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フェアリル・ユノン・エルヴィノア ⑦

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ベルティニアはどこからそんな高い声を、というほど甲高い声でフェアリルを責め立てた。華奢な体躯が、彼女の興奮に合わせて揺れる。

「レベッカ?レベッカ……ああ」

(そうだった、僕の婚約者はレベッカ・バーチェリーだったな……)

そう思い出しながら生返事をすると、それをどう受け取ったのか、 ベルティニアはますますヒートアップしていく。

「あの女のどこがいいのよ!病弱で顔しか取り柄のない、つまらない女じゃない。国母なんて務まるはずがないのよ!以前少しお話したことがあるわ。でも、自分の意思なんて全くなさそうな、お人形さんだったもの。お兄様は騙されてるのよ!」

と、真実を知らないベルティニアはお門違いな怒りをレベッカへと向けた。

(あの女がお人形?そんなわけないだろ)

フェアリルはあの女ほど気の強い女を見た事がない。あの女の精神はそれこそ騎士のそれに近い。
フェアリルはそう思ったが、しかしそれをベルティニアに言うつもりはない。

彼は形式上の自身の婚約者と──同じくらい外見詐欺の王女を思い出した。
リリアンナ・デスフォワード。
彼女もまた華奢な外見からは想像もつかない性格をしている。黙っていれば|人形(ビスクドール)のようなのに、口を開くと無鉄砲な発言ばかりする。少なくとも彼は、今まであのような王族を見たことがない。本当に王女なのかと、王女の名を語る偽物なのではないかと一時は疑い内密に調べていたほどだった。
リリアンナのことを思い出すと、ほんのわずかに胸を過った感情があった。その感情は名称をつけるまでにはいたらず、すぐに掻き消えてしまう。
しかし、今はその正体不明の感情を追うよりもこの妹の方が先決だ。このまま執務室に居座られても鬱陶しいし、効率が下がるだけだ。
フェアリルはため息混じりに返した。

「僕からお前に言うことは無い。もうここには来ないように」

「お兄様!」

「ヴァートン、いい加減連れて行って。これ以上ここに居座られたらどうなるかお前にもわかるだろ」

暗に【お前もこの女を鬱陶しいと思ってんなら協力しろ】と言われたヴァートンは詰めていた息を吐いた。巻き込まれたが、このままベルティニアがこの部屋にずっといるよりはマシだ。

「ベルティニア様、お送りいたします」

「嫌よ!嫌!ねえ、お兄様。すこしだけ時間をちょうだい。私の何がいけないの?兄妹だから?でも血は半分しか繋がっていないわ。それに、王族間での近親婚は珍しくないじゃない。お兄様だってそれを知っているはず。|そんな理由(・・・・・)で私を排除しようというの?恋愛対象に見ることが出来ないと、いうの?」

「ベルティニア」

「お兄様!!」

「ベルティニア!いい加減にしないか。これ以上は近衛兵を呼ぶ」

「っ………答えて!答えてちょうだい!お兄様はまだ、私の質問に答えていないわ!」

悲鳴混じりのベルティニアにいい加減うんざりしていたフェアリルがまつ毛を伏せる。どう言えばこの娘を追い返せるのか、納得させることが出来るのか。考えるが、近親者に迫られる、という最悪の状況からくるストレスのせいか、頭が痛む。
フェアリルはこの妹がたいへん苦手だった。昔は「お兄様」と後ろをついてくる妹を可愛いと思ったこともある。妹として、可愛がっていた。

彼女が、フェアリルを異性と見てくるまでは。

(近親婚が珍しくないとか知ってるんだよ。そうじゃなくてただ僕は)

気持ち悪い。ただそれに尽きた。
ただの感情論だ。もし、王の座につくためには妹との婚姻が避けられないというのなら、まだ考慮しただろう。なにせ彼は生まれながらに国王になるためだけに育てられたと言っても過言ではない。
しかし、そういう状況ではなくほかに選択肢があるというのなら、自分から願って進みたい道ではない。

(本能的、生理的に無理だって言えば納得するか?)

そう言えば、ベルティニアが泣くであろうことは分かるが、長年こうも執拗につきまとわれ、あげくフェアリルが社交界にあまり出入りしないのをいいことにあることないこそ吹聴するのは盛大なストレスだった。
いい加減引導を渡して、フェアリル以外の男に目を向けて欲しい。
彼はそう思って口を開いたところで──
第三者の足音が響いた。

「失礼致します、こちらにフェアリル殿下はいらっしゃいますでしょうか?」

扉越しに聞こえる男の声はずいぶん緊迫していた。瞬時に、優先順位を切り替えたフェアリルは扉越しに返答した。

「入れ。ベルティニア、お前は帰るように。お前には聞かせられない」

「でも………!」

「そこの近衛兵、彼女を馬車留めまで送って」

「お兄様!嫌よ!待ってるわ。お話が終わるまで、私」

「ヴァートン、お前もついていって。それできみ、僕になにか要件があるんだろう?」

ヴァートンに併せて指示を出す。
ヴァートンが頷き、扉の外に控えていた近衛兵が遠慮がちにベルティニアを促して部屋の外へと連れ出した。
部屋にはフェアリルと、伝令兵のふたりだけとなる。
伝令兵は膝をつき、顔をあげずに手紙を一通フェアリルに差し出した。ヴァーチェリー家の封蝋が落とされている。フェアリル宛ての新書だ。

(このタイミングでヴァーチェリー家からの……?)

レベッカからの連絡だろうか。
そう思いながらペーパーナイフを使用し丁寧に封筒を開けたフェアリルは、短い文章で綴られた手紙を読んでわずかに息を飲んだ。

「──」

そこに記されているのは、辺境の迷いの森の瘴気が強くなっていること。その場所に、デスフォワード国の王女リリアンナとレベッカが向かったこと。万が一に備え、兵を用立ててもらいたい、その旨が記されていた。

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