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二章:賢者食い
テオとアレクサンダー③
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「──」
アデルは驚きに息を飲んだ。
とうぜんだ。エレインが、国内でもっとも豊富な魔力量を保有している彼女が魔法を使えなくなるなど、有り得ない。一体何がどうなって魔法が使えない状況に陥いるのか、彼女には分からない。困惑する彼女に、アレクサンダーはふたたび言葉を続けた。
「あるいは、魔法を使いたくても使えない状況下にある……と見るべきだ。それなら、魔力探知機に引っかからない理由にも納得がいく。転移魔法を使って国内を出ない理由にもな」
「ですが殿下は先程、クマの大群に襲われたと話していませんでしたか?召喚術か、あるいは洗脳魔法による動物使役。あれはエレイン嬢にしかできないと思います」
「……エレインは協力者とともに行動している可能性がある。その協力者が魔法を使った、とは考えられない?」
「まさか。あの魔法は高難易度で……」
「事実は小説よりも奇なり、とはよく言うでしょう。今は可能性全てを考えるべきだ。もし彼女が何者かと一緒に行動していて、その相手が魔法を行使し僕の手を振り切った……と考えるなら、魔力探知機が作動しなかった理由にもなる。あれは故障がないか調べさせるが、今はその線がもっとも濃厚だ。そして」
アレクサンダーは、ふ、と笑みを浮かべ窓の外に視線を向けた。窓の外は雲がかかり、今にも天候が崩れそうだ。先程アデルは、明日は雪が降るかもしれない、といったが確かにその通りだ。この寒さからして、明日は降雪してもおかしくはなかった。
「その協力者が例え、エレインと同じくらいの魔力量を保有する人間だとしたら、未だに国内に留まっている現状に説明がつかない。……つまり、相手の協力者は、変わった魔法を使うことは出来るものの、転移魔法を行使するほどの実力はない、と見るべきだ」
「…………」
すらすらと自身の考えを述べたアレクサンダーは、そのまま窓辺に歩いていった。鍵を開け、窓を開けると、途端びゅう、と冷たいく風が室内に入り込んでくる。その冷たい風に煽られ、彼はわずかに目を細めたが、そのまま窓の向こうに視線を向けながら言葉を続けた。
「転移魔法を使えない、それがわかっているなら話は早い。……国境を超えるなら、必ず関所を通る必要がある。港は既に押えているし、追われている立場なら船は選ばない。……国境さえ封じてしまえエレインは国を出られない」
自論を述べたアレクサンダーに、アデルは驚きながらも話を聞いていた。
確かに、彼の話は筋が通っている。可能性としてはじゅうぶん有り得た。魔力探知機が作動しない理由。それでいて、エレインは魔法を使ってアレクサンダーから逃げ遂せた。
その不可解な点の説明にもなっていた。
アデルはしみじみアレクサンダーを見つめた。
【光の王子】と二つ名を与えられるほどだ。アレクサンダーは同性から見ても腹立たしいほど整った容姿をしている。くすんでいない黄金の髪はさらさらとしており、水色の瞳は柔和で、甘やかな印象を他者に与える。
一言で言えば、アレクサンダーは女性受けがすこぶる良いのだ。
男らしさには欠けるが、甘い顔立ちに、ハスキーな声。それに加え王族ともなれば、とうぜんだが女性が放っておくはずがない。
アレクサンダー自身、自分の容姿が女性から好意的に見られることを知っていて、その印象を崩さないように接している。
その中身はかなりの腹黒だが、上辺だけ見ればアレクサンダーはかなりの好条件の結婚相手と見ていいだろう。
アデル自身、社交界で何度となく妬心を含む視線をもらったことがあるし、あからさまに嫌味を言われたことだって少なくない。
その度に、女性の恐ろしさを再確認し、アレクサンダーの上辺しか知らないのに想いを募らせる女性を不憫に思ったりもしたものだ。
アレクサンダーはそのまま外を見つめていたがふと、呟いた。
「……雪が降ってきたね」
その声でアデルは我に返った。
そして、気がついた時には既に部屋の空気はだいぶ下がっていた。アレクサンダーが窓を開けたせいである。彼女はため息交じりに抗議した。
「……殿下。寒いです。窓を閉めてください」
「部屋は熱気がこもっていて考え事に向いてないんだよ。暖炉の火、消そうかな」
「ご冗談はおやめください。風邪引きますよ」
呆れたように言う彼女にアレクサンダーがちいさく笑を零した。
だけど次の瞬間、彼はすっと静かにアデルを見つめる。
その視線に、恋人や婚約者に向ける甘やかさは一切ない。ただ、命令を下す権力者としての眼差しだ。
「父に話を」
「……かしこまりました」
アデルはすっと胸の前に拳を当てて了承した。
初秋のアーロアに雪が降り始める。
