13 / 40
一章
13
しおりを挟む
───東の魔女にはなかなか会えない
そんな話があちこちに飛び交っているが、それは正しくないのだとリディ───リディエリアは思った。
リディエリアはニルシェの侍女だ。
彼女は貧乏子爵家の出だが、今は王太子妃の侍女などという大層な役どころを得ている。
それはニルシェの意向によるものだった。
元々リディエリアは公爵家の侍女だった。
それを引き抜かれる形で王宮へとついてきたのだ。
リディエリアが王宮入りできたのもニルシェからの覚えがめでたかったからだった。
『ねえ、リディもついてきてくれないかしら。ひとりだと不安なの』
『ですが、一介の侍女が王族に努めるなど』
ニルシェは婚姻式を迎えれば立派な王族のひとりとなる。
『確かに前例はないかもしれないけど……。ねえ、お願いよ。正式に許可が出たらお前も連れて行っていい?』
『私は構いませんが……』
『よかった! お給金もきっと倍近くになるわ。知ってるのよ。わが公爵家は、高位貴族筆頭であるにも関わらず、お給金が渋いって。王宮勤めに入れば年二回、ボーナスも出るようなの。いいことづくめよ!』
ニルシェの話す通りだった。ニルシェの生家は公爵家で金もあったが金銭については非常に厳しく、特に給金支払いに関しては正式に監査が入ったらかなりまずいのではというほどだった。
彼女の求めを王宮側は受け入れ、晴れてリディエリアは王宮にて王族へ仕えることとなった。給金はニルシェが話した額より少なかったが、新人にしては割のいい金額だった。
リディエリアはニルシェに感謝していた。
彼女のおかげで賃金も跳ね上がり、貧乏子爵家は再興へと向かっている。そんな中、リディエリアもまた自分の春を掴み取っていたからだ。
そんなニルシェが───。
敬愛し、慕っている主がこのような扱いを受けているのはリディエリアには耐えられなかった。
なぜ彼女がこんな扱いをされなくてはならない?
確かにニルシェは誤ったのだろう。
だけど、だとしても今の現状は誰も救わない。誰も幸福になどさせていないのだ。
今や、ニルシェは怪しげな術を使って王太子を篭絡させた悪女扱いだ。
みながニルシェを蔑み、嘲笑う。
寵愛を失ったどころか王太子から毛嫌いされる妃の行く末などそんなものだろう。
前々からリリーティアと親交のあった令嬢たちもとばっちりはごめんだとばかりに距離を取っている。
リディエリアはそれがたまらなく悔しかった。今や全てを知っているのはリディエリアだけなのだ。
王太子のニルシェへの愛がなぜなくなってしまったのか。
いや、なぜ変わってしまったのか。
それを知っているのはニルシェとリディエリアの二人だけ。
今間受けた恩を思い出し、リディエリアは前を向いた。
(私が……私にしかできない)
リディエリアは意気込んで、魔女の姿を見た。
──おそらく彼女の失敗は、ニルシェを慕って無謀な賭けに出てしまったところだ。
人は、助けるという思いが強ければ強いほどそれを叶えようとする。例え、目標を達成するに際して、自分の力と時間が不足していても。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ」
魔女の家に入ると赤いドレスに身を包んだ女性がたっていた。
歳の頃はリディエリアよりも二、三ほど上だろうか。顔には黒の仮面をつけていた。
目と口だけくり抜かれた不気味なものだ。髪色はラズベリーを絡めたような赤。
魔女という名前に反して思った以上に派手な見た目をしている、というのがリディエリアの感想だった。
「それで? お前のお望みは」
魔女は以前のようなそやな口調ではなかった。
ゆったりとした貴婦人のようだ。
リディエリアは混乱した。本当に、彼女が以前あった魔女なのだろうか───?
「あの………あなたは」
「ああ。私。東の魔女よ、前にあったでしょう」
「その…………その時とは、随分と様子が………」
「これはね………その人の望むように見せる、ただの幻影よ。これは私であって私じゃない。あなたの望む容姿をそっくりそのままコピーさせてもらったの」
「…………へ」
間の抜けた声が出る。魔女はもう興味が無いとばかりにどかりとソファに座った。その仕草は確かに以前あった魔女と似通っている。
(私の望む、容姿………?)
