〈完結〉意地悪な王子様に毒されて、絆されて

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
48 / 61

フェアリル・ユノン・エルヴィノア ⑧

しおりを挟む
私と彼女の言葉はほぼ同時だった。
驚きのあまり立ち上がった私は、しかしすぐに体のあちこちの痛みに呻き、またベッドに座り込むこととなる。

「うぐっ………」

「わぁ、まだ痛むんだろ?無理しちゃダメだよ」

レベッカはメイド服姿のまま、私の方まで歩み寄ると、私の手を握った。相変わらず美しいひとだ。だけどなぜ彼女がここに……?
不思議に思ってレベッカとフェアリル殿下を何度も交互に見る。私の疑問に答えたのは、フェアリル殿下だった。

「彼女が僕の婚約者の──レベッカ・バーチェリー公爵令嬢だよ」

「………………えっ!?」

言われた言葉をすぐに理解出来ず、とっさにレベッカを見た。レベッカがふ、と吐息だけで笑ってみせる。そして、優しい瞳で私を見た。

「ええっ……!?ええええ!?」

そんなことある!?そんなことってあるの!?
驚きのあまり何何度もフェアリル殿下とレベッカを交互に見つめる。レベッカはそんな私の様子が面白かったのか、吹き出して笑った。
私のよく知る彼女だ。

「そう!きみとただの町娘・レベッカの出会いは意図して誂られたものだったって訳だ。|僕(・)はね、きみに会ってみたかったんだよ。リリアンナ王女!なにせあの女嫌い王子が唯一近くに寄ることを許した女性だろ?だから気になっちゃって」

「ちょ……ちょっと待って。レベッカが、フェアリル殿下の婚約者……?ええと……でもあなた、あら……?神殿図書館で偶然………。あれ、仕組まれて………え?」

頭が上手く働かない。
レベッカとは神殿図書館で出会った。私が困っていたら声をかけてくれたのがレベッカで──。
あれは、偶然ではなく仕組まれた出会いだった、ということ?そういうことなの?

でもなぜ?
そうだ、さっきレベッカがこうも言っていたわ。

『なにせあの女嫌い王子が唯一近くに寄ることを許した女性だろ?だから気になっちゃって』

女嫌い王子、というのは……
ちらりとフェアリル殿下を見る。彼は眉を寄せて、頬杖をついていた。不満そうだ。
それを見て、またレベッカが吹き出した。相変わらず豪快なひとだ。

「きみのそんな顔が見れる日が来るとは思わなかったよ!へえ、そうなんだ。そういうことなんだね。……ふぅん?」

「……とにかく、順を追って説明する。混乱しているでしょ」

呼びかけられて、私は曖昧に頷いた。混乱しているか?と聞かれれば混乱しているに決まっていた。




⿻⿻⿻


時間は、今から2日ほど前に遡る。

兵を要請されたフェアリルは、手紙に視線を落としわずかに瞳を細めた。その間に目まぐるしく思考を働かせた彼は、やがてため息を吐く。
ちょうどタイミング良く、ベルティニアを馬車留めまでおくり戻ってきたヴァートンが、妙に緊迫した執務室に入ってきては眉を寄せた。

「………?」

どうしたものかと彼は考えたが、先程なにか伝達を受け取っていたことを思い出し、火急の要件でも発生したのかと彼は考えた。
そのままフェアリルの指示を待つようにしていると、おもむろにフェアリルが口を開いた。

「──至急、近衛兵を集めろ。内々にな」

「は……?」

「口が固く、信頼の厚いものを十五人、今から十分以内に【空】の客室に呼べ」

バッセンノン城には客室が多数存在する。それを区別するために様々な名を付けられた客室の中でも、【空】を冠する部屋は小規模なパーティを開くことが出来る程度には広さがあった。
フェアリルはヴァートンにその指示だけ出すと、そのまま部屋を出た。
十分という僅かなタイムリミットを課せられたヴァートンは目を白黒させていたが、フェアリルの言葉が足らないのはいつものことである。また、彼の緊迫した様子から僅かな猶予もないのだと判じ、彼は手に持っていた書類をそのまま放って、急ぎ足で部屋を出たのだった。

そして、ぴったり十分後。
忠誠心の厚い騎士たちが客室へと集まった。時間通りにヴァートンは彼らを部屋に集めたが、その命を下した本人はなかなか姿を表さない。
一体どういう事情なのか騎士たちはもちろん、ヴァートンも不明だ。
そのまま待つこと数分。ようやくフェアリルは姿を現した。旅装束の姿で。

「やあ、よく集まってくれたね」

フェアリルは先程のぴりついた空気を一切出さずににこやかに言って見せた。
近衛兵と言えど、直接言葉を交わす機会はあまりない騎士たちは緊張の面持ちで彼を見る。
フェアリルは厚手のマントを背中に流しながら、前髪を乱雑にピンでまとめ始めた。
そのまま手をとめずに話し出す。

「今からきみたちは僕と共に辺境の地まで向かってもらう。強行軍になるだろうから、そのつもりで。装備はこちらで用意してある」

それから二、三言激励とも叱咤ともつかない言葉を騎士たちに投げかけると、フェアリルは総員裏口から外に出るよう指示を出した。
客室から近衛兵が立ち去り、ヴァートンとフェアリルふたりになると、ヴァートンが気遣うようにフェアリルへ尋ねる。

「……殿下も向かわれるのですか」

ヴァートンは、フェアリルの父親が過保護なまでに彼を外に出すことを嫌っているのを知っている。
そして、それを息苦しく思いながらフェアリルもまた、父の命に従っていた。……今までは。
それがどうして突然急に。ヴァートンが困惑するのも無理はなかった。フェアリルは、そんな彼を見て薄く笑って見せた。

「父が気がつくのも時間の問題だと思うが……ひとまずは上手くいっておいて。『王太子としてやるべきことをする、そのうえであなたと話がある』──と、そう伝えておいてくれる?」

「近衛兵を動かすのも、陛下には内密とお見受けいたします。陛下が知られたら……注意だけでは済まないのでは?」

「何のために十分、時間を設けたのだと思う?ちゃんと僕だって考えている。………元々、考えてはいたんだ」

半分呟くように言って、フェアリルはそのまま踵を返した。一分一秒惜しい、というような様子にヴァートンは眉を寄せて尋ねた。

「いつもどこか他人事なあなたにしては珍しく我が事のような振る舞い。……あなたをそんなに惹き付けるのは一体何ですか?」

ヴァートンの至極当然な疑問に、フェアリルは振り返ると口角を上げて言った。

「ヴァートン。レロイドルの言ったことは真実、正しかったよ。考えるよりも先に体が動く。まさしく、だね」

ヴァートンに答えるようであり、自己完結のつぶやきのようでもあった。
そして、フェアリルはヴァートンの返答を待つことなく部屋を出た。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

【完結】男装令嬢、深い事情により夜だけ王弟殿下の恋人を演じさせられる

千堂みくま
恋愛
ある事情のため男として生きる伯爵令嬢ルルシェ。彼女の望みはただ一つ、父親の跡を継いで領主となること――だが何故か王弟であるイグニス王子に気に入られ、彼の側近として長いあいだ仕えてきた。 女嫌いの王子はなかなか結婚してくれず、彼の結婚を機に領地へ帰りたいルルシェはやきもきしている。しかし、ある日とうとう些細なことが切っ掛けとなり、イグニスに女だとバレてしまった。 王子は性別の秘密を守る代わりに「俺の女嫌いが治るように協力しろ」と持ちかけてきて、夜だけ彼の恋人を演じる事になったのだが……。 ○ニブい男装令嬢と不器用な王子が恋をする物語。○Rシーンには※印あり。 [男装令嬢は伯爵家を継ぎたい!]の改稿版です。 ムーンライトでも公開中。

処理中です...