やがて、それから数日もしないうちに国境を守る関所が全て封鎖された。
アデルは驚きに息を飲んだ。
とうぜんだ。エレインが、国内でもっとも豊富な魔力量を保有している彼女が魔法を使えなくなるなど、有り得ない。一体何がどうなって魔法が使えない状況に陥いるのか、彼女には分からない。困惑する彼女に、アレクサンダーはふたたび言葉を続けた。
「あるいは、魔法を使いたくても使えない状況下にある……と見るべきだ。それなら、魔力探知機に引っかからない理由にも納得がいく。転移魔法を使って国内を出ない理由にもな」
「ですが殿下は先程、クマの大群に襲われたと話していませんでしたか?召喚術か、あるいは洗脳魔法による動物使役。あれはエレイン嬢にしかできないと思います」
「……エレインは協力者とともに行動している可能性がある。その協力者が魔法を使った、とは考えられない?」
「まさか。あの魔法は高難易度で……」
「事実は小説よりも奇なり、とはよく言うでしょう。今は可能性全てを考えるべきだ。もし彼女が何者かと一緒に行動していて、その相手が魔法を行使し僕の手を振り切った……と考えるなら、魔力探知機が作動しなかった理由にもなる。あれは故障がないか調べさせるが、今はその線がもっとも濃厚だ。そして」
アレクサンダーは、ふ、と笑みを浮かべ窓の外に視線を向けた。窓の外は雲がかかり、今にも天候が崩れそうだ。先程アデルは、明日は雪が降るかもしれない、といったが確かにその通りだ。この寒さからして、明日は降雪してもおかしくはなかった。
「その協力者が例え、エレインと同じくらいの魔力量を保有する人間だとしたら、未だに国内に留まっている現状に説明がつかない。……つまり、相手の協力者は、変わった魔法を使うことは出来るものの、転移魔法を行使するほどの実力はない、と見るべきだ」
「…………」
すらすらと自身の考えを述べたアレクサンダーは、そのまま窓辺に歩いていった。鍵を開け、窓を開けると、途端びゅう、と冷たいく風が室内に入り込んでくる。その冷たい風に煽られ、彼はわずかに目を細めたが、そのまま窓の向こうに視線を向けながら言葉を続けた。
「転移魔法を使えない、それがわかっているなら話は早い。……国境を超えるなら、必ず関所を通る必要がある。港は既に押えているし、追われている立場なら船は選ばない。……国境さえ封じてしまえエレインは国を出られない」
自論を述べたアレクサンダーに、アデルは驚きながらも話を聞いていた。
確かに、彼の話は筋が通っている。可能性としてはじゅうぶん有り得た。魔力探知機が作動しない理由。それでいて、エレインは魔法を使ってアレクサンダーから逃げ遂せた。
その不可解な点の説明にもなっていた。
アデルはしみじみアレクサンダーを見つめた。
【光の王子】と二つ名を与えられるほどだ。アレクサンダーは同性から見ても腹立たしいほど整った容姿をしている。くすんでいない黄金の髪はさらさらとしており、水色の瞳は柔和で、甘やかな印象を他者に与える。
一言で言えば、アレクサンダーは女性受けがすこぶる良いのだ。
男らしさには欠けるが、甘い顔立ちに、ハスキーな声。それに加え王族ともなれば、とうぜんだが女性が放っておくはずがない。
アレクサンダー自身、自分の容姿が女性から好意的に見られることを知っていて、その印象を崩さないように接している。
その中身はかなりの腹黒だが、上辺だけ見ればアレクサンダーはかなりの好条件の結婚相手と見ていいだろう。
アデル自身、社交界で何度となく妬心を含む視線をもらったことがあるし、あからさまに嫌味を言われたことだって少なくない。
その度に、女性の恐ろしさを再確認し、アレクサンダーの上辺しか知らないのに想いを募らせる女性を不憫に思ったりもしたものだ。
アレクサンダーはそのまま外を見つめていたがふと、呟いた。
「……雪が降ってきたね」
その声でアデルは我に返った。
そして、気がついた時には既に部屋の空気はだいぶ下がっていた。アレクサンダーが窓を開けたせいである。彼女はため息交じりに抗議した。
「……殿下。寒いです。窓を閉めてください」
「部屋は熱気がこもっていて考え事に向いてないんだよ。暖炉の火、消そうかな」
「ご冗談はおやめください。風邪引きますよ」
呆れたように言う彼女にアレクサンダーがちいさく笑を零した。
だけど次の瞬間、彼はすっと静かにアデルを見つめる。
その視線に、恋人や婚約者に向ける甘やかさは一切ない。ただ、命令を下す権力者としての眼差しだ。
「父に話を」
「……かしこまりました」
アデルはすっと胸の前に拳を当てて了承した。
初秋のアーロアに雪が降り始める。
やがて、それから数日もしないうちに国境を守る関所が全て封鎖された。
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