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一章
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───東の魔女にはなかなか会えない
そんな話があちこちに飛び交っているが、それは正しくないのだとリディ───リディエリアは思った。
リディエリアはニルシェの侍女だ。
彼女は貧乏子爵家の出だが、今は王太子妃の侍女などという大層な役どころを得ている。
それはニルシェの意向によるものだった。
元々リディエリアは公爵家の侍女だった。
それを引き抜かれる形で王宮へとついてきたのだ。
リディエリアが王宮入りできたのもニルシェからの覚えがめでたかったからだった。
『ねえ、リディもついてきてくれないかしら。ひとりだと不安なの』
『ですが、一介の侍女が王族に努めるなど』
ニルシェは婚姻式を迎えれば立派な王族のひとりとなる。
『確かに前例はないかもしれないけど……。ねえ、お願いよ。正式に許可が出たらお前も連れて行っていい?』
『私は構いませんが……』
『よかった! お給金もきっと倍近くになるわ。知ってるのよ。わが公爵家は、高位貴族筆頭であるにも関わらず、お給金が渋いって。王宮勤めに入れば年二回、ボーナスも出るようなの。いいことづくめよ!』
ニルシェの話す通りだった。ニルシェの生家は公爵家で金もあったが金銭については非常に厳しく、特に給金支払いに関しては正式に監査が入ったらかなりまずいのではというほどだった。
彼女の求めを王宮側は受け入れ、晴れてリディエリアは王宮にて王族へ仕えることとなった。給金はニルシェが話した額より少なかったが、新人にしては割のいい金額だった。
リディエリアはニルシェに感謝していた。
彼女のおかげで賃金も跳ね上がり、貧乏子爵家は再興へと向かっている。そんな中、リディエリアもまた自分の春を掴み取っていたからだ。
そんなニルシェが───。
敬愛し、慕っている主がこのような扱いを受けているのはリディエリアには耐えられなかった。
なぜ彼女がこんな扱いをされなくてはならない?
確かにニルシェは誤ったのだろう。
だけど、だとしても今の現状は誰も救わない。誰も幸福になどさせていないのだ。
今や、ニルシェは怪しげな術を使って王太子を篭絡させた悪女扱いだ。
みながニルシェを蔑み、嘲笑う。
寵愛を失ったどころか王太子から毛嫌いされる妃の行く末などそんなものだろう。
前々からリリーティアと親交のあった令嬢たちもとばっちりはごめんだとばかりに距離を取っている。
リディエリアはそれがたまらなく悔しかった。今や全てを知っているのはリディエリアだけなのだ。
王太子のニルシェへの愛がなぜなくなってしまったのか。
いや、なぜ変わってしまったのか。
それを知っているのはニルシェとリディエリアの二人だけ。
今間受けた恩を思い出し、リディエリアは前を向いた。
(私が……私にしかできない)
リディエリアは意気込んで、魔女の姿を見た。
──おそらく彼女の失敗は、ニルシェを慕って無謀な賭けに出てしまったところだ。
人は、助けるという思いが強ければ強いほどそれを叶えようとする。例え、目標を達成するに際して、自分の力と時間が不足していても。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ」
魔女の家に入ると赤いドレスに身を包んだ女性がたっていた。
歳の頃はリディエリアよりも二、三ほど上だろうか。顔には黒の仮面をつけていた。
目と口だけくり抜かれた不気味なものだ。髪色はラズベリーを絡めたような赤。
魔女という名前に反して思った以上に派手な見た目をしている、というのがリディエリアの感想だった。
「それで? お前のお望みは」
魔女は以前のようなそやな口調ではなかった。
ゆったりとした貴婦人のようだ。
リディエリアは混乱した。本当に、彼女が以前あった魔女なのだろうか───?
「あの………あなたは」
「ああ。私。東の魔女よ、前にあったでしょう」
「その…………その時とは、随分と様子が………」
「これはね………その人の望むように見せる、ただの幻影よ。これは私であって私じゃない。あなたの望む容姿をそっくりそのままコピーさせてもらったの」
「…………へ」
間の抜けた声が出る。魔女はもう興味が無いとばかりにどかりとソファに座った。その仕草は確かに以前あった魔女と似通っている。
(私の望む、容姿………?)
