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王太子の婚約者

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たっぷり睡眠を取ったせいもあってあまり眠れず、翌日。
フェアリル殿下に渡された婚約書類は未だに空欄のまま。
彼と関係を持ってしまった以上、王女と王太子という立場を考えても婚姻は避けられない。エルヴィノア国王の考えは不明だが、デスフォワードの方──お父様は事情を知っているわけだから、反対どころかエルヴィノアに感謝するだろう。私の呪いが解呪できて、かつ大国とも縁続きになるのだから。

だけど──本当にそれでいいのかしら?

迷いが残った私は、ひとまずフェアリル殿下の婚約者の方と話をしてから決めようと考えた。
そして、落ち着かない気持ちのまま、昼を迎えた。

(昨日は気がついたら寝落ちてしまって、朝起きたらもうフェアリル殿下はいなかったのよね……)

どこに行ってるのかは分からないが、お仕事だろう。きっと。
昼の鐘が時刻を伝える。手持ち無沙汰な私は昨日読み進めていた歴史本をまた頭から読み直すが、やはり頭に入らない。全くもって集中できないのだ。溜息をつきながら本を閉じた時だった。
こんこん、と扉がノックされる。
返答をする間もなく、フェアリル殿下が部屋に入ってきた。

「……ノックした意味あるのかしら?」

「一応、ここは僕の部屋なんだ。声をかけるのはさすがに怪しまれる」

「え、ここあなたの部屋なの!?」

驚いて思わずまじまじと部屋を見渡してしまった。この、殺風景といってもいい部屋。それがこの国の王太子の部屋とはさすがに思わないだろう。

(で、でも確かに部屋の装飾──天井の造りとか、目が覚めた時から豪華だなとは思っていたわ)

フェアリル殿下は疲れたように首元のタイを緩めながら続けた。

「さすがに今の状況で他国の王女を部屋に囲ってると噂になるのは面倒なことになる。噂話はいちばん効果的な情報操作だからね、こちらで手綱を握っておきたいんだ」

「……つまり、公的には、今、私はここにいない、ということになっているのね?」

「そう。きみは今僕の婚約者の家に滞在している、ということになってる」

「……婚約者」

だから誰なの!?
その気持ちを抑えきれずに彼を見ると、フェアリル殿下はふ、と笑った。そして、解いたタイは椅子の背もたれに投げかけて、私の腰掛けているベッドの方まで来ると、腰を下ろした。
そのまま足を組んで私の方を見た。相変わらず無駄に足が長いわ……。

「気になる?……みたいだね」

「……正直。気になってあまり眠れなかったわ」

言うとフェアリル殿下がまた笑う。
このひと、こんなに笑う人だったかしら?
私が怪訝に見ていると、ひとしきり笑った彼が答えた。

「ちょうど今、|彼女(・・)が到着したと連絡があったよ。きみが部屋を出て人目に付くのはまずいから、ここに直接来てもらうことになってる」

「え──」

思わぬ言葉に動揺する。これから!?会うの!?フェアリル殿下の婚約者に………!?

(フェアリル殿下が言うには、婚約者の方は彼と本当の意味で婚姻などしたくない、って言ってたわよね……。でもそれって本当なのかしら?フェアリル殿下が言っているだけかもしれないじゃない?というか、今の状況ってとても良くないわよね?そうよね?フェアリル殿下の言っていることを疑う訳では無いけど──いわゆるこれって不義を働いた、というやつなのでは……!?)

ようやく頭がフル回転した気がして、顔が青ざめる。顔を合わせたら先ず謝るべきか。いや、謝って済む問題じゃないわよね……?

(………略奪?)

その言葉が頭をよぎる。

(いや……でもこれは命に関わっていたし………。ううん、それを言うのは被害者の婚約者だけで、罪人である私が言うことでは……)

頭の中でごちゃごちゃ考えているうちに、扉がノックされた。ついに、その時が訪れた。
黙りこくる私の考えていることなどフェアリル殿下には分からないだろう。
昨夜とは違う意味で胸が痛い。ばっくんばっくんだわ。気合を入れて息を飲んで扉を見た。

「入れ」

フェアリル殿下が短く告げて、扉が開く。
入ってきたのは、ひとりのメイドだった。

「………えっ?」

驚きのあまり間抜けな声が出た。
メイドは部屋に入ると一度頭を下げて──それから。|帽子(ホワイトブリム)を外した。

深紅の髪が優雅になびく。
私は驚きのあまり目を見開いた。
そこにいたのは、つい最近知り合ったばかりの女性だったから。
力強い、エメラルドの瞳が私を射抜く。

「あな、たは………!」

私たちに対面した女性は、不敵な笑みを浮かべた。

「久しぶり!元気そうでよかったよ。──リリアンナ王女殿下?」

「レベッカ……!?」

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