47 / 61
王太子の婚約者
しおりを挟むたっぷり睡眠を取ったせいもあってあまり眠れず、翌日。
フェアリル殿下に渡された婚約書類は未だに空欄のまま。
彼と関係を持ってしまった以上、王女と王太子という立場を考えても婚姻は避けられない。エルヴィノア国王の考えは不明だが、デスフォワードの方──お父様は事情を知っているわけだから、反対どころかエルヴィノアに感謝するだろう。私の呪いが解呪できて、かつ大国とも縁続きになるのだから。
だけど──本当にそれでいいのかしら?
迷いが残った私は、ひとまずフェアリル殿下の婚約者の方と話をしてから決めようと考えた。
そして、落ち着かない気持ちのまま、昼を迎えた。
(昨日は気がついたら寝落ちてしまって、朝起きたらもうフェアリル殿下はいなかったのよね……)
どこに行ってるのかは分からないが、お仕事だろう。きっと。
昼の鐘が時刻を伝える。手持ち無沙汰な私は昨日読み進めていた歴史本をまた頭から読み直すが、やはり頭に入らない。全くもって集中できないのだ。溜息をつきながら本を閉じた時だった。
こんこん、と扉がノックされる。
返答をする間もなく、フェアリル殿下が部屋に入ってきた。
「……ノックした意味あるのかしら?」
「一応、ここは僕の部屋なんだ。声をかけるのはさすがに怪しまれる」
「え、ここあなたの部屋なの!?」
驚いて思わずまじまじと部屋を見渡してしまった。この、殺風景といってもいい部屋。それがこの国の王太子の部屋とはさすがに思わないだろう。
(で、でも確かに部屋の装飾──天井の造りとか、目が覚めた時から豪華だなとは思っていたわ)
フェアリル殿下は疲れたように首元のタイを緩めながら続けた。
「さすがに今の状況で他国の王女を部屋に囲ってると噂になるのは面倒なことになる。噂話はいちばん効果的な情報操作だからね、こちらで手綱を握っておきたいんだ」
「……つまり、公的には、今、私はここにいない、ということになっているのね?」
「そう。きみは今僕の婚約者の家に滞在している、ということになってる」
「……婚約者」
だから誰なの!?
その気持ちを抑えきれずに彼を見ると、フェアリル殿下はふ、と笑った。そして、解いたタイは椅子の背もたれに投げかけて、私の腰掛けているベッドの方まで来ると、腰を下ろした。
そのまま足を組んで私の方を見た。相変わらず無駄に足が長いわ……。
「気になる?……みたいだね」
「……正直。気になってあまり眠れなかったわ」
言うとフェアリル殿下がまた笑う。
このひと、こんなに笑う人だったかしら?
私が怪訝に見ていると、ひとしきり笑った彼が答えた。
「ちょうど今、|彼女(・・)が到着したと連絡があったよ。きみが部屋を出て人目に付くのはまずいから、ここに直接来てもらうことになってる」
「え──」
思わぬ言葉に動揺する。これから!?会うの!?フェアリル殿下の婚約者に………!?
(フェアリル殿下が言うには、婚約者の方は彼と本当の意味で婚姻などしたくない、って言ってたわよね……。でもそれって本当なのかしら?フェアリル殿下が言っているだけかもしれないじゃない?というか、今の状況ってとても良くないわよね?そうよね?フェアリル殿下の言っていることを疑う訳では無いけど──いわゆるこれって不義を働いた、というやつなのでは……!?)
ようやく頭がフル回転した気がして、顔が青ざめる。顔を合わせたら先ず謝るべきか。いや、謝って済む問題じゃないわよね……?
(………略奪?)
その言葉が頭をよぎる。
(いや……でもこれは命に関わっていたし………。ううん、それを言うのは被害者の婚約者だけで、罪人である私が言うことでは……)
頭の中でごちゃごちゃ考えているうちに、扉がノックされた。ついに、その時が訪れた。
黙りこくる私の考えていることなどフェアリル殿下には分からないだろう。
昨夜とは違う意味で胸が痛い。ばっくんばっくんだわ。気合を入れて息を飲んで扉を見た。
「入れ」
フェアリル殿下が短く告げて、扉が開く。
入ってきたのは、ひとりのメイドだった。
「………えっ?」
驚きのあまり間抜けな声が出た。
メイドは部屋に入ると一度頭を下げて──それから。|帽子(ホワイトブリム)を外した。
深紅の髪が優雅になびく。
私は驚きのあまり目を見開いた。
そこにいたのは、つい最近知り合ったばかりの女性だったから。
力強い、エメラルドの瞳が私を射抜く。
「あな、たは………!」
私たちに対面した女性は、不敵な笑みを浮かべた。
「久しぶり!元気そうでよかったよ。──リリアンナ王女殿下?」
「レベッカ……!?」
14
お気に入りに追加
229
あなたにおすすめの小説
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる