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世界でただ一人
しおりを挟む「十二の頃まで、市井で育ちましたので。そこらの貴族よりは世間を知っております」
「……お前を──いえ。私の手助けに協力したのは誰?大臣の誰かかしら?それとも、牢獄の見張り?……なわけがないわね。お前と知り合いとは思えないもの」
私が問いかけると、彼は淡々と答えた。
「王太子殿下のご協力です」
「王太子……。そう。彼が」
王太子──ゲイルバード・ラスザラン。
私と同い年の彼は、争いごとを好まない性格で、政よりも音楽に興味を持っているひとだった。
聖女という立場上、彼と顔を合わす機会は多くあった。
意図的に城内の配置を変えたのも、きっと彼だろう。だから私たちは難なく城を抜け出すことが出来た。
「今回のことを、世間ではどう言っているの?国は──王は、どう発表を?」
「国の発表は、教会が出したものと概ね同じです。【正しい聖女を発見した。悪しき偽の聖女には、罰を与える】。ざっくり言うとそんなものでしょうか」
「正しい聖女……。陛下は、聖女をリュナ王女と信じて疑わない様子だったけど、そんなこと有り得るのかしら。聖女は生まれつき紋様が二の腕に刻まれている。リュナ王女にその紋様はなかったのでしょう?後天的な聖女の刻印なんて、聞いたことがないわ」
「恐らく、王女の謀りごとでしょう。あるいは、教会に唆されたか」
「どういうこと?」
顔を上げると、ファルアランも私を見た。
「【ロベリア】の聖女と、【クロリス】の聖女、というお言葉は先程の女から聞いたと思いますが」
「……。ええ」
ずっと気になっていたことだ。
ロベリアは薄青の小さな花だ。
クロリスは、淡い桃色のバラを指す。
私が頷くと、彼は私を真っ直ぐに見て言った。
「まず、この呼び名の始まりは、教会がきっかけです。彼らが、意図的にその名を広めた」
「…………」
「単純な話です。ロベリアは、花言葉に【悪意】という意味を持つ。クロリスは、花の女神クロリスを象徴します。真実の聖女──と謳う彼女を示す言葉にふさわしいと考えたのでしょう」
(悪意……)
つまり、【ロベリア】の聖女、とは悪意の聖女、という意味だったのか。
悪意をもって、聖女の名を騙り、騙し続けた、偽りの聖女。そういうことなのだろう。
「教会は、なぜリュナ王女を真の聖女として扱うのかしら……」
「…………」
ぽつり、と零した私の疑問に、彼は僅かに逡巡するような顔をした。
なにか口にしようとして、言い淀んだ様子を見せた。
だけど、答えることに決めたのだろう。
僅かに眉を寄せながら、口にした。
「……そうすることで、教会に利することがあるのでしょう」
「──」
「お嬢様は、知らないでしょう。教会が──聖職者と呼ばれる人間が、いかに薄汚く、欲に駆られた生き物なのか。彼らは【金持ちは天に召されない】という教えを受けているにも関わらず、金に汚く、贅食を楽しみ、欲に溺れている。……あなたが思うような……──あなたのように清らかなものではない」
「そ、れは……」
にわかには信じ難い話だった。
聖職者は、基本、肉を禁じられ、食事も質素なものであるはずだ。
神の教えを受け、忠実にそれを守る彼らは、一年前に受けた罰の贖罪のために、清貧であることを誓っているという。
その彼らが──堕落した生活を送っている?
言葉を無くす私に、さらにファルアランが言った。
「一万年前、あるいは、数千年前までは、忠実に神の教え……とやらを守っていたのかもしれませんが、今や教会は腐敗し、汚職が蔓延している。あの王女を真の聖女と定めたのも、王族と何らかの取引があったのでは?」
彼はなんてことのないように言った。
元から、教会など信じていないかのように。
ラスザランの民でありながら、神の存在そのものを疑うように。
呆然とする私を見て、彼が薄く微笑んだ。
「何も知らずに、真摯に祈り、真摯に神を信じ、民を想い、聖女で在ろうとする、エベリウム様。あなただけだ。あなただけが、真実にその肩書きの意味を守ろうとしている」
ふ、と彼が立ち上がり、私の隣に座った。
ぎしり、とふたり分の体重を受けたベッドが軋む。
だけどその音すら気にならないほどに、私は混乱していた。
教会が、神の教えを裏切っている──?
神に虐げられ、神に守られたこの国で、神を裏切る行為を──?
「お嬢様」
するりと、彼の声が耳に滑り込んできた。
彼の手が、私の手の甲を覆うように被さり、もう片方の手が、私の頬を撫でた。
群青の瞳と、視線が交わった。
近くで見ると、流星が散っているように見える彼の瞳の色彩に、私が映り込む。
私はただ、彼を見つめていた。
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