リディエリアは自分の特徴の無い栗毛が嫌いだった。
そして、苺の精とあだ名づけられていたニルシェの赤髪がとてつもなく羨ましく、憧れを持っていたのだ。
そして、今目の前にいる魔女の髪は苺の精と褒め称えられたニルシェのものとかなり近い───。リディエリアはひゅ、と息を飲んだ。気味が悪い。
「それで? ただ世間話をするためだけに来たのじゃないでしょう」
問いかけにはっとする。ニルシェは震える声で言った。
「妃殿下の、魔法を解いてさしあげることは……できませんか」
都合のいい話だとわかっていた。虫のいい話だということも。
だけど、どうしても魔法の無効を求めてリディエリアはひとりでこんな場所にまで来てしまった。ニルシェへの迫害や悪意は日に日に酷くなっていく。
このままではニルシェは死んでしまうだろう。
以前よりもほっそりとした手首に、線の細い体躯。
ぶつかればそのまま気を失ってしまいそうなほど、儚くなってしまった。
ニルシェは決して嘆かない。自分の現状を嘆かず、憐れむこともしない。
ただただ、悪意をもって転ばされても、ゆっくりと立ち上がって、そのまま歩き出すのみ。
それはあまりにも痛々しかった。
そんな話があちこちに飛び交っているが、それは正しくないのだとリディ───リディエリアは思った。
リディエリアはニルシェの侍女だ。
彼女は貧乏子爵家の出だが、今は王太子妃の侍女などという大層な役どころを得ている。
それはニルシェの意向によるものだった。
元々リディエリアは公爵家の侍女だった。
それを引き抜かれる形で王宮へとついてきたのだ。
リディエリアが王宮入りできたのもニルシェからの覚えがめでたかったからだった。
『ねえ、リディもついてきてくれないかしら。ひとりだと不安なの』
『ですが、一介の侍女が王族に努めるなど』
ニルシェは婚姻式を迎えれば立派な王族のひとりとなる。
『確かに前例はないかもしれないけど……。ねえ、お願いよ。正式に許可が出たらお前も連れて行っていい?』
『私は構いませんが……』
『よかった! お給金もきっと倍近くになるわ。知ってるのよ。わが公爵家は、高位貴族筆頭であるにも関わらず、お給金が渋いって。王宮勤めに入れば年二回、ボーナスも出るようなの。いいことづくめよ!』
ニルシェの話す通りだった。ニルシェの生家は公爵家で金もあったが金銭については非常に厳しく、特に給金支払いに関しては正式に監査が入ったらかなりまずいのではというほどだった。
彼女の求めを王宮側は受け入れ、晴れてリディエリアは王宮にて王族へ仕えることとなった。給金はニルシェが話した額より少なかったが、新人にしては割のいい金額だった。
リディエリアはニルシェに感謝していた。
彼女のおかげで賃金も跳ね上がり、貧乏子爵家は再興へと向かっている。そんな中、リディエリアもまた自分の春を掴み取っていたからだ。
そんなニルシェが───。
敬愛し、慕っている主がこのような扱いを受けているのはリディエリアには耐えられなかった。
なぜ彼女がこんな扱いをされなくてはならない?
確かにニルシェは誤ったのだろう。
だけど、だとしても今の現状は誰も救わない。誰も幸福になどさせていないのだ。
今や、ニルシェは怪しげな術を使って王太子を篭絡させた悪女扱いだ。
みながニルシェを蔑み、嘲笑う。
寵愛を失ったどころか王太子から毛嫌いされる妃の行く末などそんなものだろう。
前々からリリーティアと親交のあった令嬢たちもとばっちりはごめんだとばかりに距離を取っている。
リディエリアはそれがたまらなく悔しかった。今や全てを知っているのはリディエリアだけなのだ。
王太子のニルシェへの愛がなぜなくなってしまったのか。
いや、なぜ変わってしまったのか。
それを知っているのはニルシェとリディエリアの二人だけ。
今間受けた恩を思い出し、リディエリアは前を向いた。
(私が……私にしかできない)
リディエリアは意気込んで、魔女の姿を見た。
──おそらく彼女の失敗は、ニルシェを慕って無謀な賭けに出てしまったところだ。
人は、助けるという思いが強ければ強いほどそれを叶えようとする。例え、目標を達成するに際して、自分の力と時間が不足していても。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ」
魔女の家に入ると赤いドレスに身を包んだ女性がたっていた。
歳の頃はリディエリアよりも二、三ほど上だろうか。顔には黒の仮面をつけていた。
目と口だけくり抜かれた不気味なものだ。髪色はラズベリーを絡めたような赤。
魔女という名前に反して思った以上に派手な見た目をしている、というのがリディエリアの感想だった。
「それで? お前のお望みは」
魔女は以前のようなそやな口調ではなかった。
ゆったりとした貴婦人のようだ。
リディエリアは混乱した。本当に、彼女が以前あった魔女なのだろうか───?
「あの………あなたは」
「ああ。私。東の魔女よ、前にあったでしょう」
「その…………その時とは、随分と様子が………」
「これはね………その人の望むように見せる、ただの幻影よ。これは私であって私じゃない。あなたの望む容姿をそっくりそのままコピーさせてもらったの」
「…………へ」
間の抜けた声が出る。魔女はもう興味が無いとばかりにどかりとソファに座った。その仕草は確かに以前あった魔女と似通っている。
(私の望む、容姿………?)
リディエリアは自分の特徴の無い栗毛が嫌いだった。
そして、苺の精とあだ名づけられていたニルシェの赤髪がとてつもなく羨ましく、憧れを持っていたのだ。
そして、今目の前にいる魔女の髪は苺の精と褒め称えられたニルシェのものとかなり近い───。リディエリアはひゅ、と息を飲んだ。気味が悪い。
「それで? ただ世間話をするためだけに来たのじゃないでしょう」
問いかけにはっとする。ニルシェは震える声で言った。
「妃殿下の、魔法を解いてさしあげることは……できませんか」
都合のいい話だとわかっていた。虫のいい話だということも。
だけど、どうしても魔法の無効を求めてリディエリアはひとりでこんな場所にまで来てしまった。ニルシェへの迫害や悪意は日に日に酷くなっていく。
このままではニルシェは死んでしまうだろう。
以前よりもほっそりとした手首に、線の細い体躯。
ぶつかればそのまま気を失ってしまいそうなほど、儚くなってしまった。
ニルシェは決して嘆かない。自分の現状を嘆かず、憐れむこともしない。
ただただ、悪意をもって転ばされても、ゆっくりと立ち上がって、そのまま歩き出すのみ。
それはあまりにも痛々しかった。
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