51 / 59
二章:賢者食い
賢者食いの伯爵
しおりを挟む
そして、その後。
テオは用事がある、と言って出てしまったので、またしても私とファーレのふたり組である。
先程のようにただ抱き上げられているだけでは先程の男女が私たちだと勘づかれる可能性がある。苦肉の策で、私はファーレに横抱きにしてもらった。
これなら傍目から見たら女性が女性を介抱しているようにしか見えない……はず!
いや、女のひとが、例え相手が女であっても抱き上げるのは難しい。それで練り歩くのはほぼ不可能──と、分かっていても。
怪力の女性&何らかの理由で介抱を必要としている女性の組み合わせでいくしかない……!
今ほど魔法が使えない現状に悔やんだことはない。魔法があれば、こんな捻挫すぐに治癒できるのに……!!
だんだん何でこんなに頑張っているのかわからなくなっている。やっぱりファーレをどうにかする方が早かったかもしれない。
ちら、と私を抱き上げて悠々と歩く彼に視線を向けると、私の眼差しに気付いた彼がにっこりと笑う。美女らしく、端然と。
「俺のこと殺せばよかったーなんて物騒なこと考えてないですよね?」
「直接的なことは特に……。どうにか機能停止させられないかしら、とは思ったけど」
「わぁ、半殺し宣言だー、熱烈ダナー」
棒読みでファーレが答える。
(……とはいえ)
今、この場には私とファーレしかいない。
今の私は魔法が使えない。それを彼も知っている。それなのに私と行動を共にする理由はなに……?しようと思えば彼は今、この場に私を置いていくことだって可能なのだ。
彼の立場を考えるとそんなことはしないとわかっているが、彼は私の所在地を報告できないだけであって、それ以外の行動は縛られていない。
彼の意図が読めない。探るように見つめていると、私の視線がグサグサ刺さっているだろう彼が、あからさまに苦笑した。
「あのー、そんなに見つめられるとさすがにやりにくいっていうか」
「……あなたは」
何を考えているの?
その言葉は、突然割って入っていたおおきな声にかき消された。
「まぁた【賢者食い】の伯爵かい!」
「今度は誰が犠牲者になったんだい?」
「もしや、今回の国境封鎖は伯爵を罰するためのものなんじゃないのか!?ほら、逃げられないようにさ!!」
次々聞こえてくる声に、私はばっとそちらを向いた。そこには、数人の男女がいた。
彼らは屋台の前で足を止め、店主と思わしく男性と言葉を交わしている。私はファーレに小声で言った。
「速度を落として」
「へいへい、注文の多いご令嬢ですねぇ」
ファーレも小声で答える。彼の真意は読めないが、それよりも気になることがある。
それは──。
「誰でも賢者に仕立て上げるって話の伯爵様かい!」
「四番通り、木材屋の倅のサムがいるだろう?あの落ちこぼれのサムだ!あいつ、伯爵邸を訪れたんだってよ!それからなぁ、いきなりとんでもねぇ魔力を持つようになって……」
「人間から魔力を奪い、人間に魔力を与える。噂で聞いたんだけどよ、あの伯爵様は人間じゃないらしいぜ」
「おやまっ!もしや神様なんて言うんじゃないだろうね!」
「あんなおっかない神様がいるもんか!」
そこでドッと笑いが起こった。
彼らの話はそれからまた別のものに変わり、それ以上の話を聞くことは出来なかった。
私たちも、いくらゆっくり歩いているとは言ってもあからさまにその場に留まるのは不自然だ。私はファーレにひとつ頷いて、そのまま大通りを通り過ぎた。
大通りを抜けた先──私の目的地に到着する。
そこは、広場。
広場の中央には噴水が置かれているが、季節を配慮してか水は流れていなかった。その後ろに、横長の掲示板がある。掲示板には魔法ギルドのクエストを示す、黄金の紙が何枚も貼られていた。
