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一章
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侍女たちはニルシェに気を遣っているが、その反面面白い話のタネを前に好奇心を隠せずにいた。廊下の曲がり角。死角となってニルシェの姿は侍女たちに見えない。
『可哀想よね、妃殿下。あんなに愛されていたのに、今はその真逆』
『もしかして彼女、何か魔法でも使ってたんじゃないの? ほら、それこそ惚れ薬とか! 』
『やだぁ、そんなの本当にあるの? でもそうかも。それか暗示よ。暗示。催眠術かけて王太子妃の座まで上り詰めたのよ!』
『何それ。最悪! そんな簡単にいくなら誰も苦労しないのよ。あーあ。羨ましい。私も妃殿下から聞けないかしら?』
『でも結局失敗してるじゃない。ここだけの話、王太子殿下はいつ廃妃にするか考えているそうよ』
『ぷっ、くすくす。やだぁ、なんて無様なの? 私だったら生きていけない! でも自業自得よね。偽りの愛で騙したあの女が悪いのよ』
自業自得。そうだ、自業自得だ。
ニルシェが悪いのだから。考えが足らなかったニルシェが悪い。
やったことは、責任を取らねばならない。だけど、どうやって………?
だんだん足元が崩れていくような錯覚に陥る。
その頃、ニルシェの病気はいよいよ本格的に酷くなってきた。
余命宣告されてから、もうそろそろ一ヶ月が経とうとしていた。
病気が酷くなり、ベッドに伏す時間も長くなってきた。そうなると、侍女たちの嘲りや嘲笑は、より酷くなった。
注意する人がいないからか、ニルシェの前でも小さく囁かれるようになり、露骨に嫌がらせされることも増えてきた。
だけど、彼女にそれを罰することはできない。ニルシェが招いたことだ。これはその報い。彼女たちを咎めることはも出来ない。
いや、ニルシェは誰かに罰されたいのかもしれない。これもまた、自己満足だ。
つくづく自己中心的な女なのだと彼女は思う。自分が嫌いで、嫌いで、どうしようもなかった。
そんな中、ただひとり、全ての事情を知るリディだけが全てを詳らかにすると言った。字侍女は悲しそうな顔をして、責任を感じているようだった。
──巻き込んでしまった。
ニルシェはそう思った。せめて彼女には負担をかけたくなくて、不幸にさせたくなくて。ニルシェは彼女に今までのことは全て忘れるように言った。
リディは頷かなかったけれど、王太子妃命令だと告げ、半ば無理やり口を閉ざさせる。
いつ、王太子妃でなくなるかはもはやわからないけれど。
社交界に出れば、いつだって嘲笑の的だ。今まではあんなに愛されていた王太子妃が突然王太子に毛嫌いされるようになれば、それは格好の話題にもなるだろう。
婦人は隠しきれない嘲笑を堪えて扇の下に顔を隠し。令嬢は勝ち誇ったような顔をしてニルシェを見た。紳士からは嘲りと、遊び相手として見られるようになった。ニルシェの周りに、味方はいない。
自業自得だ。ニルシェは自嘲した。
ヴィルヘルムはマナーとしてニルシェを会場までエスコートするが、一言も話さない。
視線も交わらない。
そして、会場に入るとすぐに腕を解いてどこかに行ってしまう。
残されたニルシェは彼に待って、とすがることもせず、ただひとり壁の花になった。
そして、捨てられた女を遊びの女として認識し近寄ってくる男たちに話しかけられる。
