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二章:賢者食い
その頃、アーロア国①
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エレインに新たなトラブルが発生していた頃──。
アーロア国、王城にて。
謁見の間は、ピリついた空気が広がっていた。
中央の玉座に腰掛ける壮年の男性は、アーロア国国王である。彼は、眉を寄せ、報告を聞くと王笏を打ち鳴らした。
「ばかめ!なぜあれを逃がした!いや、それよりも……なぜ、あれは待たなかった!!」
国王に叱咤されたのは、つい今しがた報告をしたばかりの近衛騎士、テールである。
王の怒りに、壁に控えていた愛娘エリザベスが飛び出すように彼の前に膝をついた。
「酷いわ、お父様!テールを叱らないで。悪いのはあの女じゃないの」
「しかし、エリザベス」
「もうすぐテールと婚約破棄、そしてお兄様との再婚約っていう素晴らしい未来があったのにそれを蹴ったのはエレインじゃないの」
「再婚約……?」
エリザベスの言葉に、テールが不敬にも顔を上げた。エリザベスは、彼のその言葉に微笑んでみせた。
「そうよ。私、ずぅっとあなたと結婚したい、って言ってたわよね?お父様にかけあって……ようやく、話がまとまったの。あなたとエレインの婚約は解消、その代わりにエレインには、お兄様の婚約者になってもらうつもりだったの」
エリザベスの言葉に、テールは愕然とした。
(は……?いや、そんなことは聞いてないぞ。それに、王子殿下だって?)
いちばん上の王子は既に結婚している。
二番目は結婚こそしていないものの、婚約者がいたはずだ。
三番目に至っては、まだ御歳五歳。
さすがに、年齢が釣り合わなすぎる。
テールが目を白黒させていると、彼の疑問を察したのだろう。エリザベスがふわり、と笑った。まるで、花が開くような柔らかな笑みだ。
「もちろん、お兄様……って言ったら、アレクサンダーお兄様のことよ」
「……しかし、王女殿下。アレクサンダー殿下にはご婚約者が」
「もう、テールったら知らないの?王族は、妻を何人持っていても構わないのよ。婚約者が公爵家の令嬢でプライドの高い鼻持ちならない女だから……。もしかしたらエレインは妾になるかもしれないけど」
エリザベスは、そう言って兄アレクサンダーの婚約者を思い出した。彼女は気に入らない。
エリザベスを慮る発言をしていながら、いつも目の奥が笑っていない。
口元は笑っているし、目にも笑みも浮かべているのに、その冷たい冷笑からはエリザベスを【お荷物王女】として見ているのが丸わかりだ。
エリザベス自身、あの女は嫌いだが、特別関わる必要も無いので放置している。あの苛烈な女が、婚約者に、自分以外の新たな婚約者ができる、と聞いたらどんな顔をするのだろう。エリザベスはワクワクした。
「……聞いておりません」
「だって言ってないもの。サプライズよ、サプライズ!」
にっこり、邪気なく微笑むエリザベスに、テールは頭が痛くなった。
(はぁ?冗談だろ。なんで僕が王女殿下と結婚なんか……)
そもそもテールに、エリザベスへの恋愛感情は無いのだ。エリザベスがテールに懐いているのは自分自身、理解しているがここまでだとは思わなかった。
ふと、エリザベスのことを再三相談してきた婚約者のことを思い出す。
彼女は、柔らかな微笑を浮かべて塔から飛び降りた。
……あの時、ほんとうにゾッとした。
あまりのことに、反応が遅れてしまった。まさか、エレインが塔から飛び降りるなど夢にも思わなかったのだ。
(『お幸せに、テール様』……か)
あの言葉は、テールに強烈な衝撃をもたらした。
幸せになるのなら、それはエレインとだと思っていた。彼女のそばは居心地がいい。
自分が近衛騎士であることも、侯爵家の息子であることも、彼女といる時は忘れられた。
確かにさいきんは少しばかり仕事を優先してしまっていたが、自身が近衛隊に所属している以上、仕方の無いことだ。
王国に剣を捧げたものとして、ある程度プライベートは犠牲になるものだとテールは考えていた。
話し合うふたりの頭上から、王の声が聞こえてきた。
「その話は後で、ふたりきりの時にでもするがよい」
その言葉に、王はエリザベスと自分の婚約を認めているのだとテールは知った。
(いやいや、ないでしょ)
彼の背筋に冷や汗が流れる。
「お言葉ですが、国王陛下。まだ、私の婚約者はエレイン・ファルナーでございます」
不敬にも、王に反論するような言葉を言ったテールに、エリザベスは目を見開いた。
いや、彼女が驚いたのは、婚約者はエレインだと彼が言ったことだ。
テールと、エレインに愛はない。
テールは、エレインなんかよりずっと自分を気にかけてくれる。
それも、仕事の範疇を超えているほどに。
テールの言葉に、王もまた気分を害したようだった。
「なんだ、エリザベスでは不満か」
「滅相もありません。ですが、私はエレイン……彼女を国に縛り付ける楔にならなければならないと、言われ育ちました。私には、彼女を連れ戻す責務があります」
「そう言ってお前は一度、逃がしたではないか。塔から飛び降りる前、飛び降りたあと、なぜ捕まえられなかった」
アーロア国、王城にて。
謁見の間は、ピリついた空気が広がっていた。
中央の玉座に腰掛ける壮年の男性は、アーロア国国王である。彼は、眉を寄せ、報告を聞くと王笏を打ち鳴らした。
「ばかめ!なぜあれを逃がした!いや、それよりも……なぜ、あれは待たなかった!!」
国王に叱咤されたのは、つい今しがた報告をしたばかりの近衛騎士、テールである。
王の怒りに、壁に控えていた愛娘エリザベスが飛び出すように彼の前に膝をついた。
「酷いわ、お父様!テールを叱らないで。悪いのはあの女じゃないの」
「しかし、エリザベス」
「もうすぐテールと婚約破棄、そしてお兄様との再婚約っていう素晴らしい未来があったのにそれを蹴ったのはエレインじゃないの」
「再婚約……?」
エリザベスの言葉に、テールが不敬にも顔を上げた。エリザベスは、彼のその言葉に微笑んでみせた。
「そうよ。私、ずぅっとあなたと結婚したい、って言ってたわよね?お父様にかけあって……ようやく、話がまとまったの。あなたとエレインの婚約は解消、その代わりにエレインには、お兄様の婚約者になってもらうつもりだったの」
エリザベスの言葉に、テールは愕然とした。
(は……?いや、そんなことは聞いてないぞ。それに、王子殿下だって?)
