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二章:賢者食い

笛使いの秘密

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夜が開けると、私たちはアルヴェールを目指して南下すことになった。
火の始末をしながら、私はふと思い出したことをテオに尋ねる。

「そういえば……聞くのが遅くなっちゃったけど、テオが吹いていた笛は何だったんですか?」

私の質問に、荷物をまとめていたテオがその手を止めた。

「ああ……この笛?」

する、と彼が首元からなにか取り出した。笛だ。手のひらサイズの小さな笛は、テオの首に提げられていた。
どおりで、どこからともなく笛が現れたわけだわ、と私は納得した。

「なんですかそれ?」

ファーレも気になったようで、私と一緒にテオの取り出した笛を見た。角笛は、組紐のようなものに通され、テオの首にかかっている。

(確か……これを吹いたらクマが突然現れて……)

それで追っ手から逃げられたのだ。ファーレの言うとおりなら、あの場にいたのは第二王子殿下だったことになる。第二王子──アレクサンダー殿下に抱いている印象は、ほかの貴族の令嬢と似たようなものだと思う。

月の姫君と呼ばれるエリザベス王女殿下の対のような存在の、アレクサンダー第二王子殿下。光の王子、という二つ名まである方だ。いつも微笑みを絶やさない優しげな王子様の姿は、社交界の令嬢の羨望の的である。彼は、誰とでもフランクに接するが、誰に対しても同じような態度を取っている……ように見える。
なんとなく、油断出来ない……というか、隙のない方だな、というのが私の感想だ。
そんな方が、私の次の婚約者。頭が痛くなる。彼の現婚約者であるアデル様のこともあるし、アレクサンダー殿下と婚約、ひいては結婚なんて、正直想像もできない。

私はファーレから聞かされた自身の婚約についてそんなことを考えながら、テオの持つ角笛を見つめた。ファーレと私の視線を受けたテオは、角笛を胸元に仕舞いながら答える。

「コール猟って知ってる?」

「コール猟?」

「狩猟する時に主に使われる猟法ですね。鳥の鳴き声を真似て作られた笛で、その笛を吹いて、鹿をおびき寄せるんですよ」

首を傾げた私に変わり、ファーレが短く説明してくれた。テオはその説明に頷くようにまつ毛を伏せ、言葉を続けた。

「これは、そのやり方を応用して作られた笛だよ。もっとも、現れるのはクマだけどね」

「へえ……そんなこともできるんですね。私はテオが動物使いなのかと思いました」

私の感想にテオが呆れた顔をする。

「動物使いって……オレにそんな技量はないよ」

「呼び出すクマって何のクマですか?ヒグマ?アロアグマ?」

アロアグマは、アーロア国北部によく見られるクマで、比較的大人しめな性格をしている。雑食で、人間を襲うこともあまり無い。
ヒグマは……前の世界にもいたので、その危険性は説明されずとも知っている。ファーレの質問に、テオは少し考え込んだあと、答えた。

「んー……。クマなら種類は問わないはず」

ということは、現れたのはヒグマである可能性もあるのだ。
私は密かに第二王子殿下の無事を祈った。

護衛もいたはずだし、きっと無事なはず。何の装備もなく辺鄙な森に王族が入るわけないものね……!それにしたって、護衛がひとりというのはあまりにも危険ではあるけど。
そこで、私は彼の言葉に違和感を覚えた。彼は、クマなら種類を問わないはず、と答えた。

「…………はず?」

彼の言葉を繰り返すと、私はテオを見た。
彼は朝方、川で水を汲んできたばかりの水筒を手に持ち、蓋がきちんと閉まっているかを確認している。

「これを作ったのはオレじゃない。貰い物なんだよ」

「……へぇ。どうりで。これ、そうとう珍しい品ですよね?笛でクマを呼び出すなんて、聞いたことないですし」

ファーレがそう言う、ということはかなり珍しいのだろう。テオの国で作られたものなのだろうか。さすが異世界。魔法がある時点でファンタジーだと思っていたが、そんなこともできるのね……。
しみじみ思っていると、ファーレがさらに質問を重ねた。

「これ、魔法がかかってますよね?」

「えっ、そうなの?」

「……多少はね」

テオの返答にますます私は混乱する。
魔法で、クマを呼び出す……!?そんな魔法聞いたこともない。

(動物を使役する系の魔法はないし……となると、洗脳系?)

だけど洗脳系の魔法はかなり難易度が高い上に、ハイリスクだ。それも対象は基本、ひとだったはず。動物相手……となると、通常の魔法構成じゃ無理なのではないかしら?やったことがないので、断言はできないがそうとう難しいはずだ。
驚いてただ瞬きを繰り返していると、そこでテオが荷物をまとめ終わった。

「オレも詳しい原理は知らない。ただ、かなり魔法に詳しい人間が作ったから、細工くらいはしてるかもね」

「へえ……。貰い物、って言ってましたけどそれ、彼女とかからですか?」

「へぇっ!?」

ファーレのからかうな声に反応したのは私だ。
奇しくもファーレと同じ言葉を発してしまった。発音は全く違うけれど。

テオに……!?彼女!?
それはすなわち、恋人!?

……テオに!?
どこかひと嫌いというか、他人と関わることを好まなそうに見えるテオに……!?そんな深い関係のひとが……!

テオと恋人という相容れなさそうな言葉の組み合わせに、失礼ながらもバッと彼を見てしまう。
視線の先で、彼はとても嫌そうな顔をしていた。おそらくは、茶化す気満々と言った様子のファーレを見つめ──いや、睨みながらテオは答えた。

「それ、アンタに関係ある?」

「お、ということは」

「妹だよ。期待に答えられなくて悪いけど」

「テオ、妹さんがいるんですか……」

思えば、私はテオのことを何も知らない。
結局まだ何も聞けていない……!

だけど今慌てる必要はないか、と思い直す。アルヴェールまでは、どう早く見積っても一週間以上かかる。それまでに彼の人となりは知れるだろう。呑気かもしれないが、今はテオが安全なひと、ということだけわかっていればじゅうぶんだ。
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