気を抜けば、そういう"遊び場"に連れていかれそうになることもあったし、令嬢や婦人に足を引っ掛けられ転びそうになる。
侮蔑と嘲笑はいつの間にか当たり前となった。
病状が悪化し、ベッドに伏せることが多くなってもヴィルヘルムは部屋に訪れることは無かった。
侍医に症状をみてもらい、ニルシェの病が難しいものだと知らされても、なお。
それでいい。これで、いい。
優しくされたら、きっと。
これはニルシェの罰なのだと、いつの日か、彼女は思うようになった。
王太子の訪れない王太子妃部屋は格好の標的となるなにせ何をしても気づかれることはない。隠れることの無い嫌がらせ行為は日に日に激しさを増す。
最初は水差しだ。
香辛料がいらられていたのか、飲むとすぐさま噎せてしまった。
次はドレス。
明らかに流行遅れな、誰が作ったのかよほど趣味の悪いデザインを着せられるようになる。
次は身の回りの世話。
ニルシェの身の回りの世話をするものは、リディを除いて誰もいなくなった。
これについては元から人望がなかったのだろうとニルシェは思った。
夜会の度に化粧や髪の支度を施され、髪を引っ張られ痛いくらいにきつくゆいあげられる。何本もの髪が抜け、床に落ちたが侍女は構わない。痛みをこらえながらもニルシェは言わなかった。
そのうち、わざとらしいくらいの大声で侍女が騒ぎ立てる。
『あらあらまあまあ、ごめんなさいね! でもまあいいですわよね? 着飾ったって誰もあなたのことなんて見ませんもの!』
そう言って髪を結っていた侍女が笑った。
アロアとは、時々顔を合わせた。
なるべく、極力顔を合わせないように気をつけていたが、どうしても王城にいる以上顔を合わせる機会はある。その度に彼女は、まるでおぞましいものでも見たたかのような顔をする。
ニルシェが気に食わない、というのが前面に出ているような顔だ。
ああも分かりやすいのは逆に珍しいのかもしれない。
偶然廊下ですれ違った時は、アロアは近くで掃除をしていたメイドのバケツを取って、頭からその汚水をニルシェにかぶせた。アロアは過激にニルシェを排除しようとする。
彼女はとことんニルシェが気に食わないようで、彼女の指示を受けた侍女が嫌がらせしてくることもよくある事だった。
(辛い、と思うことは度々ある。死にたい、と思うことも)
だけど、ニルシェがそう思うことは許されないのだろう。彼女はそう感じていた。
──なぜなら、この事態を招いたのはニルシェ自身だから。
『可哀想よね、妃殿下。あんなに愛されていたのに、今はその真逆』
『もしかして彼女、何か魔法でも使ってたんじゃないの? ほら、それこそ惚れ薬とか! 』
『やだぁ、そんなの本当にあるの? でもそうかも。それか暗示よ。暗示。催眠術かけて王太子妃の座まで上り詰めたのよ!』
『何それ。最悪! そんな簡単にいくなら誰も苦労しないのよ。あーあ。羨ましい。私も妃殿下から聞けないかしら?』
『でも結局失敗してるじゃない。ここだけの話、王太子殿下はいつ廃妃にするか考えているそうよ』
『ぷっ、くすくす。やだぁ、なんて無様なの? 私だったら生きていけない! でも自業自得よね。偽りの愛で騙したあの女が悪いのよ』
自業自得。そうだ、自業自得だ。
ニルシェが悪いのだから。考えが足らなかったニルシェが悪い。
やったことは、責任を取らねばならない。だけど、どうやって………?
だんだん足元が崩れていくような錯覚に陥る。
その頃、ニルシェの病気はいよいよ本格的に酷くなってきた。
余命宣告されてから、もうそろそろ一ヶ月が経とうとしていた。
病気が酷くなり、ベッドに伏す時間も長くなってきた。そうなると、侍女たちの嘲りや嘲笑は、より酷くなった。
注意する人がいないからか、ニルシェの前でも小さく囁かれるようになり、露骨に嫌がらせされることも増えてきた。
だけど、彼女にそれを罰することはできない。ニルシェが招いたことだ。これはその報い。彼女たちを咎めることはも出来ない。
いや、ニルシェは誰かに罰されたいのかもしれない。これもまた、自己満足だ。
つくづく自己中心的な女なのだと彼女は思う。自分が嫌いで、嫌いで、どうしようもなかった。
そんな中、ただひとり、全ての事情を知るリディだけが全てを詳らかにすると言った。字侍女は悲しそうな顔をして、責任を感じているようだった。
──巻き込んでしまった。
ニルシェはそう思った。せめて彼女には負担をかけたくなくて、不幸にさせたくなくて。ニルシェは彼女に今までのことは全て忘れるように言った。
リディは頷かなかったけれど、王太子妃命令だと告げ、半ば無理やり口を閉ざさせる。
いつ、王太子妃でなくなるかはもはやわからないけれど。
社交界に出れば、いつだって嘲笑の的だ。今まではあんなに愛されていた王太子妃が突然王太子に毛嫌いされるようになれば、それは格好の話題にもなるだろう。
婦人は隠しきれない嘲笑を堪えて扇の下に顔を隠し。令嬢は勝ち誇ったような顔をしてニルシェを見た。紳士からは嘲りと、遊び相手として見られるようになった。ニルシェの周りに、味方はいない。
自業自得だ。ニルシェは自嘲した。
ヴィルヘルムはマナーとしてニルシェを会場までエスコートするが、一言も話さない。
視線も交わらない。
そして、会場に入るとすぐに腕を解いてどこかに行ってしまう。
残されたニルシェは彼に待って、とすがることもせず、ただひとり壁の花になった。
そして、捨てられた女を遊びの女として認識し近寄ってくる男たちに話しかけられる。
気を抜けば、そういう"遊び場"に連れていかれそうになることもあったし、令嬢や婦人に足を引っ掛けられ転びそうになる。
侮蔑と嘲笑はいつの間にか当たり前となった。
病状が悪化し、ベッドに伏せることが多くなってもヴィルヘルムは部屋に訪れることは無かった。
侍医に症状をみてもらい、ニルシェの病が難しいものだと知らされても、なお。
それでいい。これで、いい。
優しくされたら、きっと。
これはニルシェの罰なのだと、いつの日か、彼女は思うようになった。
王太子の訪れない王太子妃部屋は格好の標的となるなにせ何をしても気づかれることはない。隠れることの無い嫌がらせ行為は日に日に激しさを増す。
最初は水差しだ。
香辛料がいらられていたのか、飲むとすぐさま噎せてしまった。
次はドレス。
明らかに流行遅れな、誰が作ったのかよほど趣味の悪いデザインを着せられるようになる。
次は身の回りの世話。
ニルシェの身の回りの世話をするものは、リディを除いて誰もいなくなった。
これについては元から人望がなかったのだろうとニルシェは思った。
夜会の度に化粧や髪の支度を施され、髪を引っ張られ痛いくらいにきつくゆいあげられる。何本もの髪が抜け、床に落ちたが侍女は構わない。痛みをこらえながらもニルシェは言わなかった。
そのうち、わざとらしいくらいの大声で侍女が騒ぎ立てる。
『あらあらまあまあ、ごめんなさいね! でもまあいいですわよね? 着飾ったって誰もあなたのことなんて見ませんもの!』
そう言って髪を結っていた侍女が笑った。
アロアとは、時々顔を合わせた。
なるべく、極力顔を合わせないように気をつけていたが、どうしても王城にいる以上顔を合わせる機会はある。その度に彼女は、まるでおぞましいものでも見たたかのような顔をする。
ニルシェが気に食わない、というのが前面に出ているような顔だ。
ああも分かりやすいのは逆に珍しいのかもしれない。
偶然廊下ですれ違った時は、アロアは近くで掃除をしていたメイドのバケツを取って、頭からその汚水をニルシェにかぶせた。アロアは過激にニルシェを排除しようとする。
彼女はとことんニルシェが気に食わないようで、彼女の指示を受けた侍女が嫌がらせしてくることもよくある事だった。
(辛い、と思うことは度々ある。死にたい、と思うことも)
だけど、ニルシェがそう思うことは許されないのだろう。彼女はそう感じていた。
──なぜなら、この事態を招いたのはニルシェ自身だから。
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