いちばん上の王子は既に結婚している。
二番目は結婚こそしていないものの、婚約者がいたはずだ。
三番目に至っては、まだ御歳五歳。
さすがに、年齢が釣り合わなすぎる。
テールが目を白黒させていると、彼の疑問を察したのだろう。エリザベスがふわり、と笑った。まるで、花が開くような柔らかな笑みだ。
「もちろん、お兄様……って言ったら、アレクサンダーお兄様のことよ」
「……しかし、王女殿下。アレクサンダー殿下にはご婚約者が」
「もう、テールったら知らないの?王族は、妻を何人持っていても構わないのよ。婚約者が公爵家の令嬢でプライドの高い鼻持ちならない女だから……。もしかしたらエレインは妾になるかもしれないけど」
エリザベスは、そう言って兄アレクサンダーの婚約者を思い出した。彼女は気に入らない。
エリザベスを慮る発言をしていながら、いつも目の奥が笑っていない。
口元は笑っているし、目にも笑みも浮かべているのに、その冷たい冷笑からはエリザベスを【お荷物王女】として見ているのが丸わかりだ。
エリザベス自身、あの女は嫌いだが、特別関わる必要も無いので放置している。あの苛烈な女が、婚約者に、自分以外の新たな婚約者ができる、と聞いたらどんな顔をするのだろう。エリザベスはワクワクした。
「……聞いておりません」
「だって言ってないもの。サプライズよ、サプライズ!」
にっこり、邪気なく微笑むエリザベスに、テールは頭が痛くなった。
(はぁ?冗談だろ。なんで僕が王女殿下と結婚なんか……)
そもそもテールに、エリザベスへの恋愛感情は無いのだ。エリザベスがテールに懐いているのは自分自身、理解しているがここまでだとは思わなかった。
ふと、エリザベスのことを再三相談してきた婚約者のことを思い出す。
彼女は、柔らかな微笑を浮かべて塔から飛び降りた。
……あの時、ほんとうにゾッとした。
あまりのことに、反応が遅れてしまった。まさか、エレインが塔から飛び降りるなど夢にも思わなかったのだ。
(『お幸せに、テール様』……か)
あの言葉は、テールに強烈な衝撃をもたらした。
幸せになるのなら、それはエレインとだと思っていた。彼女のそばは居心地がいい。
自分が近衛騎士であることも、侯爵家の息子であることも、彼女といる時は忘れられた。
確かにさいきんは少しばかり仕事を優先してしまっていたが、自身が近衛隊に所属している以上、仕方の無いことだ。
王国に剣を捧げたものとして、ある程度プライベートは犠牲になるものだとテールは考えていた。
話し合うふたりの頭上から、王の声が聞こえてきた。
「その話は後で、ふたりきりの時にでもするがよい」
その言葉に、王はエリザベスと自分の婚約を認めているのだとテールは知った。
(いやいや、ないでしょ)
彼の背筋に冷や汗が流れる。
「お言葉ですが、国王陛下。まだ、私の婚約者はエレイン・ファルナーでございます」
不敬にも、王に反論するような言葉を言ったテールに、エリザベスは目を見開いた。
いや、彼女が驚いたのは、婚約者はエレインだと彼が言ったことだ。
テールと、エレインに愛はない。
テールは、エレインなんかよりずっと自分を気にかけてくれる。
それも、仕事の範疇を超えているほどに。
テールの言葉に、王もまた気分を害したようだった。
「なんだ、エリザベスでは不満か」
「滅相もありません。ですが、私はエレイン……彼女を国に縛り付ける楔にならなければならないと、言われ育ちました。私には、彼女を連れ戻す責務があります」
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