上 下
7 / 8

好きだから、██

しおりを挟む
とん、と肩を押され、シーツに背がついた。
ベッドに寝かされた私の肩の横に、彼が手をつく。

その時になってようやく、私は衝撃から抜け出した。
呆然と考え込んでいる場合ではないと思い至ったのだ。

「ファルアラン」

「お嬢様、あなたが聖女であることを止められないと仰るなら──」

彼の手が、私の手を取った。
まるですくい上げるように。
手の甲にまた、口付けが落とされる。
物事に疎い私ですら、分かる。
これはいけないことだ。
認められていないことだ。
異性との過剰な接触は、許されていない。

「退きなさい」

「嫌です」

「お前、」

「お断りします。言ったはずです。私は──俺は、あなたが聖女であることをやめさせたい。あなたが国を、民を、どうしようもない、クズのようなこの世界を愛し、慈しんでいるのは知っています。だけどそれが、俺には許し難い。何も返さないどころか、砂をかけるような真似をされてなぜ、あなたは未だに聖女で在ろうとしているのですか?」

ぐっと、距離が縮まった。
至近距離で、視線が交わる。
鼻が触れてしまいそうで、私は顔を背けた。
彼が息を詰める気配がして、首筋に濡れた感覚が走った。

「ファルアラン!」

「あまり叫ばれるのは良くないのでは?ここの店主は、違法な商売をしているだけあって目こぼしをしますが──度が過ぎていると、様子を見に来るかもしれません」

「お前は……お前まで・・・・、私を裏切るの!」

「とんでもない。私はずっと……あなたのため、──いえ。私のために。あなたを求めていました。ずっとずっと、あなたを聖女という枷から解き放ちたいと思っていました。『ラスザランのため』『顔も知らない、声も知らない、全くの他人である国民のため』あなたは、命を擲とうという。は……なんて、馬鹿馬鹿しい」

「な──」

息を飲む。
まさか、彼がそんなふうに思っているなんて。
衝撃にも似た感情が、私を貫き、抵抗する力を奪った。
心底馬鹿にしたような、鼻で笑うような、そんな声。
彼は、理解わかってくれているわけではなかった。

私の想いを。
私の願いを。
私の希望を。

彼は、私の持つものを誇りとも、矜恃とも取らずに、ただ、荷物だと考えたのだ。
それが、何よりも──。

「軽蔑しましたか?」

彼が、静かに問いかけた。
いや、疑問に思う声ではない。
そう思うだろうと、決めつけている声だった。

シーツに縫い付けられた手から力が抜けて、私に抵抗の意思がないと知ったのだろう。

「……そうね」

呟いた声は、か細く、空気に溶けた。

「許しは必要ありません。あなたが何を言おうと、私は止める気はない」

「…………」

私は自身の騎士にまで、裏切られるのか。
呆然と、淡々と、静かに、彼を見た。
泣きたいのに、怒りたいのに、悲しいのに、怖いのに。
何を言えばいいか分からないし、何をしたいのかも分からない。
蹴り飛ばして、裏切り者と罵ってやればいいのだろうか。
今すぐ出ていけと命じればいいのだろうか。
でも、その後は。
追われる立場の私がひとり、神殿まで向かえるだろうか?

ああ、どちらにせよ。

彼の冷たい瞳はまるで氷のように私を捕まえている。
逃がしはしないと言っているような目だ。
逃げようにも、私ひとりでは逃げられるはずがないのに。
追っ手からも、私を捕まえる、彼の手からも。

武術など嗜んでいない。
ただでさえ世間に疎い私が、ひとりで生きていけるはずもない。

(信じてたのに……)

それを、彼は鼻で笑い飛ばした。
最初から。
最初から、ずっと、ずっと。
彼は、私の忠実な騎士ではなかったのだ。

張り詰めていた糸のようなものが、切れた。

彼が、胸元のリボンを解く。
黒のリボンが宙を踊り、視界に入る。
彼は、私の意思など関係ないと言ったくせにずいぶんと丁寧に私に触れた。
もっと、乱暴にことを進めるのだと思っていた。

「……裏切り者」

ぽつり、言うと彼の手が一瞬、止まる。
だけど何事も無かったかのように私の服を剥いでゆく。胸元が緩められ、コルセットが露わになる。
異性の前で肌を見せるのは、当然のことだが初めてのことだ。
しかも相手がファルアランなんて──。
あまりにも悲しくて、苦しい。
彼は、少し悩んだように手を止めた後、私から黒の手袋を脱がせた。
コルセットの紐をゆるめるためか、彼が背中に手を回す。私は視線を背け、陽に焼けた壁を見つめる。

「抵抗されないのですか」

耳元で囁かれる。
だけど私は答えなかった。
だって、何を言えばいい。

抵抗したらやめてくれるの?
そうじゃないのなら、何のために。

あまり騒いだら店主が見に来るかもしれないと脅したのはあなたのくせに。

その意味を込めて睨みつけると、ファルアランは、自分勝手に私を暴いているにも関わらず──動揺した様子を見せた。
それが、気に食わない。
身勝手に求めるならもっと乱暴に、もっと欲に忠実に、暴き、貪ればいいのに。

なぜ、私を気遣う素振りを見せるの。
なぜ、傷ついたように振る舞うの。

その、中途半端な優しさが──私をより、苦しめるというのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

わたしは不要だと、仰いましたね

ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。 試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう? 国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も── 生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。 「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」 もちろん悔しい。 だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。 「きみに足りないものを教えてあげようか」 男は笑った。 ☆ 国を変えたい、という気持ちは変わらない。 王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。 *以前掲載していたもののリメイク

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...