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一時のお別れ
しおりを挟む「んぅ!?んっ………んん、……っぁ、!?」
逃げ腰になっているとしっかりと背中に手を回され、口内にぬるりと舌が入り込んできた。
「!?………!?んっ……んん!」
抗議しようにも、舌を絡め取られているせいで声にならない。しっかりと抱きしめられているせいで、離れることもできず、たっぷり口内を蹂躙した後──フェアリル殿下は手を離した。
その時にはもう息も絶え絶えだった。
「なっ……なに、するのよ……!?」
「これくらいで済んで良かったね?この後の仕事がなければベッドに連れ込んでいたんだけど、生憎時間が取れないんだよね。残念だな」
フェアリル殿下の指先が私の口元を拭った。
どうやら先程の濃いくちづけで口周りが汚れたらしいと気がついて、カッと頬が熱を持つ。
今の彼の動作があまりにも、いやらしかったのだ。
「~~~あなたって、結構負けず嫌いよね……?」
「きみに教えてもらった一面だね?」
私に知らされなくても、あなたなら既に自覚していたでしょ……。
そう思いながら、ため息をついた。
久しぶり──二ヶ月ぶりに会えて、ほっとしたのは事実だ。何をしているのか、体調が心配だったから。
そして、ほんのちょっとだけ。
フェアリル殿下と会えなくて、少しだけ──寂しかった。
だから、彼と会えて、以前のように話せて、嬉しかったのだ。
口ではああ言ったものの、厳しい教育スケジュールと精神力を試される社交で疲れていたのかもしれない。
(気力回復……なんてね)
そう思いながらフェアリル殿下を見た。
それからまた会えない日々が続き、フェアリル殿下とレベッカの婚約が破棄されてから半年が経過した頃。
ようやく同性婚の法改正が承認された。当然、社交界はざわついたし議会は荒れに荒れたらしい。
だけど、かなり制限し、条件付きであることを前提としているおかげか、想像していたような騒ぎは起きずに私はほっとしていた。
法改正後、すぐにレベッカが法を使用し、同性の女性と婚約を結んだことも大きかったのだろう。前例が出来たことにより、だんだん周囲も衝撃が収まり、慣れたのだと思う。
そして、レベッカの婚約をきっかけに、リリアンナ・デスフォワードという、王太子の新たな婚約者も社交界に認められつつあった。
この半年間、切っても切っても増え続けるプランクトンのごとく、嫌味を言われても否定的な視線を受けてもなおしつこく社交界に居座っていたことが幸をなしたのかもしない。
最初の数ヶ月はやはり、刺すような視線が集中したが、半年もすれば次期王太子妃として接してくる人間も増えてきた。
根強く私を否定する人も、もちろんいるにはいるけれど。
それには根気よく、次期王太子妃としての姿を今後継続して見せ続けることで説得していくしかないと思っている。
そして、先日。
ようやく私とフェアリル殿下の婚姻の日が決定した。
私とフェアリル殿下の婚姻式は初夏の日と定められ、二年の婚約期間が設けられている。
王族同士の婚姻であることを考えれば、かなり短い婚約期間だ。
とはいえ、私もフェアリル殿下ももう成人しているため、あまり長い期間をとっても、ということになったらしい。
ミーナが私の荷物をまとめながら言った。
「なんだかんだ、とても長居しましたね。殿下は二年後が待ち遠しいですか?」
「そうね……。うーん、二年なんてあっという間だと思うわ。とにかく私はエルヴィノアのことを知らなすぎるもの。二年のうちに猛勉強して知識をつけないと……!」
「殿下は変なところが真面目ですね……。と、これで最後です」
ミーナは苦笑すると、トランクをぱたんと閉めた。
そして──今日。
私はデスフォワードに帰国することとなっている。
私はデスフォワードの王女で、今はまだエルヴィノア王国王太子の婚約者という立場でしかない。つまり、ただの婚約者が意味もなく長居はできないのである。
この半年、今後がどうなるか不透明だったためだけに一時的にエルヴィノアに身を置いていたが、婚約と結婚式の日が確定したなら、あとは通常通り婚約期間は自国で過ごすべきだ。
ただでさえ私とフェアリル殿下の婚約は例外が重なったので、少なくとも婚約期間の過ごし方については慣例通りに従った方がいいだろうとなったのである。
ふと、その時。扉がノックされた。
複数のトランクを並べ終わったミーナが扉まで向かい、開けるとそこには私とよく似た男がつまらなそうな顔をしてたっていた。
兄のレーヴェ・デスフォワードである。
「あら。お兄様、どうかなさった?」
「そろそろ時間だから迎えに来たんだよ。帰るぞ」
「もうそんな時間なのね。ええ、わかったわ」
帰る、デスフォワードに。
生まれ育った国であるはずなのに、エルヴィノアを一時的にでも去ることがちょっとだけ寂しい。
ちなみに、お父様は腰痛持ちのため、代理としてお兄様がエルヴィノアに訪れている。半年ぶりに会ったお兄様は特段変わりなく、それになんだか懐かしさを覚えた。
私はミーナに手渡されたストールを羽織って、部屋を出た。
そうすると、隣に並んだお兄様が尋ねてくる。
「王太子殿下には会わなくていいのか?お前の婚約者だろ?」
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