陽も沈んで、空もすっかり暗いのに掲示板の前にはひとがいた。彼らはそれぞれ掲示板に貼られたクエストを見ているようだ。
街に必ず設置されている、魔法ギルドの掲示板。掲示板には魔法がかけられている、夜になると朧気に光り出す仕様のようだ。
今の私には、掲示板にかけられた魔法の構成、魔力の流れを感知することはできない。
ファーレに促して掲示板に近づくと、たくさんのクエストが目に入った。
私はその場で下ろしてもらい、クエストに視線を走らせた。
【魔道具製作者、大募集中!報酬は一件千ギルから。※魔力量、魔力行使度に応じて要相談】
【船の護衛募集中。報酬は一回で一万ギル。
必要スキル:防御魔法に優れていること】
様々なクエストが並ぶ中、ふとひとつの紙が目に入った。それは、どのクエストよりも目立つように掲示板の中央におおきく張り出されている。
【募集:魔力量に自信がある方、勇気ある方。
我こそは賢者の生まれ変わりだ、と自負する方、あるいは勇気ある方。ぜひ足をお運びください。魔力量、その勇気に応じて、報酬を支払います。報酬は最低五万ギルから】
「ごまっ……!?」
あまりにも破格な値だ。
驚いた私に、ファーレがわずかに瞳を細めた。
「……魔法ギルドは、王家直轄の軍属です。怪しいクエストは載せられないはずなんですけど……」
このクエストには、【最低五万ギルから】と記されている。そして、募集欄には【魔力量に自信がある方、勇気ある方】と書かれてあって、制限はないようなもの。こんなクエストを掲載したらふつう、金銭目的でひとが殺到するはずなのだけど──。
一体誰がこんなばかげたクエストを……?と依頼主を見ると、そこには。
【ジェームズ・グレイズリー】
という名前が。
テオは用事がある、と言って出てしまったので、またしても私とファーレのふたり組である。
先程のようにただ抱き上げられているだけでは先程の男女が私たちだと勘づかれる可能性がある。苦肉の策で、私はファーレに横抱きにしてもらった。
これなら傍目から見たら女性が女性を介抱しているようにしか見えない……はず!
いや、女のひとが、例え相手が女であっても抱き上げるのは難しい。それで練り歩くのはほぼ不可能──と、分かっていても。
怪力の女性&何らかの理由で介抱を必要としている女性の組み合わせでいくしかない……!
今ほど魔法が使えない現状に悔やんだことはない。魔法があれば、こんな捻挫すぐに治癒できるのに……!!
だんだん何でこんなに頑張っているのかわからなくなっている。やっぱりファーレをどうにかする方が早かったかもしれない。
ちら、と私を抱き上げて悠々と歩く彼に視線を向けると、私の眼差しに気付いた彼がにっこりと笑う。美女らしく、端然と。
「俺のこと殺せばよかったーなんて物騒なこと考えてないですよね?」
「直接的なことは特に……。どうにか機能停止させられないかしら、とは思ったけど」
「わぁ、半殺し宣言だー、熱烈ダナー」
棒読みでファーレが答える。
(……とはいえ)
今、この場には私とファーレしかいない。
今の私は魔法が使えない。それを彼も知っている。それなのに私と行動を共にする理由はなに……?しようと思えば彼は今、この場に私を置いていくことだって可能なのだ。
彼の立場を考えるとそんなことはしないとわかっているが、彼は私の所在地を報告できないだけであって、それ以外の行動は縛られていない。
彼の意図が読めない。探るように見つめていると、私の視線がグサグサ刺さっているだろう彼が、あからさまに苦笑した。
「あのー、そんなに見つめられるとさすがにやりにくいっていうか」
「……あなたは」
何を考えているの?
