る。話は以上だ、ということらしい。
「お前は、あの魔女の子供か」
 頷いてアノニマスは答える。
 当時の魔女と、国王となった男の子。魔女の血が入っているのだろう。年齢はヴィルヘルムよりはるかに上だろうが、見た目の年齢はヴィルヘルムとさほど変わらないように見える。
口数が少ない青年だ。ヴィルヘルムは彼の姿をまじまじと見た。
「本当に僕そっくりだな。初代国王と僕は似ているか」
「さぁ……。それは分かりません。ですが……」
「何だ?」
「あの人は、俺とよく似ている、と」
「そうか………」
 ヴィルヘルムはそう答えて、そのまま席を立つ。
アノニマスの素性をあちこちの人間に知られるわけにはいかないので、特別調査室にて話を聞いていたのだ。
アノニマスの処遇は難しいところだった。
魔女の手の元にいたとはいえ、アノニマスは王族の血を引いていることは明らかだ。
 ヴィルヘルムは部屋を出る際に、彼に問いかけた。
「僕を恨んでいるか?」
「いいえ。あの人は、終わりを望んでいたので」
「…………お前には、恐らく、薬学協会の奴らと混じって薬の開発をしてもらうことになると思う。お前が魔女の家にいた時に培ったという知識、このままむざむざと失うには惜しい。」
「…………殺さないのですか」
「……殺さない。無益な殺生は、何も生まない」
 答えたヴィルヘルムに、アノニマスはもう一度、尋ねる。
「………では、質問を変えます。あなたはあの女性に──ニルシェにもう一度会いたいですか」
「……なんだと?」
「僕にはそれが可能です。もう一度、聞きます。彼女にもう一度会いたいと、そう思いますか?」
 無機質な問いに、ヴィルヘルムの答えはひとつだった。
 
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