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対話不可☆
しおりを挟むソワソワする私を止めるようにミーナが私の手を掴んだ。
「リリアンナ様は、ここにいてください。動いてはなりません」
「わ、分かってるわ。でも」
「でもではありません!」
強い口調で言われて、頷いて答える。
レベッカが心配でならないし、外で何が起きているかも分からない。
レベッカの帰りをただ待ったが、しかしどんなに待ってもレベッカは戻ってこなかったし、あたりは怖いくらいに静かだ。
ついに私は耐えきれなくなり、ばっと立ち上がった。
「リリアンナ様!」
「ミーナはここで待ってて、ちょっとだけ見るだけだから!」
「リリアンナ様が行くなどいけません!私が見てきます!」
「それこそだめよ。レベッカは戻ってきてないんだから!ちょっと様子を見るだけ!」
「リリアンナ様は野生児さながらにお育ちになりましたが、まともな護身術は身につけておりません!私はリリアンナ様の侍女として一通り、対応できるようになっております。もちろん、護身術の類も嗜んでいます。私が見てきますので、それでよろしいでしょうか?」
ところどころ気になる箇所はあるものの、ミーナの言う通りだ。ミーナにとって私は仕える主で、同時に護衛対象でもある。そんな中、状況が不透明なのにその護衛対象を放り出すような真似は、できないのだろう。
「じゃあ、一緒に出ましょう?ミーナが先に出て、外の様子を見て問題なさそうだったら私も出るから」
「ジェイクが戻ってこないあたり、問題ない、ということはありえないと思いますよ」
「それだったら、レベッカが危ないわ……!」
「そうかもしれませんが、リリアンナ様。リリアンナ様は王女殿下であらせられるのですよ!?ご自分のお立場をいま!一度!ご自覚なさいませ!」
「でも……」
「でもではありません!盗賊の類だったら本当に危険なのですよ。こんな悠長にしていないであたりを警戒しなければ──」
ミーナがいつの間にか取り出したナイフを片手に周囲を警戒している。それを見ながら、私は申し訳なく思いながら言った。
「どうせこのままだと死ぬ命よ!早いか遅いかの違いでしかないわ。それなら私、せめて満足に死ねる死に方がしたいの!!」
同時に、馬車を飛び出した。
「リリアンナ様!?」
「ミーナはここにいて!」
悲鳴のような声が聞こえた気がするが、急いで扉を閉めた。もし外が危険な状況なら、外に出たらミーナも危ないはず。いざとなったらミーナだけでも逃げれた方がいいに決まってる。
盗賊の類ならまだ、交渉の余地はあるだろう。身代金要求にしても、私が人質になればほかの人は助けてくれるかもしれないし……。人質になったらどちらにせよタイムリミットの経過で私は死んでしまうわね……。
自分でそう思いながら少し落ち込んでいると、あたりが驚くほど静かなことに気がついた。
「……?」
言い争うような声はおろか、物音1つしない。
「ジェイク?レベッカは……」
どこに?という言葉は、喉を刺すような痛みに消えてしまった。
「っ………!げほっ……ごほ!」
喉がいがいがして、咳が止まらない。何度も咳き込んで、涙目になってようやく一度咳が止まった。
「な、なに……?」
酷い咳を繰り返したためか、声は妙に掠れてうわずっていた。そして、気がつく。
いや──今までどうして気が付かなかったの?
周りの空気が、おかしい。
空気に色がある、というか。
周りの紫の霧が一面に広がっていてあたりが全く見えないのだ。喉だけでなく目も痛くてまともに機能していないために、余計見づらい。
「ジェイっ………ゲボゲボ!!」
声すらまともに出ない。
何度も苦しく呼吸を繰り返し、とうとう私は蹲った。
その時、ばん!と馬車の扉が開いた。
「殿下!!一体何が──」
「ミーナは来ちゃダメ……!!」
声が出ない中、無理に大声を出したせいでかなぎり声のようになってしまった。とんでもない声が出たが、そんなことを気にする余裕もなく、私は馬車の扉を反対にしめ戻した。
しまった、今のタイミングで私も1度戻ればよかった。
そう思ったが、もう動ける気がしない。
(これは……瘴気?)
