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待てはおしまい

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私が固まっていると(というか体が全身痛すぎて動けない)フェアリル殿下がため息をついて、仕方ないというような顔をした。
出来の悪い子を見るような目をされたが、私が悪いのではないと思う。抗議の意を込めてじっと睨み返す。体が動かないので、せめてもの抵抗だ。彼は手持ち無沙汰に私の髪を弄りながら話し出した。

「そもそもね、僕と婚約者の関係は偽装婚約だったんだよ」

「偽装婚約……?えっ?」

思わぬ言葉に目が丸くなる。

「そう。理由は──彼女の許可が取れていないから今はまだ、きみに詳しく話せないけど。僕と彼女はある制約にも似たものを交わしている。だけど、彼女がちょっとぼろを出してしまってね、父親にそれを勘づかれてしまった。ぼかして伝えてるからきみには想像しにくいかもしれないけど、父親は彼女に大激怒。それで今、彼女は父親に監禁されてる」

「監禁………!?」

「娘を王太子妃にさせたいと前々から野望を持っていた公爵だ。僕と彼女の関係が偽装婚、しかも白い婚姻が前提だったと知れば間違いなくそれを覆そうとする。具体的には、白い婚姻を正しく夫婦にさせようとあれこれ画策するのは目に見えている」

私はフェアリル殿下の話を黙って聞いていた。
つまり、話を整理するとフェアリル殿下とその婚約者は偽装婚で、白い婚姻をする予定だった。しかし、とある事情……?でそれが婚約者の父親に気づかれてしまった。
父親として白い婚姻というのは非常に困る、だからそれを正しい形にあろうとさせている──。

「正しく夫婦……というのは、その、子作りを支援するとかそういう話しよね」

「まあ、そうだね。言葉を選ばないで言うならその通りだよ」

げんなりした顔で。
あからさまに嫌だという顔でフェアリル殿下が言った。
彼がここまで嫌な顔をするというのは、一体どういう相手なのだろうか。
いや、そもそもフェアリル殿下はそういう行為そのものを嫌ってるように見える。潔癖というか、捻れているというか。彼がひねくれた性格をしていることは間違いない。

「それで……それだといけない、の?」

何となく気になるような、胸がざわついて尋ねた。
彼とほかの娘が子作り──あまり、想像したくない。
そう思うのは、彼が私の知り合いだからだろうか?
知り合いの生々しい話は忌避したくなる、と聞いたことがあるわ。
私の問いかけに、フェアリル殿下は頷いた。前髪がはらりと落ちる。

「僕もごめんだけど、僕以上に彼女の方が死んでも嫌だろうね。本当に舌を切って死にかねない」

そ、そんなに………!?
フェアリル殿下は彼女に嫌われてるのだろうか……?私が困惑しているのを見て、フェアリル殿下がほほ笑みを浮かべた。

「そういうわけで、僕たちの婚約は早急に白紙にする必要があった。そっちに関しては、手を打っているから、残るは時間との勝負であるきみなんだよ」

「わ、わたし」

「そう。きみが禿げそうなくらい気にしていた婚約者問題は解決。僕と彼女の婚約は破棄になる。今、父が手続きを進めているところだよ」

「…………」

禿げそうなくらい、は余計だとおもう。
本当に余計な発言が多い王子様だ。

「それでもまだ不義がどうたらとか言って、拒む?流石にそこまで頭は固くないでしょ?」

「………私、あなたの考えていることが全く分からないわ」

なぜ、フェアリル殿下がこんなに先を進めたがっているのだろう?最初は触れることすら嫌悪した彼が。なにか他に思惑でも?いや、そういえば彼は私をこの国の王妃に仕立てあげようとしていた。全くもって理解不能だ。
私が怪訝に言うと、彼はきらきらしい笑みを浮かべた。

「お生憎様。僕もきみの考えていることが分からないよ。……いや、わかるには分かるけど、その思考回路の理由がわからない。誰だって他人の考えていることは分からない。だけど、だからこそ。それを知るために、言葉というものがあるんでしょう」

「っ……もっともらしいことを言ってるけれど!ちょっと!この手は何かしら?!」

フェアリル殿下の手があやしく動いている。その動きは意図をもっているように思えた。
彼の手はブランケットの下、私のお腹を回ってネグリジェをまくりあげようとしているようだった。

「釈然としない。釈然としないわ!」

「何が?いいじゃない、きみも助かるんだし」

「なんだかあなた性格変わった!?」

「変わらないよ。吹っ切れただけ」

「吹っ切れた!?あ痛!!」

すりすり、と肌に触れる彼の指先を捕まえようと動いたら、鈍い痛みがお腹に走ってベッドに逆戻りだ。

「無理に動かない方がいいんじゃない?」

余裕綽々に言う男が腹立たしい。
きっと睨んで言った。

「私、けが人!!」

「できる限り優しくするね」

「そうじゃないわよ鬼畜!」

「失礼だな。きみのためでもあるのに、命の恩人に向かってそんなこと言う?」

確かに命の恩人かもしれない。でも、だからってこんなのありかしら!?

私がもんもんとしていると、フェアリル殿下が私の前髪をかきあげて、口付けをおとした。
ちゅ、という控えめなリップ音がする。

「……きみはなにか不満なわけ?」

「不満、というか……」

「そんなに僕が嫌?生理的に無理?触れられるのが耐えられない?鳥肌が立つ?」

言いながら、フェアリル殿下は私の太ももをつぅ、と指先でたどった。その動きに思わず体が揺れる。体が、じんじんする。
忘れていた感覚を刺激されるような。
空気にあてられてしまったのかもしれない。フェアリル殿下の、熱っぽい顔に。眼差しに。いやらしい、と言える熱が、伝染してしまった。

「…………」

何も言えずにいると、彼がまた私の額にキスを落とした。

「……いいね?」

「…………この場合、わたし、はお礼を言うべきなの?あなたに………」

素直にYESとはいえなくて、苦し紛れにそんなことを言っては、視線を逸らした。
フェアリル殿下が笑うのが気配でわかる。

「いいや?でもきみがしおらしいのはなんだか調子が狂うね」

「………恥ずかしくて死にそうなのだけど?」

「みんなそんなものだよ。僕も今、結構──。いや、いいや。もうこれ以上言葉はいらない。僕達はどうも不要な言葉が多すぎるみたいだから」

そう言って、次の瞬間。
言葉ごと、吐息ごと。読み込まれるように口付けが落とされた。くちびるが塞がれて、息が苦しくなる。
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