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二章:賢者食い
第二王子の憂鬱①
しおりを挟む王に、エレインとの婚約を約束させたアレクサンダーはそのまま謁見の間を出た。
残されたエリザベスが、さっきの話はなんだと王に詰め寄る声が聞こえてきたが、アレクサンダーは我関せずとそれを無視した。
回廊を出て、部屋に戻ろうとした時だった。
背後から、彼を呼び止める声が聞こえてくる。
「殿下」
アレクサンダーが振り返れば、そこには全身を黒に包んだ、いかにも怪しげな男がいた。フードを深く被っているため、顔は分からない。
だが、アレクサンダーは相手の男をよく理解していた。なにせ、彼は自身の部下だ。
この男は、アレクサンダーが拾い、自身の暗部構成員に加えた。
男は、膝をついたままアレクサンダーに言う。
「お言葉通り例の場所を見張っておりますが、まだ見付かっておりません」
「……そう。魔法探知機は?」
「反応していません」
「おっかしいなぁ……。あの子は魔法が大の得意だろう?だから、魔法を使ってすぐにでも国を出ると踏んでたんだけど……」
アレクサンダーは、壁に背を預けると独り言のように呟いた。
それから、また男に視線を向けた。
「まあいいや。周囲の探索は?」
「ある程度は。魔力でも探っておりますが、反応がありません」
ここ最近発明されたばかりの魔法探知機には、新たな機能が追加された。
それは、ひとの魔力に反応する機能だ。魔法を使った後に必ず残る魔力痕さえあれば、魔力探知は可能だ。事前にエレインの魔力をデータ化していたアレクサンダーは、魔法探知機にデータを読み込ませ、それを元に探させていたのだが、それも不発だった。
アレクサンダーの眉が寄る。
「彼女は、魔法を使っていない、ということ?」
「……可能性としては有り得るかと」
「そんなことって有り得るのかな。彼女は、魔法がなければ、ただのふつうの女の子だ。体力だって、平民の女に劣る。世間知らずで体力もあまりないお嬢さんが、魔法もなしに国を出られるとは──」
思わない、と続けようとした言葉は、ぴたりと止まった。
アレクサンダーが、なにかに気がついたようにその薄青の瞳を鋭くさせた。
そして、くちびるの端を持ち上げて、冷ややかな笑みを浮かべた。
「そうだね……。あるいは、ほかの男と──協力者と、いる可能性、かな」
「いかがなさいますか」
男の言葉に、アレクサンダーはちらりと彼を見て答えた。
「引き続き捜索するように。見つけたら、必ず僕に連絡を。勝手な行動は許さない」
「御意」
男は、それだけ答えると足音も立てずにその場を後にした。
しばらくアレクサンダーはその場で、壁に背を預けていたが、やがて細く息を吐く。
(……まさか、彼女が塔から飛び降りるなんてな)
彼女に行動力があるのは既に知っていた。
そして、意外にも肝が座っていて、物怖じしないということも。繊細そうに見えて、怒りのゲージを振り切ると途端、普段の彼女からは想像もつかないような行動に出る。
それを──彼は、よく知っている。
なぜなら、初めて彼女を目にした時。
まさに彼女はその時【思いもがけない行動】に出ていたからだ。
あれは、今から二年前のこと。
エリザベスが社交界デビューをしたはいいものの、体の弱い妹はなかなか夜会に出てこられない。アレクサンダーも、折り合いの悪い妹と積極的に顔を合わせたいものではない。
そのため、エリザベスが夜会に出てこないのは、彼にとって気が楽なものでもあった。
だけどその夜は、たまたま彼女の体調が良かったために、出席することとなった。
父王から、兄としてエリザベスを見ておくよう言い含められ、渋々、アレクサンダーは妹が視界に入る場所で酒を飲んでいた。
兄のメレクは既婚者であることを理由に、断っていた。エリザベス自身、メレクを苦手に思っているようなので、彼女も反対したのだろう、おそらく。
エリザベスは、アレクサンダーのことを鬱陶しい兄、あるいは、グチグチ注意してくる苦手な兄、と思っている節があるが、メレクのことは怖がっているように見える。
メレクは、特別声が大きいとか、他人によく怒鳴る人物であるとか、そういうわけではない。
ただ、彼は冷たい印象を覚える黒の髪に、他者に威圧感を与えるような紅の瞳をしている。
メレクが闇なら、アレクサンダーは光と称されるのを、彼もまた知っている。その恥ずかしい例えを最初にしたのは一体誰なんだ。
詩人か?とアレクサンダーは考えていた。
エリザベスは、兄のメレクに睨まれると、途端、蛇に睨まれた蛙のごとく、動かなくなる。
メレクの眼差しは、雄弁だ。
その目で見られると、まるで自分がとんでもなく矮小で、くだらなく、愚劣な人間になりさがったかのような錯覚に陥る。アレクサンダーですらそうなのだから、エリザベスはもっとそう感じることだろう。
アレクサンダーは、妹のお守りからうまいこと逃げ出した兄のことを考えながら、ワイン片手に、エリザベスを見た。
彼女は、実に楽しげに夜会に参加している。
(くそ……なんてつまらない夜会なんだ)
ほんとうなら、アレクサンダーも夜会を楽しみ、婦人の相手をしたいところだ。
こんな隅っこでちまちま酒を飲み、妹を見張るだけなど、寂しいにも程がある。
(そもそも、これ、僕がすることか?)
疑問に思いながらもアレクサンダーは、エリザベスを目で追っていた。
エリザベスのエスコートは、彼女のお気に入りの騎士、テールだ。
あいつもよくやる、とアレクサンダーは鼻で笑った。
(ああやってなんでも受け入れるから、エリザベスが付け上がるんだ。どっかで拒絶なり、意思表示なりしないと、後で困るのは自分だぜ?)
エリザベスからしたら、テールはなんでも言うことを聞く、お人形みたいなものなのだろう。
ふと、エリザベスが誰かに気がついたように駆け寄っていった。
向かった先は、バルコニーだ。
会場の奥まったこの場所からでは、バルコニーは見えづらい。気は進まないが、王から命じられた以上、最低限、エリザベスを見ておく義務がある。
次にこんな命令を受けたら、妹のマナーと常識が具わっていないことを理由に、夜会参加を取りやめるべきだと反対しよう。
そう思いながら、アレクサンダーはエリザベスの後を追うように、彼もまたバルコニーへと向かった。
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