上 下
53 / 61

狂った恋情

しおりを挟む


「導き出されたのは、第二妃の手のものによる犯行の可能性が高い、ということだった。……とはいえ、その時にはもう父は置物同然、政務をこなすどころか寝室から出ることもままならないほどに憔悴していた。王妃亡き後、権力の拡大を狙っていた第二妃の存在そのものを忘れ去り、王城内から追い出す始末。滞った政務はまだ幼く未熟な王子に引き継がれた。経験も技量も実力も足らない王太子が突然、実務に駆り出されて機能すると思うか?慣れるまでの数年間、僕はそれにかかりっきりになったし、今更父に、第二妃の凶行であったことを伝えて暴走されても困る。その状況がつい最近まで続いた」

(ええと……フェアリル殿下のお母様、王妃殿下は既に亡くなられていて。自殺だと思われていたけれど、実際は他殺。手にかけたのはベルティニア様のお母様──第二妃だった、ということ?えっ、えっ、それはつまり──)

とんでもない|醜聞(スキャンダル)なのではないかしら……!?
エルヴィノア王国の王族内で謀殺があった、なんて。他国籍の私が聞いていいような内容ではないと思う。血の気が引いて、青ざめながらフェアリル殿下を見つめる。
彼は鋭い眼差しでベルティニア様を見ていた。ベルティニア様は──真っ青な顔で、唇はわなないていた。

「う、嘘よ……。そ、そんなのでたらめ、だわ」

その声はふるえ、上ずっている。当然だ。
誰しも肉親が殺人犯だと言われれば動揺もする。
見ず知らずの私でさえ戸惑っているのだから。

「……当時の証拠品と裏付け記録のある報告書は既に陛下に提出している。必要なら公的機関に確認してもらってもいい。けどそれは同時に王家の醜聞を公にすることになる。照合、精査の結果事実だと判明したら──ベルティニア、お前の立場は失われる。第二妃共にな」

「──」 

「僕はどちらでも構わない」

「それ、は……」

歯切れ悪くベルティニアが視線をさまよわせた。
事実でなくても、事実であっても疑惑が浮上した時点で瑕疵がつくだろう。
どちらにせよベルティニア様の社交界での立場は難しいものとなる。
そわそわと居心地が悪い思いでいると、フェアリル殿下が不意にこちらを見た。

(な、何……!?)

「ベルティニアの処分は父上に任せます。そして──デスフォワード王国王女のリリアンナについてですが」

「ああ……。バーチェリー家の娘との婚約を破棄し、デスフォワードの王女と婚約を結び直す、というやつか」

国王があっさり言う。それに私は心臓が飛び出すのではないかというほど驚いた。

(え………!?婚約!?いや、そうか。そうよね。もう関係を結んでしまったわけだし……!?)

私は純潔を失ってしまった。
奪ったのが他国の王族だと言うのなら、責任が生じて当然だ。とはいえ、まだ私の心は状況に追いついていなかった。
だって今朝まで、フェアリル殿下の婚約者のことで頭がいっぱいで──。彼との未来を思い描けるほど楽観的に考えることは出来なかった。フェアリル殿下の婚約者への罪悪感とか、罪滅ぼしとか、贖罪とか、とにかくそのことで頭がいっぱいだったのだ。

(私フェアリル殿下と結婚するの?……するの!?)

つい何度も瞬いてしまう。
動揺しているうちに、ジュノン陛下は続きを口にした。

「本来なら、私はそれを否定し、認めず、然るべき処分を下すべきなのだろう。お前とバーチェリーの娘の関係がどうあれ、あれはれっきとした契約だ。書面上での制約だ。そう簡単に覆されては、国の秩序を乱しかねない」

「ええ。理解しています」

「……私は、早くお前の子を見たかった。リディアの血を引く娘が欲しかった。……遠い記憶にしか無い彼女の面影を追いたかった。だから、お前に婚姻を急かした。相手は誰でも良かったのだ。お前が、早く子を成しそうな相手であれば」

(な、なんというか……)

一国の国王相手に思うことは大変不敬かと思うけど……。

狂ってる。

そう思った。ジュノン陛下はやつれて憔悴し、病人の様相をしているが、それは恋の病なのかもしれない。もう治らない。
恋に、恋情に狂わされてしまった。ジュノン陛下の気持ちを全て理解することはできないけれど、私ですらわかるほどに彼は──苦しいのだろう。命を絶たずにいるのは、彼の国王としてのなけなしの矜恃か。義務か。

「だが……国王であることを放棄し、真実を見失い、ただ逃避に明け暮れた私が言うべきことではない。私に、そんなことを言う資格はとうにない。国を乱さないのなら、よい。秩序を保てるというのなら、好きにしなさい。それが私の答えであり、条件だ」

「……分かりました」

国王は頷いて答えると、私を見た。
視線が初めて交わってびくりとする。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

つがいの皇帝に溺愛される皇女の至福

ゆきむらさり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️ ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。

入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...