リディエリアは自分の特徴の無い栗毛が嫌いだった。
そして、苺の精とあだ名づけられていたニルシェの赤髪がとてつもなく羨ましく、憧れを持っていたのだ。
そして、今目の前にいる魔女の髪は苺の精と褒め称えられたニルシェのものとかなり近い───。リディエリアはひゅ、と息を飲んだ。気味が悪い。
「それで? ただ世間話をするためだけに来たのじゃないでしょう」
問いかけにはっとする。ニルシェは震える声で言った。
「妃殿下の、魔法を解いてさしあげることは……できませんか」
都合のいい話だとわかっていた。虫のいい話だということも。
だけど、どうしても魔法の無効を求めてリディエリアはひとりでこんな場所にまで来てしまった。ニルシェへの迫害や悪意は日に日に酷くなっていく。
このままではニルシェは死んでしまうだろう。
以前よりもほっそりとした手首に、線の細い体躯。
ぶつかればそのまま気を失ってしまいそうなほど、儚くなってしまった。
ニルシェは決して嘆かない。自分の現状を嘆かず、憐れむこともしない。
ただただ、悪意をもって転ばされても、ゆっくりと立ち上がって、そのまま歩き出すのみ。
それはあまりにも痛々しかった。
そんな話があちこちに飛び交っているが、それは正しくないのだとリディ───リディエリアは思った。
リディエリアはニルシェの侍女だ。
彼女は貧乏子爵家の出だが、今は王太子妃の侍女などという大層な役どころを得ている。
それはニルシェの意向によるものだった。
元々リディエリアは公爵家の侍女だった。
それを引き抜かれる形で王宮へとついてきたのだ。
リディエリアが王宮入りできたのもニルシェからの覚えがめでたかったからだった。
『ねえ、リディもついてきてくれないかしら。ひとりだと不安なの』
『ですが、一介の侍女が王族に努めるなど』
ニルシェは婚姻式を迎えれば立派な王族のひとりとなる。
『確かに前例はないかもしれないけど……。ねえ、お願いよ。正式に許可が出たらお前も連れて行っていい?』
『私は構いませんが……』
『よかった! お給金もきっと倍近くになるわ。知ってるのよ。わが公爵家は、高位貴族筆頭であるにも関わらず、お給金が渋いって。王宮勤めに入れば年二回、ボーナスも出るようなの。いいことづくめよ!』
ニルシェの話す通りだった。ニルシェの生家は公爵家で金もあったが金銭については非常に厳しく、特に給金支払いに関しては正式に監査が入ったらかなりまずいのではというほどだった。
彼女の求めを王宮側は受け入れ、晴れてリディエリアは王宮にて王族へ仕えることとなった。給金はニルシェが話した額より少なかったが、新人にしては割のいい金額だった。
リディエリアはニルシェに感謝していた。
彼女のおかげで賃金も跳ね上がり、貧乏子爵家は再興へと向かっている。そんな中、リディエリアもまた自分の春を掴み取っていたからだ。
そんなニルシェが───。
敬愛し、慕っている主がこのような扱いを受けているのはリディエリアには耐えられなかった。
なぜ彼女がこんな扱いをされなくてはならない?
確かにニルシェは誤ったのだろう。
だけど、だとしても今の現状は誰も救わない。誰も幸福になどさせていないのだ。
今や、ニルシェは怪しげな術を使って王太子を篭絡させた悪女扱いだ。
みながニルシェを蔑み、嘲笑う。
寵愛を失ったどころか王太子から毛嫌いされる妃の行く末などそんなものだろう。
前々からリリーティアと親交のあった令嬢たちもとばっちりはごめんだとばかりに距離を取っている。
リディエリアはそれがたまらなく悔しかった。今や全てを知っているのはリディエリアだけなのだ。
王太子のニルシェへの愛がなぜなくなってしまったのか。
いや、なぜ変わってしまったのか。
それを知っているのはニルシェとリディエリアの二人だけ。
今間受けた恩を思い出し、リディエリアは前を向いた。
(私が……私にしかできない)
リディエリアは意気込んで、魔女の姿を見た。
──おそらく彼女の失敗は、ニルシェを慕って無謀な賭けに出てしまったところだ。
人は、助けるという思いが強ければ強いほどそれを叶えようとする。例え、目標を達成するに際して、自分の力と時間が不足していても。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ」
魔女の家に入ると赤いドレスに身を包んだ女性がたっていた。
歳の頃はリディエリアよりも二、三ほど上だろうか。顔には黒の仮面をつけていた。
目と口だけくり抜かれた不気味なものだ。髪色はラズベリーを絡めたような赤。
魔女という名前に反して思った以上に派手な見た目をしている、というのがリディエリアの感想だった。
「それで? お前のお望みは」
魔女は以前のようなそやな口調ではなかった。
ゆったりとした貴婦人のようだ。
リディエリアは混乱した。本当に、彼女が以前あった魔女なのだろうか───?
「あの………あなたは」
「ああ。私。東の魔女よ、前にあったでしょう」
「その…………その時とは、随分と様子が………」
「これはね………その人の望むように見せる、ただの幻影よ。これは私であって私じゃない。あなたの望む容姿をそっくりそのままコピーさせてもらったの」
「…………へ」
間の抜けた声が出る。魔女はもう興味が無いとばかりにどかりとソファに座った。その仕草は確かに以前あった魔女と似通っている。
(私の望む、容姿………?)
リディエリアは自分の特徴の無い栗毛が嫌いだった。
そして、苺の精とあだ名づけられていたニルシェの赤髪がとてつもなく羨ましく、憧れを持っていたのだ。
そして、今目の前にいる魔女の髪は苺の精と褒め称えられたニルシェのものとかなり近い───。リディエリアはひゅ、と息を飲んだ。気味が悪い。
「それで? ただ世間話をするためだけに来たのじゃないでしょう」
問いかけにはっとする。ニルシェは震える声で言った。
「妃殿下の、魔法を解いてさしあげることは……できませんか」
都合のいい話だとわかっていた。虫のいい話だということも。
だけど、どうしても魔法の無効を求めてリディエリアはひとりでこんな場所にまで来てしまった。ニルシェへの迫害や悪意は日に日に酷くなっていく。
このままではニルシェは死んでしまうだろう。
以前よりもほっそりとした手首に、線の細い体躯。
ぶつかればそのまま気を失ってしまいそうなほど、儚くなってしまった。
ニルシェは決して嘆かない。自分の現状を嘆かず、憐れむこともしない。
ただただ、悪意をもって転ばされても、ゆっくりと立ち上がって、そのまま歩き出すのみ。
それはあまりにも痛々しかった。
355
お気に入りに追加
1,356
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・
月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。
けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。
謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、
「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」
謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。
それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね――――
昨日、式を挙げた。
なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。
初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、
「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」
という声が聞こえた。
やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・
「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。
なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。
愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。
シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。
設定はふわっと。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる