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二章:賢者食い
令嬢なので、残念ながら運動神経の方は
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そのまま少し歩いた先で──突然、テオが私の手を引く反対の腕を大きく振り上げた。
途端、鋭い金属音。
「おわぁっ……と!弾かれちった」
続いて、どこか呑気な声。
「だ、誰!?」
私は慌てて顔を上げた。
すると、そこにはひとりの不審人物。
そのひとは、私たちの頭の上の、木の枝にしゃがみこむように座っていた。かなりガラの悪い座り方だ。いわゆるヤンキー座り。
しかし、全身を覆うような黒のローブを身につけているのでガラが悪い、というよりただの不審人物にしか見えない。
凝視していると、そのひとは私に向かって声をかけてきた。
「そこにいるのはファルナー伯爵家のご令嬢?家出はよくありませんねー。早くお戻りください。でないと、俺が怒られるので!」
「なっ……」
『なんでそんなことあなたに言われなきゃならないの!』という感情と、『なんでそれを知ってるの!?』という気持ちが混ざる。結果、驚くだけになった私の隣で、静かにテオがそのひとに尋ねる。
「お前は?」
「俺は──とある高貴な方に雇われている、何でも屋です」
「さっき、殿下、とか聞こえたけど」
やっぱり聞き間違えじゃなかった!
テオも聞こえていたらしい。
テオの言葉に、男のひとは「あちゃー」とでも言いたげな声を出した。
「あらら……もう知ってるんですか。もしかしてお会いしました?」
「どう思う?」
はぐらかすようなテオの言葉に、相手の男性が黙った。そして、先程より少し低めの声を出す。
「俺、そういうはっきりしない言い方嫌いなんですよ。ということはあの方とは会ってないんですね?──エレイン嬢!」
突然、名を呼ばれてびっくりする。
私は思わず大きな声で返事をしていた。
「は、はい!……って、そうじゃないわ。私、もう戻らないからっ!それにどうして殿下──…………殿下!?王太子殿下!?それとも第二王子殿下!?」
今になってようやく理解する。
殿下──アーロア国でそう呼ばれるひとはふたりしかいない。
王太子の、メレク殿下。
そしてもうひとりは、第二王子のアレクサンダー殿下。
そのどちらとも、私はあまりお話したことがない。さすがに、面識がないとは言わないが個人的なお話をしたことなどない。
王太子殿下にしろ、第二王子殿下にしろ、単身私を追いかけてくる理由が思い当たらない。目を白黒させる私に、未だ木の上の男性は、「あー」とやけに間延びした声を出した。
「俺からはなんとも……」
「と、とにかく……!私はもう戻らないわ!戻るならあなたおひとりでどうぞ!」
「いや、そうもいかないんですって。俺は命じられたとおりに動くだけです、しっ!」
突然、その男がふわりと丈の長いローブの裾を翻して木の上から降り立ってくる。そのまま彼の腕が私に伸びてきて、身構える前に横から腰を押された。
──テオだ。
「うひゃあ!?」
つんのめり、バランスを崩して地面の上にダイブした。
そのおかげで男の手に捕まらずに済んだものの、スッテーンとものの見事に転んでしまった。顔面が土だらけだ!!
口の中に土が入り込んでしまったのか、土の味がするが、怪我はない。
……地面が土でよかった!!
やけくそ気味に私は手をついて体を起こした。
そして顔を上げて目を丸くする。
いつの間にか、テオの手には短剣が握られていた。
そして──相手の男のフードがはらわれ、素顔があらわになっている。
今の一瞬で一体何があったというのか……。
男は意外にも、年若そうに見えた。
赤色の髪は長く、肩あたりでひとつに結んでいる。目も同色の赤。
男は、自身の頭に触れ、フードが取れたことを知ると短く舌打ちをした。
「お兄さんさ、何者?若く見えるけど……騎士とか?」
「さあね。それより、ここは見逃してくれないかな。ことを大きくしたくないし──何より、手荒な真似はしたくない」
テオの淡々とした声が響き、男の眉がぴくりと反応する。
おそらく、【手荒な真似はしたくない】という言葉に反応したのだ。
森にピリリとした空気が広がった。
ま、まずい。一触即発の空気を感じとり、さすがの私も焦った。
テオは、私というお荷物を拾ったばかりに本来しなくてもいい諍いに巻き込まれている。これは私が何とかしなければ……!
せめてもの拾われた立場として、彼にこれ以上余計な労力を費やさせるべきではない。
私は何とか立ち上がると、足を踏み出した。
「ちょっと待って!ここはひとつ、穏便に話し合いといきましょうよ!ね!!我々には対話という、素晴らしくも尊いものがあっ」
と、そこまで言ったその時。
途端、私の足首に激痛が走り、その場に私は倒れた。
──顔から。
ステーン、ともバタンッとも言えない、重たい音が響く。
見事なまでの転倒劇に、ふたりの視線が集中しているのがわかる。しかし私はそれどころではない。見事な転げ具合に恥ずかしさが込み上げてきたし、何よりも……!
(ま、また口の中に土が……!!)
土の味、本日二回目。
私は美味しい食事を楽しみたいのであって、土の味を堪能したいわけではないのよ……!!
土を好むのは虫だけだ!!
もう、踏んだり蹴ったりすぎて泣けてくる。
足首は痛いし口は土の味だし!
おそらく、先程転倒した時に、足首を捻ってしまったのだろう。突然のことだったとはいえ、転び方が悪く足首を捻ってしまうとか運が悪すぎる。私は土の上でバンザイをするように両手を放り出しながら沈黙した。
ややあって、男のひとの戸惑った声が聞こえてきた。
「え、何?生きてます……?」
「生きてるわよ!」
その声に反応して私は顔を上げた。
しかし口の中はジャリジャリしている。
途端、鋭い金属音。
「おわぁっ……と!弾かれちった」
続いて、どこか呑気な声。
「だ、誰!?」
私は慌てて顔を上げた。
すると、そこにはひとりの不審人物。
そのひとは、私たちの頭の上の、木の枝にしゃがみこむように座っていた。かなりガラの悪い座り方だ。いわゆるヤンキー座り。
しかし、全身を覆うような黒のローブを身につけているのでガラが悪い、というよりただの不審人物にしか見えない。
凝視していると、そのひとは私に向かって声をかけてきた。
「そこにいるのはファルナー伯爵家のご令嬢?家出はよくありませんねー。早くお戻りください。でないと、俺が怒られるので!」
「なっ……」
『なんでそんなことあなたに言われなきゃならないの!』という感情と、『なんでそれを知ってるの!?』という気持ちが混ざる。結果、驚くだけになった私の隣で、静かにテオがそのひとに尋ねる。
「お前は?」
「俺は──とある高貴な方に雇われている、何でも屋です」
「さっき、殿下、とか聞こえたけど」
やっぱり聞き間違えじゃなかった!
テオも聞こえていたらしい。
テオの言葉に、男のひとは「あちゃー」とでも言いたげな声を出した。
「あらら……もう知ってるんですか。もしかしてお会いしました?」
「どう思う?」
はぐらかすようなテオの言葉に、相手の男性が黙った。そして、先程より少し低めの声を出す。
「俺、そういうはっきりしない言い方嫌いなんですよ。ということはあの方とは会ってないんですね?──エレイン嬢!」
突然、名を呼ばれてびっくりする。
私は思わず大きな声で返事をしていた。
「は、はい!……って、そうじゃないわ。私、もう戻らないからっ!それにどうして殿下──…………殿下!?王太子殿下!?それとも第二王子殿下!?」
今になってようやく理解する。
殿下──アーロア国でそう呼ばれるひとはふたりしかいない。
王太子の、メレク殿下。
そしてもうひとりは、第二王子のアレクサンダー殿下。
そのどちらとも、私はあまりお話したことがない。さすがに、面識がないとは言わないが個人的なお話をしたことなどない。
王太子殿下にしろ、第二王子殿下にしろ、単身私を追いかけてくる理由が思い当たらない。目を白黒させる私に、未だ木の上の男性は、「あー」とやけに間延びした声を出した。
「俺からはなんとも……」
「と、とにかく……!私はもう戻らないわ!戻るならあなたおひとりでどうぞ!」
「いや、そうもいかないんですって。俺は命じられたとおりに動くだけです、しっ!」
突然、その男がふわりと丈の長いローブの裾を翻して木の上から降り立ってくる。そのまま彼の腕が私に伸びてきて、身構える前に横から腰を押された。
──テオだ。
「うひゃあ!?」
つんのめり、バランスを崩して地面の上にダイブした。
そのおかげで男の手に捕まらずに済んだものの、スッテーンとものの見事に転んでしまった。顔面が土だらけだ!!
口の中に土が入り込んでしまったのか、土の味がするが、怪我はない。
……地面が土でよかった!!
やけくそ気味に私は手をついて体を起こした。
そして顔を上げて目を丸くする。
いつの間にか、テオの手には短剣が握られていた。
そして──相手の男のフードがはらわれ、素顔があらわになっている。
今の一瞬で一体何があったというのか……。
男は意外にも、年若そうに見えた。
赤色の髪は長く、肩あたりでひとつに結んでいる。目も同色の赤。
男は、自身の頭に触れ、フードが取れたことを知ると短く舌打ちをした。
「お兄さんさ、何者?若く見えるけど……騎士とか?」
「さあね。それより、ここは見逃してくれないかな。ことを大きくしたくないし──何より、手荒な真似はしたくない」
テオの淡々とした声が響き、男の眉がぴくりと反応する。
おそらく、【手荒な真似はしたくない】という言葉に反応したのだ。
森にピリリとした空気が広がった。
ま、まずい。一触即発の空気を感じとり、さすがの私も焦った。
テオは、私というお荷物を拾ったばかりに本来しなくてもいい諍いに巻き込まれている。これは私が何とかしなければ……!
せめてもの拾われた立場として、彼にこれ以上余計な労力を費やさせるべきではない。
私は何とか立ち上がると、足を踏み出した。
「ちょっと待って!ここはひとつ、穏便に話し合いといきましょうよ!ね!!我々には対話という、素晴らしくも尊いものがあっ」
と、そこまで言ったその時。
途端、私の足首に激痛が走り、その場に私は倒れた。
──顔から。
ステーン、ともバタンッとも言えない、重たい音が響く。
見事なまでの転倒劇に、ふたりの視線が集中しているのがわかる。しかし私はそれどころではない。見事な転げ具合に恥ずかしさが込み上げてきたし、何よりも……!
(ま、また口の中に土が……!!)
土の味、本日二回目。
私は美味しい食事を楽しみたいのであって、土の味を堪能したいわけではないのよ……!!
土を好むのは虫だけだ!!
もう、踏んだり蹴ったりすぎて泣けてくる。
足首は痛いし口は土の味だし!
おそらく、先程転倒した時に、足首を捻ってしまったのだろう。突然のことだったとはいえ、転び方が悪く足首を捻ってしまうとか運が悪すぎる。私は土の上でバンザイをするように両手を放り出しながら沈黙した。
ややあって、男のひとの戸惑った声が聞こえてきた。
「え、何?生きてます……?」
「生きてるわよ!」
その声に反応して私は顔を上げた。
しかし口の中はジャリジャリしている。
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