でもここまで酷いなんて誰も言っていなかった。レベッカも早足で進めば問題ない、と──。
『早足で進めば問題ないかと思いますが、最近範囲が広がっているので……』
(範囲が広がっている、って言ってたわ……!)
この状況は、つまりそういうこと?
私は目を強く閉じて痛みから逃げるようにしながらも息を整えた。後ろからは扉をどんどん叩く音と、なんとか扉を開けようと力が加えられている。それを背中で押し付けているが、さすがというべきかミーナは力が強い。これはいつまで持つかしら……と思っていたその時。しんと静まり返っていたこの場所で、妙な異音を聞いた。
(何かしら……?馬車の音?蹄にしては音が不規則………)
そう思ってそちらを見て。
私は完全に硬直した。
爬虫類を思わせる鱗に、体は縦も横もサイズが大きい。その上、鉤爪のある四本足のうち、二足歩行のその動物は両手を上に向けて──しっかりとこちらをロックオンしている。
まるい黄色の目玉がしっかりと私を見ていた。視線と視線がぴったりと重なって、時間が止まったような感覚に陥った。
息を吸うのも忘れ、冷たいものが背中を走る。
(こ……これ……これは…………)
そうだわ。そうね、レベッカが言ってたわ。
確か。
『瘴気に合わせて魔物も現れるようになって。騎士団の報告では、魔物の住処、もしくは温床になっているのではないか、とのことです』
(生まれて初めて見たけど、きっとこれが魔物ってやつよね──!?)
そして今、私は絶体絶命のピンチに陥っている、という状況であってるわよね!?
(い、いやほら。もしかしたら意思疎通が出来たり?魔物がペット、なんて話も聞いたことがある……よう……な……)
「こ、こんにちは……?」
にっこり笑って言うと、ぴくりととんがった緑の耳が揺れた。
「GAUUU………」
(あっだめだわこれは意思疎通できないわというか魔物のペットとか聞いたことないわ無理よねそうよね逃げましょう!!)
しかし、こちらは息も満足にできない死に体。
外にいたのは盗賊ではないどころか、人間ですらなかった。死ぬ。
「こ、こんなところで死ぬくらいなら力を使い果たして死んでやるわ──!!何も出来ずに死ぬよりそっちの方がずっとマシよ!!」
そう言うと私は咄嗟に胸元に揺れるネックレスを掴んだ。
魔力の残量が気になる私が今、術を行使したらどうなるかちょっと私には分からないが──恐らく、高確率で魔力不足に陥り、残ったタイムリミットも吹き飛んで天に召されるのだと思う。
(死ぬなら天国に行きたいわ!神様、女神様、冥王様!もし死んだのなら救国の聖女として聖典の隅っこでいいから私の名前を書いておいてください!)
「清めよ・ 聖なる加護のもとに──!!」
自分の限界値が分からない。
この瘴気を浄化することすら可能なのか分からない上に、この魔獣!
魔獣って、私の癒しの力でどうにかできるのかしら?!無力化とか!?
聞いたことないわよそんなの──!
浄化が成功しても最悪私は食い殺される!
そんな最期は嫌すぎるわ!絶対生きたまま嬲り倒すじゃないの、この手の魔獣は!あまり魔獣の生態に詳しくないけど魔獣といえばそうと決まってるもの!
私が術を唱え終わった瞬間、あたりがものすごい眩さに包まれる。今度は違う意味で目が痛くなった。潰れる。
「っ──」
光は拡散し、散らばり、あたりが白一面に覆われる。音も影も消え失せた世界で、何もかもが不鮮明になった。
(あら?まずいわ、これ)
そう思った時、果たして私は意識を保っていたのだろうか?
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