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二章:賢者食い
嘘じゃないんです……!!
しおりを挟む「というか、何で川を泳いでたの?水遊び?……って時期には、寒すぎるんじゃない?」
初秋を迎えた今の時期、川遊びをする酔狂な人間はいないだろう。それは私も同じだ。
私は神妙な顔で頷いた。
川を泳いでいた訳を説明するには、私が塔から湖に飛び込んだことも伝えなければならない。
さらには、なぜそうなったのか、というところの部分、つまり私が貴族だったことも言わざるを得ない。
初対面の人間にそれを伝えるのは、かなりリスキーだ。
黙り込む私から、話したくない気配を察したのか彼はあっさりと言った。
「まあ、いいけど。オレそろそろ行くから」
「…………えっ!?」
「えっ、て。アンタ、目が覚めたみたいだし、もうみてる必要もないでしょ。目が覚めた以上、あとは自分で何とかして」
流石にさぁ、ほら、放置してクマとかに食べられてたら寝覚め悪いから、目が覚めるまではそばにいたけど、と彼がつけ加える。
(…………クマ!!)
その存在の脅威は、前の世界でもよくよく聞き及んでいる。私はめまいがする思いだった。
彼がいなかったら私は川で溺死していたか、最悪お腹を空かせたクマのご馳走になっていたかもしれないのだ。
今にも立ち去ってしまいそうな彼に、私は慌てて尋ねた。
「ちょっと待ってください!私、ここがどこかも分からないんです。それなのにひとりにするんですか!?」
自分でこの場所に来たならともかく、私は気がついたらここにいたのだ。
森なのか山なのか林なのか、まったく分からないが、一面木々に覆われている。
ここがどこか、見当もつかない。
(何よりも……!ここでひとりにされたら私は間違いなく迷子になる!!)
今世ひとりで出歩いた経験はないが、前世の私はとんでもない方向音痴だったのだ。
建物を出たら必ず逆方向に向かうので、ある意味すごい。
自分で自分に感心するレベルだ。
地図を見ても目的地に辿り着けず、延々と目的地付近を周回するのはザラ。
地図アプリより現地の人間に聞いた方が早い!となった回数は両手の指の数をゆうに超える。
(地図アプリはたまに、川を横断しろとか、透明人間になって建物を通り抜けろとか、無茶言うもの……)
建物や川を迂回とした結果、ぐるぐる周回、という罠に嵌ってしまう。
極度の方向音痴も魔法を使えばあっさり解決!なのだが、少なくとも、アーロアを出るまで大規模な魔法は使いたくない。
かなりの可能性で、私には追っ手が差し向けられているはずだ。派手な魔法を使った日にはすぐに見つかってしまう。
私の言葉に、男のひとはあからさまに迷惑、という顔をした。このひと、感情を隠そうとしないな……。
「ここはウェルランの森。以上。じゃあね」
「待っ……!かよわい女性をひとり置き去りにするなんて良心が痛まないんですか!?」
「かよわい女性……?」
胡乱な視線を向けられる。
私は彼の視線を無視するように、マントをきつく握った。
ここで彼に見放されたら、私に待っているのは迷子になり、森を彷徨い歩いた挙句クマのご飯になる運命か。
あるいは派手な魔法を使った末、王家との追いかけっこをする未来かの、どちらかだ。
クマに食べられるのも、王家との追いかけっこも、どちらも嫌だ。
そのためにも彼を逃がすわけにはいかない。私は必死で言った。
「まずは名前です、名前!お名前教えてください!」
「ええ、やだよ。オレもうこの場を離れるんだって」
「どうしてですか?あなたも追われてるのですか?」
「あなたも……って」
彼が、歯切れ悪そうに言う。
この顔は、あれだ。
【面倒事に巻き込まれないうちにこの場を離れたい】、または【関わりたくない】と思っている顔だ。
苦々しい顔を隠しもせず感情を表すひとは、貴族社会では当然だがおらず、珍しさにまじまじと見つめてしまった。
だけど、すぐにでもこの場を立ち去りたいといわんばかりな彼の様子に気がついて、慌てて彼の服の裾を掴んだ。
彼は、ゆったりとした白のシャツ一枚だった。
(夜は気温も下がって寒いのに……)
寒さを感じないひとなのかな?
前の世界で言う男子小学生みたいな?
そんなことを一瞬考えたが、すぐにハッとする。
(違うわ!私が彼のマント?ローブ?を使ってるからじゃない!)
だから彼はこんな寒空の下、防寒するには頼りなさそうなシャツ一枚なのだ。
私は慌てて彼に言った。
「ごめんなさい!寒いわよね?」
「まあ。でもここから歩くし、すぐ暑く……」
「防寒魔法をかけてあげるから待ってて!」
炎魔法を応用して少し彼の周りの空気を温めるだけでいい。それなら、特別複雑な魔法でもない。そう思って早速魔法を行使することにする。
慣れた魔法だ。私は彼に手をかざして魔法を唱えた。
「φωτιά── θερμότητα──」
「それ……」
一瞬、彼が驚いたように目を見開く。
(どうしたのかしら……?)
不思議に思ったが、詠唱を終える方が早い。
魔法を唱え終わり、彼の周囲の空気がほんのりと──温かく、ならない。
(…………あれ?)
私は首を傾げた。
なぜか、魔法が発動しなかったのだ。
それだけではない。いつもなら感じる魔法の気配……というか、魔法を行使している感覚そのものが、なかった。
(手順を間違えた?もう一度──)
ふたたび手をかざして呪文を唱えようとしたところで、彼が呆れたようにため息を吐いた。
「炎関連の高難易度魔法なんて、そう簡単に成功するはずがないだろ。何なの?魔法の練習中?」
「なっ──!」
まるで、魔法に不慣れな人間を見るかのように彼が呆れた眼差しを私に送る。
(ま、まずい!このままじゃ私、出来もしないことを意気揚々と言った嘘吐き女にされてしまう……!)
私は慌てて言い繕う。
「違います!いつもはできるんです!」
「へー、そう」
興味無さそうだ!
あまりの反応の薄さに、こころが折れそうになった。
だけど私はめげずに言葉を尽くした。
「ほんとうです!いつもならこれくらい簡単に……あれ?あらら?いや、ほんとうなんですって。こうすれば……う、うぅん?」
そもそも、魔力の気配すら感じない。
いつもはこう……魔力を捏ねる感じで……魔法陣を頭に思い描いて……。
「炎の魔法陣は基本型の六の星円陣に第三互換円環術の魔法陣を乗せて、こう、ぎゅっと圧縮して……ひっくり返す感じに……」
いつもこの手の魔法を使う時に意識する感覚的なものまで引っ張り出してうんうん唸っていると、彼が、ため息を吐いた。
「……以前まで使えたんなら、なにか原因があるんじゃない?」
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