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好きだから、██
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とん、と肩を押され、シーツに背がついた。
ベッドに寝かされた私の肩の横に、彼が手をつく。
その時になってようやく、私は衝撃から抜け出した。
呆然と考え込んでいる場合ではないと思い至ったのだ。
「ファルアラン」
「お嬢様、あなたが聖女であることを止められないと仰るなら──」
彼の手が、私の手を取った。
まるですくい上げるように。
手の甲にまた、口付けが落とされる。
物事に疎い私ですら、分かる。
これはいけないことだ。
認められていないことだ。
異性との過剰な接触は、許されていない。
「退きなさい」
「嫌です」
「お前、」
「お断りします。言ったはずです。私は──俺は、あなたが聖女であることをやめさせたい。あなたが国を、民を、どうしようもない、クズのようなこの世界を愛し、慈しんでいるのは知っています。だけどそれが、俺には許し難い。何も返さないどころか、砂をかけるような真似をされてなぜ、あなたは未だに聖女で在ろうとしているのですか?」
ぐっと、距離が縮まった。
至近距離で、視線が交わる。
鼻が触れてしまいそうで、私は顔を背けた。
彼が息を詰める気配がして、首筋に濡れた感覚が走った。
「ファルアラン!」
「あまり叫ばれるのは良くないのでは?ここの店主は、違法な商売をしているだけあって目こぼしをしますが──度が過ぎていると、様子を見に来るかもしれません」
「お前は……お前まで、私を裏切るの!」
「とんでもない。私はずっと……あなたのため、──いえ。私のために。あなたを求めていました。ずっとずっと、あなたを聖女という枷から解き放ちたいと思っていました。『ラスザランのため』『顔も知らない、声も知らない、全くの他人である国民のため』あなたは、命を擲とうという。は……なんて、馬鹿馬鹿しい」
「な──」
息を飲む。
まさか、彼がそんなふうに思っているなんて。
衝撃にも似た感情が、私を貫き、抵抗する力を奪った。
心底馬鹿にしたような、鼻で笑うような、そんな声。
彼は、理解ってくれているわけではなかった。
私の想いを。
私の願いを。
私の希望を。
彼は、私の持つものを誇りとも、矜恃とも取らずに、ただ、荷物だと考えたのだ。
それが、何よりも──。
「軽蔑しましたか?」
彼が、静かに問いかけた。
いや、疑問に思う声ではない。
そう思うだろうと、決めつけている声だった。
シーツに縫い付けられた手から力が抜けて、私に抵抗の意思がないと知ったのだろう。
「……そうね」
呟いた声は、か細く、空気に溶けた。
「許しは必要ありません。あなたが何を言おうと、私は止める気はない」
「…………」
私は自身の騎士にまで、裏切られるのか。
呆然と、淡々と、静かに、彼を見た。
泣きたいのに、怒りたいのに、悲しいのに、怖いのに。
何を言えばいいか分からないし、何をしたいのかも分からない。
蹴り飛ばして、裏切り者と罵ってやればいいのだろうか。
今すぐ出ていけと命じればいいのだろうか。
でも、その後は。
追われる立場の私がひとり、神殿まで向かえるだろうか?
ああ、どちらにせよ。
彼の冷たい瞳はまるで氷のように私を捕まえている。
逃がしはしないと言っているような目だ。
逃げようにも、私ひとりでは逃げられるはずがないのに。
追っ手からも、私を捕まえる、彼の手からも。
武術など嗜んでいない。
ただでさえ世間に疎い私が、ひとりで生きていけるはずもない。
(信じてたのに……)
それを、彼は鼻で笑い飛ばした。
最初から。
最初から、ずっと、ずっと。
彼は、私の忠実な騎士ではなかったのだ。
張り詰めていた糸のようなものが、切れた。
彼が、胸元のリボンを解く。
黒のリボンが宙を踊り、視界に入る。
彼は、私の意思など関係ないと言ったくせにずいぶんと丁寧に私に触れた。
もっと、乱暴にことを進めるのだと思っていた。
「……裏切り者」
ぽつり、言うと彼の手が一瞬、止まる。
だけど何事も無かったかのように私の服を剥いでゆく。胸元が緩められ、コルセットが露わになる。
異性の前で肌を見せるのは、当然のことだが初めてのことだ。
しかも相手がファルアランなんて──。
あまりにも悲しくて、苦しい。
彼は、少し悩んだように手を止めた後、私から黒の手袋を脱がせた。
コルセットの紐をゆるめるためか、彼が背中に手を回す。私は視線を背け、陽に焼けた壁を見つめる。
「抵抗されないのですか」
耳元で囁かれる。
だけど私は答えなかった。
だって、何を言えばいい。
抵抗したらやめてくれるの?
そうじゃないのなら、何のために。
あまり騒いだら店主が見に来るかもしれないと脅したのはあなたのくせに。
その意味を込めて睨みつけると、ファルアランは、自分勝手に私を暴いているにも関わらず──動揺した様子を見せた。
それが、気に食わない。
身勝手に求めるならもっと乱暴に、もっと欲に忠実に、暴き、貪ればいいのに。
なぜ、私を気遣う素振りを見せるの。
なぜ、傷ついたように振る舞うの。
その、中途半端な優しさが──私をより、苦しめるというのに。
ベッドに寝かされた私の肩の横に、彼が手をつく。
その時になってようやく、私は衝撃から抜け出した。
呆然と考え込んでいる場合ではないと思い至ったのだ。
「ファルアラン」
「お嬢様、あなたが聖女であることを止められないと仰るなら──」
彼の手が、私の手を取った。
まるですくい上げるように。
手の甲にまた、口付けが落とされる。
物事に疎い私ですら、分かる。
これはいけないことだ。
認められていないことだ。
異性との過剰な接触は、許されていない。
「退きなさい」
「嫌です」
「お前、」
「お断りします。言ったはずです。私は──俺は、あなたが聖女であることをやめさせたい。あなたが国を、民を、どうしようもない、クズのようなこの世界を愛し、慈しんでいるのは知っています。だけどそれが、俺には許し難い。何も返さないどころか、砂をかけるような真似をされてなぜ、あなたは未だに聖女で在ろうとしているのですか?」
ぐっと、距離が縮まった。
至近距離で、視線が交わる。
鼻が触れてしまいそうで、私は顔を背けた。
彼が息を詰める気配がして、首筋に濡れた感覚が走った。
「ファルアラン!」
「あまり叫ばれるのは良くないのでは?ここの店主は、違法な商売をしているだけあって目こぼしをしますが──度が過ぎていると、様子を見に来るかもしれません」
「お前は……お前まで、私を裏切るの!」
「とんでもない。私はずっと……あなたのため、──いえ。私のために。あなたを求めていました。ずっとずっと、あなたを聖女という枷から解き放ちたいと思っていました。『ラスザランのため』『顔も知らない、声も知らない、全くの他人である国民のため』あなたは、命を擲とうという。は……なんて、馬鹿馬鹿しい」
「な──」
息を飲む。
まさか、彼がそんなふうに思っているなんて。
衝撃にも似た感情が、私を貫き、抵抗する力を奪った。
心底馬鹿にしたような、鼻で笑うような、そんな声。
彼は、理解ってくれているわけではなかった。
私の想いを。
私の願いを。
私の希望を。
彼は、私の持つものを誇りとも、矜恃とも取らずに、ただ、荷物だと考えたのだ。
それが、何よりも──。
「軽蔑しましたか?」
彼が、静かに問いかけた。
いや、疑問に思う声ではない。
そう思うだろうと、決めつけている声だった。
シーツに縫い付けられた手から力が抜けて、私に抵抗の意思がないと知ったのだろう。
「……そうね」
呟いた声は、か細く、空気に溶けた。
「許しは必要ありません。あなたが何を言おうと、私は止める気はない」
「…………」
私は自身の騎士にまで、裏切られるのか。
呆然と、淡々と、静かに、彼を見た。
泣きたいのに、怒りたいのに、悲しいのに、怖いのに。
何を言えばいいか分からないし、何をしたいのかも分からない。
蹴り飛ばして、裏切り者と罵ってやればいいのだろうか。
今すぐ出ていけと命じればいいのだろうか。
でも、その後は。
追われる立場の私がひとり、神殿まで向かえるだろうか?
ああ、どちらにせよ。
彼の冷たい瞳はまるで氷のように私を捕まえている。
逃がしはしないと言っているような目だ。
逃げようにも、私ひとりでは逃げられるはずがないのに。
追っ手からも、私を捕まえる、彼の手からも。
武術など嗜んでいない。
ただでさえ世間に疎い私が、ひとりで生きていけるはずもない。
(信じてたのに……)
それを、彼は鼻で笑い飛ばした。
最初から。
最初から、ずっと、ずっと。
彼は、私の忠実な騎士ではなかったのだ。
張り詰めていた糸のようなものが、切れた。
彼が、胸元のリボンを解く。
黒のリボンが宙を踊り、視界に入る。
彼は、私の意思など関係ないと言ったくせにずいぶんと丁寧に私に触れた。
もっと、乱暴にことを進めるのだと思っていた。
「……裏切り者」
ぽつり、言うと彼の手が一瞬、止まる。
だけど何事も無かったかのように私の服を剥いでゆく。胸元が緩められ、コルセットが露わになる。
異性の前で肌を見せるのは、当然のことだが初めてのことだ。
しかも相手がファルアランなんて──。
あまりにも悲しくて、苦しい。
彼は、少し悩んだように手を止めた後、私から黒の手袋を脱がせた。
コルセットの紐をゆるめるためか、彼が背中に手を回す。私は視線を背け、陽に焼けた壁を見つめる。
「抵抗されないのですか」
耳元で囁かれる。
だけど私は答えなかった。
だって、何を言えばいい。
抵抗したらやめてくれるの?
そうじゃないのなら、何のために。
あまり騒いだら店主が見に来るかもしれないと脅したのはあなたのくせに。
その意味を込めて睨みつけると、ファルアランは、自分勝手に私を暴いているにも関わらず──動揺した様子を見せた。
それが、気に食わない。
身勝手に求めるならもっと乱暴に、もっと欲に忠実に、暴き、貪ればいいのに。
なぜ、私を気遣う素振りを見せるの。
なぜ、傷ついたように振る舞うの。
その、中途半端な優しさが──私をより、苦しめるというのに。
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