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ここで頑張らなければ、女が廃る

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「……出来るなら、そうしたい、けど」

出来るのかしら?
レベッカのウェディング姿が見れないのは残念だけど、同じ日に、同じ空の下で人生の晴れ舞台を迎えたいと思った。
私が尋ね返すと、フェアリル殿下が微笑んだ。

「出来ると思うよ。……というか、ほかの貴族も重ねてくるかもしれないし」

「え?」

「王族の式と日にちを重ねることは、王族への忠誠心の証──あとは、縁起がいいものだとされてるんだ。だから、レベッカ・バーチェリー以外にも何組か僕たちと同じ日にあげる貴族はいると思う」

招待客のことを考えて時間はずらすだろうけどね、とフェアリル殿下は続けた。

「そ、そうなの……」

国が違えばしきたりも考え方も違う。
私はそれを強く感じた。




そして、それからフェアリル殿下は滅多に寝室に帰らなくなった。
予想通り、法改正は容易くなく、私が眠った後に寝室に戻ってきてはいるようだけど、私が目覚める前に寝室を出ているようだ。



フェアリル殿下と顔を合わせなくなって数日。
バーチェリー家に滞在しているというミレイアが内々に訪れ、私は彼女から謝罪を受け取った。
ミレイアはどうやら、私の呪いが気になっていてもたってもいられず、罪悪感に苛まれた彼女は牢を抜け出し、私に会うためにエルヴィノア王国までやってきたらしい。
信頼のおける用心棒をひとりだけ雇い、辺境を超えたところで、魔物に襲われる私を発見。
彼女は周囲を警戒する用心棒を置いて、私に体当たりし──その後、僅かな間で瘴気に侵され、用心棒と共にその場で昏倒。
その間にフェアリル殿下とその討伐隊……ではなく近衛騎士が魔物を倒した、ということらしい。
深層の令嬢がひとりで用心棒を雇い他国まで訪れたことには驚くが、元々ミレイアはひと一人に禁忌と言われる呪いをかけた張本人である。
肝は誰よりも据わっているといえよう。
彼女に突き飛ばされたために青アザは出来たが、あのままでは魔物に頭からかじられていただろう。それなら青アザの方が断然マシである。

私はミレイアにお礼を言い、デスフォワードへと帰国するよう手配した。お父様への手紙も添えて。

公爵家への罰則は確か、領地の返還と王家への忠誠を誓うこと。後者についてはじゅうぶんすぎるほどだと思う。ずいぶん反省もしているようだし、後は当事者間の問題なのではないかしら?そう考えた私はその内容て手紙をしたためて、封蝋を押した。あとはお父様の判断に任せるだけだ。

ミーナとも再会し、ミーナ経由でジェイクも元気だと教えてもらいホッとした。



──そして。予想はしていたけれど、ミーナにはとてつもなく叱られた。涙混じりに怒られて、彼女を不安にさせたこと、王女らしからぬ行動を取ったことを反省したが、私は後悔していなかった。
きっと、時間が巻き戻っても同じことをしただろう。怒られるのでミーナには言わないが。

(あの時の私の行動は、王族として正しくなかったかもしれないけど、王族として行動することだけが正解とも思えないわ)

まあ、一歩間違えたら私は死んでいた状況ではあったけど。
でも癒しの力を使わなければあの場にいた全員が死んでしまっていたはず。
だから、私はあれでいいのだと思っている。




それからも、フェアリル殿下とは何日も、何週間も会わない日が続く。

その間私も無為に時間を過ごしていた訳ではなく、王太子妃になるための勉学を進め、悪評はあるものの社交に務めた。

あからさまな嫌味や口撃は、長年王族として務めをこなしていたために慣れてはいるが、流石に疲れる。




「初めまして、リリアンナ王女殿下。先日お聞きしたのですけど──王太子殿下のご婚約者となられたそうですわね」

「ええ、光栄なことに殿下とはご縁があったようですわ」

当たり障りない言葉で刺すような視線を笑顔でいなす。対面する婦人の顔には"何がご縁だ寝取りビッチ女"と書いてある。
いや、ここまで口悪く罵ってはいないかもしれないけど。
憎悪の視線を一身に浴びるが、決して私は目はそらさなかった。
婦人の遠回しな罵倒にのらりくらり、時には嫌味の通じない鈍い女を演じてやり過ごしていると、ついに婦人は苛立ちを隠せなくなった顔で言った。

「っ……王太子殿下はご婚約者がいらっしゃいましたのよ。それを貴女は──」

「──リリアンナ様!」

その時、名前を呼ばれた。
聞き覚えのある声にそちらを向くと、ルビーのように真っ赤な髪の少女がたおやかに微笑んでいた。
レベッカ・バーチェリーである。

「レベッカ様……」

婦人が息を飲んだように彼女を呼んだ。
レベッカは婦人を見ることなく真っ直ぐ私の元まで歩いてくると、親しげに話しかけてきた。
以前話したような威勢のいい話し方ではなく、たおやかで品のいい、お淑やかな声だ。

「今日も参加されてましたのね。お会いできて嬉しいですわ。王太子殿下とは変わらず仲良くされてまして?」

にっこり微笑まれて、私もまた王女としての笑みではなく、親しい友人に対する微笑みを浮かべた。
レベッカには本当に感謝している。

──私が社交界に出ると聞いたフェアリル殿下は、レベッカに手紙を出し、私の手助けを願い出たらしい。手紙を受け取ったレベッカはそれを承諾。フェアリル殿下の秘書を通じて、夜会では必ずレベッカといるよう伝えられた私は、なんだかとても甘やかされていると感じた。

とはいえ、針のむしろと言ってもいい夜会でレベッカの存在が助かったのは言わずもがな。
レベッカは私が出る夜会やティーパーティー全てに参加し、私をフォローしてくれている。

婦人が立ち去り、二人きりになるとレベッカに誘われてテラスへと向かった。
途中、侍従から赤ワインの入ったグラスを受け取り、ふたりして口をつける。

「参ったよ、ほんと。父上が新たな婚約者を早く見つけろってうるさくて。強制的にあてがわれそうなところを殿下が押しとどめてくれているみたいなんだけど」

相手探しのためにレベッカもまた、社交の場へと駆り出されているらしい。仮病が知られた以上、もう休むことは出来ないのだとか。
レベッカは先程までの淑やかな我慢を捨て去り、あっけ絡んと話し出す。レベッカは酒も強く、あっという間にグラスを開けてしまった。

「それで、殿下の方はどうなんだ?上手くいってる?ま、失敗されたら許さないけど」

「その時はリアを僕が貰っちゃおうかな~これぞ略奪」なんて鼻歌まじりに言うレベッカを見ていると、気が抜ける。
窮屈な社交界で、レベッカの存在は本当に有難かった。

「私もあまり知らないの。そもそも殿下とは全然会えてなくて」

「ま、すごい忙しそうだもんねぇ。僕の父上も忙しくて邸にめったに居ないくらいだから。ま、僕としては助かるんだけどね。ファンといられる時間が増えるし?」

「…………」

何日もまともに顔を合わせていない。
フェアリル殿下が心配になる。ちゃんとご飯を食べているのかしら。そもそも、寝ているかしら?
黙り込んでそんなことを考えていると、レベッカが不意に抱きしめてきた。
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