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【ロベリア】の聖女

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ぽつぽつと降り出した雨は、あっという間に豪雨となった。
日が暮れるにつれ、雨足は強まった。

城下町近くの街に入ると、彼は馬から降りて、私もまた、彼に支えられながら下馬する。
向かった先は、大通りから離れた酒屋が並ぶとおりだった。
色の香りが強いその場所で、私と彼の組み合わせはとても目立つようだった。
四方からじろじろと視線を向けられる。

「…………」

道端には、ネグリジェのような薄い服を纏った女が複数人立っている。
ここが色街であることはあきらかだ。
なぜ彼がここに来たのか、彼の意図が掴めないながらも、私は彼の隣を歩いた。
少し歩いただけでも、酒屋がいくつか隣合って並んでいる。店の前では女が品定めするようにこちらを見ていた。
ここは、酒屋──というよりも、娼館と言った方が近いのではないだろうか。
私が困惑していると、するりと音もなく女がファルアランに近寄った。

「お兄さん、とっても綺麗ね。ね、一晩どうかしら。安くしてあげる」

あからさまな誘いの言葉に内心ギョッとしていると、彼は慣れたように私の肩を抱き寄せた。それにもまた、驚いた。

「女なら既に買ってる」

彼の素っ気ない、冷たいともいえる声に、女は先程の勢いは削がれたようだった。

「あ、そう。三人で、っていうのも良くないかしら?楽しませるけど」

「そういう性癖はない。ついでに、お前は俺の好みでもない」

「な……!!」

「…………」

女性を振り切るための演技だとわかっていても、動揺した。
私の知る彼は、いつだって私の感情を第一に優先してくれる。
彼は優しいひとだ。
だから、彼の厳しい言葉を聞くのは初めてだった。

「さいってい!いくら黒髪って言ってもねぇ!あの・・聖女と同じ色じゃない!【ロベリア】の聖女だったかしら?あんなんと同じ色とか、私は無理!私は【クロリス】の聖女と同じ銀髪だもの。こちらの方がよほど魅了的だわ」

「──」

ロベリアの聖女?
私が思わず彼女に視線を向けようとした時、ふと視線が遮られた。
ファルアランだ。
彼はさっと私の目元を手で覆い隠すと、もう片方の手で私の手を引いた。
無視される形となった女はさらに憤慨していたようだが、今は彼女よりも気になることがあった。

「ねえ、ロベリアの聖女って」

「もう少しで宿に着きます。それまではお静かに」

口早に彼が言う。
彼に手を引かれた私は、ぐっと言葉を飲み込んだ。
やがて彼が入ったのは、看板のない、酒屋だった。

彼は、カウンター内にいる店主にいくらかの金を渡すと、そのまま奥の階段へ向かった。
歩く度に床がギシギシと軋む。
床が抜けないか気になりながら進んだ先で、彼が鍵を取りだした。
先程店主から受け取ったもののようだ。
鍵を回し扉を開けると、彼が先に入り、私もそれに続いた。

キィ、バタン、という木の軋む音が響き、扉が閉まった。
ファルアランが、無表情に扉の鍵を回した。

「……それで、色々と気になることがあるのだけど。説明してくれるのかしら」

扉のすぐ近くで、私は彼に尋ねた。
彼は私を静かに見つめた後、まつ毛を伏せて頷いた。

「はい。ようやく一心地着きましたので。とはいえ、長居は禁物です。明日の朝にはここを出ます」

「…………。お前が、大通りではなくここを選んだのには、訳があるの?」

私は部屋を見回した。
簡素で質素な部屋には、ベッドと木の椅子くらいしかない。
私はただ馬に乗っていただけだが、馬を操り王都からこの街まで来たファルアランは疲れているだろう。
彼に椅子を譲るべきだと考え、私はベッドに腰掛けた。
しかし、彼は椅子に座ることなく、立ったままだ。顔を上げると、彼は跪いた。
私の前で。

「仰るとおりです」

私の手を取り、彼が私の手の甲に口付ける。
その後、指先にも。
私は自身の手を取り戻すと、彼に命じた。

「あなたも座りなさい。そこにいられると気になります」

「かしこまりました」

彼は素直に椅子に腰掛けると、長い銀髪を後ろに払った。
冷たさすら感じる容姿の彼がそうすると、その仕草さえも意図めいたものを感じてしまう。
エラント子爵家に連れてこられた時は、ただ見目が優れた少年に過ぎなかったのだが、子爵家で過ごすうちに気品さが身についたためだろう。
彼からは優雅さも感じ取れた。

「大通りの食事処や宿屋は、教会と通じているため、使えません。店主かれらには、教会への報告義務があります。我々が現れたことを知れば、不審な人物として、教会支部へ報告する」

「……そうなの」

私は彼から知らされた事実と、自身の無知さ、両方に驚いた。

思えば私は、何も知らない。
知らされていないのだ。
本来なら貴族令嬢は幼い頃からサロンで情報交換を行うが、生まれながらに聖女であった私にそれは当てはまらない。

私に課されたことは毎日の祈りだけ。
聖女として生きることが、私に求められたことだった。

「この辺りは、不正に開かれている店です。酒屋や娼館は、教会への登録義務がありますが、彼らはそれをしていない。教会に登録できない理由があるのか、あるいは登録税の支払いを拒んでいるためか──理由は不明ですが、判明していることがあります」

「……不正に開かれている店ならば、教会に密告されない?」

「その可能性は高いかと」

「……そうなの。あなた、物知りね。私が世間知らずなだけかしら」
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