その言葉は、突然割って入っていたおおきな声にかき消された。
「まぁた【賢者食い】の伯爵かい!」
「今度は誰が犠牲者になったんだい?」
「もしや、今回の国境封鎖は伯爵を罰するためのものなんじゃないのか!?ほら、逃げられないようにさ!!」
次々聞こえてくる声に、私はばっとそちらを向いた。そこには、数人の男女がいた。
彼らは屋台の前で足を止め、店主と思わしく男性と言葉を交わしている。私はファーレに小声で言った。
「速度を落として」
「へいへい、注文の多いご令嬢ですねぇ」
ファーレも小声で答える。彼の真意は読めないが、それよりも気になることがある。
それは──。
「誰でも賢者に仕立て上げるって話の伯爵様かい!」
「四番通り、木材屋の倅のサムがいるだろう?あの落ちこぼれのサムだ!あいつ、伯爵邸を訪れたんだってよ!それからなぁ、いきなりとんでもねぇ魔力を持つようになって……」
「人間から魔力を奪い、人間に魔力を与える。噂で聞いたんだけどよ、あの伯爵様は人間じゃないらしいぜ」
「おやまっ!もしや神様なんて言うんじゃないだろうね!」
「あんなおっかない神様がいるもんか!」
そこでドッと笑いが起こった。
彼らの話はそれからまた別のものに変わり、それ以上の話を聞くことは出来なかった。
私たちも、いくらゆっくり歩いているとは言ってもあからさまにその場に留まるのは不自然だ。私はファーレにひとつ頷いて、そのまま大通りを通り過ぎた。
大通りを抜けた先──私の目的地に到着する。
そこは、広場。
広場の中央には噴水が置かれているが、季節を配慮してか水は流れていなかった。その後ろに、横長の掲示板がある。掲示板には魔法ギルドのクエストを示す、黄金の紙が何枚も貼られていた。
陽も沈んで、空もすっかり暗いのに掲示板の前にはひとがいた。彼らはそれぞれ掲示板に貼られたクエストを見ているようだ。
街に必ず設置されている、魔法ギルドの掲示板。掲示板には魔法がかけられている、夜になると朧気に光り出す仕様のようだ。
今の私には、掲示板にかけられた魔法の構成、魔力の流れを感知することはできない。
ファーレに促して掲示板に近づくと、たくさんのクエストが目に入った。
私はその場で下ろしてもらい、クエストに視線を走らせた。
【魔道具製作者、大募集中!報酬は一件千ギルから。※魔力量、魔力行使度に応じて要相談】
【船の護衛募集中。報酬は一回で一万ギル。
必要スキル:防御魔法に優れていること】
様々なクエストが並ぶ中、ふとひとつの紙が目に入った。それは、どのクエストよりも目立つように掲示板の中央におおきく張り出されている。
【募集:魔力量に自信がある方、勇気ある方。
我こそは賢者の生まれ変わりだ、と自負する方、あるいは勇気ある方。ぜひ足をお運びください。魔力量、その勇気に応じて、報酬を支払います。報酬は最低五万ギルから】
「ごまっ……!?」
あまりにも破格な値だ。
驚いた私に、ファーレがわずかに瞳を細めた。
「……魔法ギルドは、王家直轄の軍属です。怪しいクエストは載せられないはずなんですけど……」
このクエストには、【最低五万ギルから】と記されている。そして、募集欄には【魔力量に自信がある方、勇気ある方】と書かれてあって、制限はないようなもの。こんなクエストを掲載したらふつう、金銭目的でひとが殺到するはずなのだけど──。
一体誰がこんなばかげたクエストを……?と依頼主を見ると、そこには。
【ジェームズ・グレイズリー】
という名前が。
1,340
お気に入りに追加
6,973
あなたにおすすめの小説
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。
白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?
*6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」
*外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

平凡なる側室は陛下の愛は求めていない
かぐや
恋愛
小国の王女と帝国の主上との結婚式は恙なく終わり、王女は側室として後宮に住まうことになった。
そこで帝は言う。「俺に愛を求めるな」と。
だが側室は自他共に認める平凡で、はなからそんなものは求めていない。
側室が求めているのは、自由と安然のみであった。
そんな側室が周囲を巻き込んで自分の自由を求め、その過程でうっかり陛下にも溺愛されるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる