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目覚めの夜
しおりを挟む「ん……?」
目が覚めて、しばらくはぼうっとしてからようやく頭が回転しはじめる。
レースの天幕越しに見える天井は豪奢な作りで、壁のくぼみには有名な絵画が嵌め込まれている。
(………?………!!)
記憶をたどって、なぜ自分がここで寝ているかを思い出す。そうだ。そうだわ。
|あの後(・・・)気絶するように眠りに落ちて……それから記憶が無い。
恐る恐る体を動かせばまだ痛いものの、少しでも動くと泣くほど痛い、というレベルからは脱していた。そろそろと天幕を上げてベッドをおりる。その部屋は整然としていて、無駄なものがなかった。部屋は広いのに、本棚とテーブル、椅子しか見当たらない。テーブルも執務で使用するような長机で、椅子も一脚だ。
床に敷かれた絨毯はふかふかで、裸足で歩いても全く問題なかった。
気になって自身の体を見終わす。魔獣に突撃されたのなら、きっと酷い怪我となっているだろう──薄目でそちらを見てから、思わず2度見した。
「あら……?」
全く傷がなかったのである。
手も、足も。見るだけで痛々しい青あざや黒がかったあざはあちこちに散乱しているものの、生傷は一つない。
ぱちくりとして何回も角度を変えてみるが、傷らしい傷はない。ただ、ひたすら痛い。曲げたり動かしたりするとじんじんする。
(もしかしてこの痛みって……打ち身とか、そういう類?)
思わずじっと見ていると、扉が突然開いた。
服装が服装なのでどきっとしてそちらを勢いよく振り向くと、そこにはコップを持ったフェアリル殿下がいた。
「起きたんだ。ずいぶん長く寝てたね?」
なんてことなさそうに言われるが、私は眠る前のことを思い出してしまい頬が火を吹いたように熱を持った。
それでもなんとか口を動かして言葉を紡ぐ。
「え、ええと。私はどれくらい……?」
「20時間くらい?疲れていたんだろうね」
「20!?」
さすがにびっくりである。
気恥しさも吹っ飛んだ。
そういえば、窓の外が暗い。
私は約一日眠り倒したということか……。
(そうだ!呪いは……!?)
はっとしてネックレスを手繰り寄せてそれを見ようとしたが、しかし目的のものが手に触れずにまた私は固まった。そんな私を見て、フェアリル殿下は机にコップを置くと私の方に歩いてきた。
「呪いなら正真正銘解けてる。解呪が成功したんだよ」
「ーーー!本当に……!?」
思わず勢いよく彼の方を見た。身を乗り出すようにしてフェアリル殿下に尋ねると、彼は笑って答えた。
「そう。これで僕の精を摂取しなくて済むね?」
「…………………そうね」
歯に衣着せぬ言い方に表情が抜け落ちたが、それはそれとして呪いが解けたのは喜ばしい。体さえ無痛ならるんるん気分で小躍りしたいくらいだ。そのまま喜びの気持ちを噛み締めていると、彼はそのままなにか考えるようにして机の上に向かい、なにか紙を手に取って戻ってきた。
「それでね、リリアンナ」
「はい」
「これが婚約書類。僕はもう書いてあるから、後はきみが書いて」
「わかりま────せん!!えっ!?婚約!?あっ、そういえばそんなこと言ってたわ!?」
タイムリミットが0になった焦りで吹っ飛んでいたが、そういえば彼に選択肢なるものを押し付けられていたのだった。私が思い出して言うと、彼はそうそうと、ぞんざいに頷いた。
雑な反応だ。
「僕の種を仕込んでしまった以上、もうきみを放っておくことはできないんだよね」
「あなた、ずいぶん物言いが下品だけど王子様がそれでいいの……?」
少し引き気味に尋ねると、彼がはっとしたような顔をした後、ふっと笑って言った。どこか達観したような顔だった。
「裏表のない王女と接しているうちに感化されてしまったようで。本当困るね。責任とってもらえる?」
「え?私……?」
ぎくりと強ばる。
私のせい!?私のせいで下品になったと言いたいの!?
確かに私は直截的な言い方をしてきたかもしれないけど……。
たしかに………。
言い逃れはできなかった。
黙り込んだ私に、彼がくっくっくっと笑った。
「そういうことだから、僕達は婚姻する他ないってわけ。分かってくれたかな」
「……事情は理解したわ。でも、婚約者の方は本当にいいの?」
「ああ、そうだ。彼女からネタばらしの許可は貰ったんだよね。でも、その件は彼女が直接きみに話したい、って。今日はもう遅いから明日かな」
「直接……って私に!?」
私、そもそもフェアリル殿下の婚約者とやらに会ったことがないけれど……?
それに、監禁されているのではなかったの……?
困惑していると、彼がいたずらっぽく笑んで言った。
「少し手を回したんだ。ずっと身動きが取れない状況にされると、膠着状態になっちゃうからね。それに──彼女のことは、きみも知っている人だよ。案外、僕より仲がいいかもね」
「……?」
ますます謎になったのだけど……?
そしてその日は、次の日に備えて早めに寝るよう言われたけど20時間寝て流石にもう眠ることは出来ない。フェアリル殿下は部屋に持ち込んだ仕事をさばかなければならないとのことで、眠気覚ましの珈琲を飲みながら仕事を進めていた。
手持ち無沙汰な私は、この国の王太子妃になることが決まった──決まってしまったので、未来に備えてフェアリル殿下から貸してもらったエルヴィノア王国の歴史本を読むことにしたのだった。
(フェアリル殿下の婚約者って……誰?)
もっとも、それが気になって内容はまったく頭に入らなかったのだけど。
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