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得がたい友人
しおりを挟む目が覚めて、水分補給をして、昨夜の激しい情事ととんでもなく意地悪だったフェアリル殿下を思い出す。
「…………」
とても眠ったように感じたけど、まだ陽は登っていないので眠った、と言うより気を失ったという方が正しいのだろう。
意識を飛ばした、とも言うかもしれない。
彼も目を覚ましていて、ガウンを軽く羽織り椅子に座っていた。
「目が覚めた?」
「……あなたは元気そうね」
フェアリル殿下を見る視線が恨みがましいものになってしまうのは仕方ないと思う。
しかし、下手に挑発して昨日の二の舞になっても困る。
私は成長したのだ。
「今の状況……私の立ち位置というのかしら。扱いってどうなってるの?」
喘ぎすぎて声はかすれているが、なんてことない顔をして尋ねる。
フェアリル殿下は涼しい顔をしてグラスに口をつけて水を飲むと、答えた。
「僕とレベッカ・バーチェリーの婚約は、公的には"互いに想い人が出来たため、円満婚約破棄"という形にしている。まあ、レベッカ・バーチェリーの相手は今はまだ公言できないから、周囲は半信半疑、というところだけどね。まずは法改正から手を入れないとな……」
(……なるほど?つまり、周囲的に見たら私は間男……ならぬ間女?いや、性悪女?略奪?と思われているということね)
覚悟はしていたが、実際その通りなのだから仕方ない。
レベッカとフェアリル殿下は偽装婚約だったとはいえ、婚約者がいるひとと関係を持ってしまったのだから。甘んじてその評価は受け入れなければならない。
(フェアリル殿下と関係を持った時に覚悟していたことだわ)
そう思っていると、不意にぽん、と頭に手を置かれた。見上げるとフェアリル殿下が真っ直ぐに私を見ている。相変わらず綺麗な顔だと思った。
「法改正が決まり次第、レベッカ・バーチェリーは恋人のファンティーヌと結婚するらしい。バーチェリー公爵は反対するだろうし、懸念点は他にもあるけど……僕もそれには最大限協力するし、助力を惜しまないつもりだ。だから……少し待っていて?」
"少し待っていて"というのは、私に対する噂のことを言っているのだろう。早く対処しなければ私の悪評は定着し、撤回は難しくなる。
(だけど……)
「……別にいいわよ?取り繕ったって、本当のことだもの。私が婚約者のいる方と関係を持った、というのは」
諦観ではなく、覚悟を持って答え、フェアリル殿下の肩に寄りかかる。そうすると、彼もまた私に体重をかけるようにもたれてきた。
「いや、法改正自体はもう通りそうなんだ。父の承認はもう降りてるから」
「そうなの!?」
私が驚いて見上げると、フェアリル殿下は頷いて答えた。
「父は国政を離れて久しいから、政務を取り仕切っているのはほぼ僕なんだ。形だけ、父に承認を得て政務を動かすようにしているけれど、それもあってないようなものだし。……元老院の方は同性婚に反対するだろうけど、条件付きで妥協案を模索すれば──急ぎで、手際よく動いたらそんなに時間はかからないよ」
フェアリル殿下はなんてことないようにいうが、それがとても難しいものだと言うのは私にもわかった。歴史ある、大国のエルヴィノアで常識を変える法を取り入れる、というのは歴史の教科書に乗るくらい大変な事だ。
反発もあるだろうし、反感も買うだろう。
でも彼ならやるのだろう。
そう信じていた。
「……ひとつ、わがままを言いたいのだけど」
「なに?デスフォワードに帰りたいっていうお願いなら聞かないけど」
「……今更言わないわ。そうじゃなくて。……結婚式は、レベッカと合同で上げたいのだけど……やっぱり難しい?」
尋ねると、フェアリル殿下は驚いたように目を見開いた。そして、眉を寄せて難しい顔をする。
「同性婚自体が、前例のないものになるから、かなり厳しい。僕たちと合同、となってバーチェリー家と王家が懇意にしていると思わせるのは、貴族内のパワーバランスにも大きく関わってくる」
「そう……。そうよね」
やはり難しいか。
この国に来て初めてできた友人であるレベッカと一緒に結婚式を挙げられたらとても幸せだと思ったけど、現実的でないのは自覚していた。
「でも……同じ日に、別々の場所で挙式することなら可能だよ」
フェアリル殿下の言葉に顔を上げた。
「え?だけど、王族の結婚と臣下である貴族の結婚を同日に行うことは許されてないのではない?」
「昔はそう言うしきたりもあったようだけど、今は廃れて久しいかな。それを言ったらきりがないからね。"臣下"とはどこまでを基準とするか、とか。貴族だけか、平民も含めるのか。平民も含めるのだとしたら、平民の結婚も把握しなければならないけど、そこまで人員を割けないし現実的じゃない。そういった理由から廃止されたって聞くけど」
「そうなのね……」
自国のデスフォワードは未だそういったしきたりがあるので、違いに驚く。
でも確かにその通りだ。
デスフォワード王国では、王族の結婚式当日は平民は式を上げてはならない、という取り決めがあるけど、実際式を上げていても分からない。
(私は同日に式をあげても構わないと思うのだけど)
とはいえ、何百年も昔から続くしきたりなので、私の一存で変えることもできない。
そんなことを考えていると、フェアリル殿下が首を傾げて私を見た。さらりと金糸のような髪が滑る。
「リリアンナは同日にあげたい?」
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